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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

シネマヴェーラ渋谷と国立映画アーカイブ、ともに開催の松竹映画100周年記念特集で観た傑作2本!

毎月連載

第25回

20/8/2(日)

特集「松竹映画100周年記念 ホームドラマの系譜」のチラシ

『この広い空のどこかに』
シネマヴェーラ渋谷 特集「松竹映画100周年記念 ホームドラマの系譜」(7/4~7/24)で上映。

1954(昭和29年)松竹 111分
監督:小林正樹 脚本:楠田芳子
脚色:松山善太 撮影:森田俊保
音楽:木下忠司
出演:佐田啓二/久我美子/高峰秀子/石浜朗/内田良平/大木実/浦部粂子/中北千栄子/田浦正巳/日守新一

太田ひとこと:不自由な足をすねたデコ様のつっけんどんや内面を垣間見せる演技のすばらしさ。それに頼った久我ちゃまのけなげさ、明朗な石浜朗、珍しい朴訥役の内田良平、中北千栄子の庶民性、そして大木実と、ちゃんと俳優王国映画にもなっています。

信州から来た久我美子は、川崎の小さな酒屋の長男・佐田啓二と恋愛結婚して家に入り、店番、義母(浦部粂子)、独身の妹(高峰秀子)、弟(石浜朗)の世話に忙しい。義母は戦争で夫を亡くし、今は一家が頼りだ。恋人に去られた高峰は戦争で脚を傷めて歩行不自由の障がい者で「もう結婚はできない」とふてくされ、兄の若い嫁にも冷たい。大学生の石浜は呑気なちゃっかり屋だ。終戦後のまだ恋愛結婚が珍しい頃、近所の「やはり仲がいいね」のやっかみや、食事の支度、それぞれの順番、すべて自分は後回しの嫁は気苦労が絶えないが、夫の優しさが頼りだ。高峰に縁談話が来たが相手はやはり障がい者で、高峰はもう嫌と寝込む。

信州時代に久我と仲良しだった内田良平は、東京をあきらめて帰郷する前に久我に会っておきたく、そっと店を訪ねる。夜中に男が尋ねてきた久我は、家の者の興味を避けて外出する。その帰りが遅いので佐田は自転車で探しに出る。

高峰は友達の中北千栄子が、生活のため怪しげなキャバレー勤めをしているのをたいへんだなあと思っていたが、それをやめて工事現場で働き出した姿を町で見て、何もしないでいるわが身を反省する。

ある夜、中北から高峰に「子供の盲腸手術になんとか5万円貸してくれないか」と必死の電話がきた。大金に義母らは嘘ではないかと言うが、相談を受けた佐田は5万円入りの封筒を出し「今から届けろ、お前も後ろに乗れ」と雨中にスクーターをとばす。「よくちょうど5万あったわね」と言う久我に佐田は「結婚してから何も買ってやれないお前にと、こっそり貯めといた金だが、なくなってしまった」と笑った。

昔、店を手伝っていた使用人の俊どん(大木実)が、静岡の田舎からいつもの土産を持って訪ねてきて、高峰の顔を見て帰りたいと言うが、偏屈になっている高峰は避け、大木は「残念だな」と笑い、あっさり帰っていった。それを聞いた高峰は後を追うことを決心し、兄の佐田も応援する。

数ヶ月後高峰から来た手紙は、自分の居場所をみつけたとあった。佐田の奨めで母と弟はそこを訪ねに行く。佐田と久我は、結婚後はじめて家の中に二人だけの静かな夜を迎えた。

今の人にはわからないかもしれないが、当時までの結婚はほとんど親が決め、嫁は嫁ぎ先の家に入り、姑(夫の両親)、小姑(夫のきょうだい)に嫁いびりされるのが当たり前だった。本作の最大の救いは、夫が妻に優しくいつも味方するところだ。

故郷へ帰る内田良平を駅で見送った帰り、夜の道を二人で自転車を押しながら歩く佐田は「お前が苦労しているのは知っている、一つの家に大勢がいれば必ず問題がおきる、それは一つ一つ解決するよりない」と説き「もしこの家を出てゆくのなら俺もそうする」とはっきり口に出し、久我は彼の腕にすがりつく。男はこうでなくちゃいけない。

その通り、一家に根本的な意地悪は誰もいないがそれぞれの立場はよくわかり、また耐える久我もよくわかる。最も問題は高峰だが、みるからに安心な俊どん(この大木実の登場のさわやかさよ)に自分の幸せを見出す結末は本当にうれしい。デコ様、よかったね!!

その大黒柱になる佐田啓二のすばらしさ。二枚目佐田はメロドラマだけでなく、小林正樹『あなた買います』の強引なスカウト、中村登『顔役』の腹黒選挙参謀、川頭義郎『涙』の妹思いの土方の兄の一本気な男らしさ、野村芳太郎『モダン道中 その恋待ったなし』の間抜けなコメディリリーフなどなど、その芸域はまことに広く、すべてに清潔な人間味はまさに大スターだ。誰かこの人の本を書いてくれ。

監督小林正樹は、松竹で木下恵介につき、監督昇進後第四作のこれは、脚本:楠田芳子(木下恵介の妹) 音楽:木下忠司(弟)と木下組に固められた松竹ホームドラマの典型を破調なく撮ってまことに気持ちがよい。

小林はその後、『人間の條件』三部作、『切腹』『怪談』『上意討ち 拝領妻始末』など重厚な大作に突き進むが、その前に作られた佳編。私はこっちの方が好き。

期待もなく観に行ったが、どうしてどうしてー俳優王国松竹の楽しい楽屋落ち川島雄三作品

特集「松竹第一主義 松竹映画の100年」のチラシ

『女優と名探偵』
国立映画アーカイブ 特集「松竹第一主義 松竹映画の100年」(7/7~9/6)で上映。

1950(昭和25年)松竹 31分
監督:川島雄三 原案:瑞穂春海
脚本:中山隆三 撮影:長岡博之
美術:熊谷正雄 音楽:万城目正
出演:日守新一/西條鮎子(二役)/河村黎吉/坂本武/増田順二/髙屋朗/小藤田正一

太田ひとこと:最後に正門を後にした探偵は、撮影所入りしてきた本物の日守新一とすれ違う。

探偵・日守新一はハンチングに蝶ネクタイ、ちょびひげにステッキのチャップリンスタイル。銀座をゆく美人にぶつかって詫びるが、「美貌の女スリ銀座に出没」の新聞を買おうとして財布がなく、いまの女にスラれたと気がつく。

ガード下の仕事場にもどると、大家・坂本武と金貸し・河村黎吉が借金取り立てに押しかけ、隣りの部屋にセットしておいた目覚まし時計のベルを電話の音と思わせ、一人しゃべりで、新聞に出ていた「スリ逮捕に十万円」の手付金を受けたようにみせ、「じゃ安心」と二人を帰すついでにもう少し借りる。

戻った銀座で逃げる女スリをみつけて尾行すると電車に乗り、松竹大船撮影所にすたすたと入ってゆき、出てきた森雅之とも顔見知りのようだ。日守は警備員に止められるが、そこに来た佐野周二の車のトランクにもぐり込んで入る。

女優・西條鮎子はスリ役の銀座ロケを終えて撮影所に戻ったのだったが、日守は撮影ステージでメイク中の西條に「この女はスリです」と騒いでも相手にされず、追いかけてきた警備員三人と追いつ追われつ、いくつもあるステージを駆け抜ける。日守がゴミ箱に隠れていると、通った笠智衆がちり紙を捨てる。一方撮影中の田中絹代、淡島千景、月丘夢路、高峰三枝子らのハンドバッグや衣装が次々になくなり、女スリが潜入していると騒ぎになる。ばったり鉢合わせした女優とスリはホクロのあり無しだけの瓜二つとわかった。女スリを警備員に渡した日守は、女優に見送られて撮影所を後にした。

1944年にデビューした川島雄三監督の第九作(1950年)。川島はこの作品に「おまえはあいているから、というんで、短編の仕事がまわってきました。意気消沈の時で、ただやっている、という感じ。」と言っており、あまり期待もなく観に行ったが、どうしてどうして、コマ落としで走り回るスラップスティックの多彩なアングル、撮影中という設定の「ジャワのマンゴ売り」シーンでは火葬される役になりすまし美女フラダンスが踊るのは川島好みの南方志向、各国の集団結婚式シーンにしずしずとまぎれこんでここぞと走り逃げるなど、ドタバタをいっぱいに盛り込んだスピード感は明らかに才能だ。

うれしい観どころは松竹スターがちらりと出てくる“特別出演”だ。佐分利信、若原雅夫、森雅之、山内明、佐田啓二、高橋貞二、堀雄二、三井弘次、堺駿二、田中絹代、高峰三枝子、木暮実千代、淡島千景、月丘夢路。“出演者としてちょっとお願い”すれば何か芝居してくれるのに、それを封じてアップも入れない通行人程度で見せているのが、ドキュメンタリータッチになっている計算だ。それぞれ一瞬なのでお見逃しなく。

日守新一主演がうれしく、ベテラン河村黎吉、坂本武が軽い芝居でつき合うのも楽しい。俳優王国松竹の楽しい楽屋落ち一編。

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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