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「アート」はビジネスパーソンに必要なのか? ビジネス書界の「アート思考」ブームを考える

リアルサウンド

20/7/4(土) 15:32

 「真・善・美」と古代の哲学者より、人間の普遍的な価値観が語られるように、現代でも日常生活で、音楽や美術に癒やしを求める人も多いのではないだろうか。そして、近頃では、ビジネス書の世界でも、ロジカル思考、デザイン思考に続き、「アート思考」への関心が高まっている。

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 山口周氏の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)がベストセラーにもなったが、『なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?』岡崎 大輔(SBクリエイティブ)、『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』ニール・ヒンディ(クロスメディア・パブリッシング)、『アート・イン・ビジネス — ビジネスに効くアートの力』電通美術回路編(有斐閣)などなど、ビジネス書出版社のみならず、翻訳もの、そして専門書出版社までもが類書を発行し、いまや美術は、教養としてもビジネスへの応用としても外せない1ジャンルだ。

 本稿では、今年2月に発売され、各書店・ネット書店のランキングでも好調の『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』末永幸歩(ダイヤモンド社)を取り上げ、「アート思考」とはどのようなものか考えてみたい。

 まず、小中学生にアンケートをすると、小学生の好きな科目ランキングの3位は「図工」であるという。しかし、中学生になるとその順位も変わり、なんと「美術」は人気の下落幅で1位になってしまう。どうやら私たちは、書名にもある「13歳」になる(つまり人間は大人になる)と、アートが苦手になってしまうらしい。

 大人になって美術館に通っていても、実際の作品にはあまり目を向けず、解説を読み何となく分かった気になり、作品を見たと言う事実をSNSに挙げるだけになってしまっている人も多いのではないだろうか。それも悪くはないが、本当に作品を理解し、芸術を楽しんでいる訳ではない。

 それでは、そもそも芸術とはなんだろうか。芸術から私たちはどんなことを学べるのだろうか。『13歳からのアート思考』では、パブロ・ピカソ、マルセル・デュシャン、アンディ・ウォーホルらの作品を鑑賞しつつ、彼らの作品が美術史に与えた影響から、「アート思考」を解説していく。

 「アート思考」とは、簡単に言ってしまえば、自分なりに物を見て、自分なりに考え、自分だけの答えを見つけ出す思考法である。ピカソやデュシャンの作品には、素人目には上手いとも芸術的とも思えない作品もある。では、なぜ自分はそう思うのか。自分のアートの定義とは何か。それを深く追求していくと自分なりの答えにたどり着く。

 暑い夏の日、雨上がりの青い空に浮かぶ大きな雲はどんな形をしているだろうか。時間あたりの降雨量や温度から、観察や実験を繰り返し、法則を導いていくのは科学だ。その雲は何に似ていて、どの部分、どこの色からそう思うのかを深く考えいくのが「アート思考」である。

 そう言われても、「アート思考」がビジネスや日常生活で役に立つのか分からないと言う人もいるだろう。しかし、近代における芸術界の一つの経験は、私たちにも大きな示唆となるはずだ。

 それはカメラの発明である。多文化との接触や、宗教との関係もあり、当時も価値観は単一では無かっただろう。しかし、西洋美術の圧倒的な写実性には、現代の私たちでも感動するものが多い。目に映る通りに描くことが、美術の目的であり、その存在意義だと信じていた人が初めてカメラと写真を知ったときの衝撃を想像して欲しい。

 いや、そんなことを言われずとも、現代で働く多くの人は同様のことを既に経験しているのだ。それはAIの実用化や、新型コロナウイルスの流行による生活と労働の変化だ。価値観が多様化していると言われ続け、技術革新や社会情勢の変化で、私たちの常識や権威はいかようにも変化する。もしそうだとしたら、「真・善・美」も、そこに優劣もなければ、相互に不可侵ではないのかもしれない。

 現代のビジネスパーソンはみな忙しい。問題解決のためのフレームワークや時短のためのスキルも身につけなければ、すぐにでも時代に取り残されてしまう。しかし、だからこそ人間疎外に陥らないよう、この1冊で「アート思考」を深めることは、時代の病の処方箋ともなるだろう。

(文=MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店・社会書担当 中田英志郎)

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