コロナ禍でも業績アップ、ニトリはなぜ危機に強いのか? 似鳥明雄会長の豪快な人生と超効率的なビジネスモデル
20/7/9(木) 13:45
コロナ禍の巣ごもり消費、リモートワーク需要の高まりなどからニトリが絶好調だと日経新聞や経済メディアで報じられている。時代の流れがニトリに味方して業績を伸ばした部分がゼロとは言えないが、ニトリについて書かれた2冊の本を読むと、決して偶然の産物とは言えないことが見えてくる。
参考:マスク生産で注目、アイリスオーヤマはなぜ危機に強いのか? オイルショックで見出した経営哲学
たとえば実は、ニトリはリーマンショックのあともセールを行い、業績を伸ばしている。なぜニトリは危機に強いのか? 北海道のよくある家具屋にすぎなかったニトリが東証一部上場企業、30年以上の連続増収増益という記録を打ち立てられたのはなぜなのだろうか?
■高校には裏口入学、入ったあともカンニングで進級
その答えを探る手がかりとなるひとつめの本は、ニトリホールディングス会長の似鳥明雄氏が日経新聞の名物連載「私の履歴書」に語ったものをまとめた『ニトリ成功の5原則』だ。
この本はなかなか豪快だ。ニトリを創業してしばらく経つまで失敗続きだったという似鳥会長の半生が序盤に書かれていくのだが、本文が始まって2ページ目で、受けた高校は全部落ちたが母親が落ちた高校の校長に米俵を一俵贈って補欠合格にしてもらった、高校に入ったが勉強はまったくわからなかったので試験のたびにカンニングしていつもギリギリで進級していた、とぶっちゃけるのである。
東証一部上場企業の創業者で現・会長がこんなことを語るのは、このコンプラ重視社会下では珍しいのではなかろうか。似鳥会長は1944年生まれで、裏口入学の重みもカンニングの重みも今日とはまったく異なるにしても、なかなかすごい。
こうしたエピソードから似鳥会長が伝えたいのは、成功するのに学校の勉強の成績なんか関係ない、自分は35歳でようやく目覚めてそこからニトリを拡大させていったのだ、ということだ。そして本のタイトルにある成功の5原則、すなわち「ロマン」「ビジョン」「意欲」「執念」「好奇心」があれば誰でも成功できる、と語る。
似鳥会長は流通業界では知らぬ者のいないコンサルタント、故・渥美俊一の主宰するペガサスクラブに1978年に入会し、アメリカに視察に行って彼我の豊かさの差に愕然とし、30代半ばになって「日本の人々をゆたかにすること」を働く目的に据えたことで、今まで「なんとか食っていければいい」程度で閉店間際に客が来ても追い返すくらいの働き方だった事業、人生のすべてが変わった、と言う。
このあたりは自己啓発セミナーの体験談やスピリチュアル系ビリーバーの告白に似ていると感じる人もいるだろう。ともあれ、なまじ学校教育に適応できた計算高く常識的な秀才たちとは違って、渥美俊一に「常識の100倍のスケールで発想しろ」と言われて「そんなの無理だろ」と思わず愚直に目標を「100店舗、売上1000億円」と決め、そうするためのアイデアを社員とともにひねり出していった――本によると、似鳥氏がロマンやビジョンをぶちあげたけれども具体的にどうするのか示さないので、今ではニトリの社長になった白井俊之氏らが「俺たちがやらなきゃ」と具体策を考案していった、とある――、その素直さが成功要因だったことは疑い得ない。
ただ別にニトリは根性論、精神論だけで成功したわけではない。その巨大な目標を実現するための行動、方法論に良い意味で執着しなかったからだ。言いかえると、世の中の変化に迅速に対応してきたからだ。
似鳥氏は現状の方法論や慣例にまったくこだわらず、良いやり方だと思ったら朝令暮改を厭わずやってきたという。言われた側の現場は大変だが、しかし、世の中の変化の速度に会社の変化の速度が遅れを取るといずれその組織は終わっていく。そして事業環境の変化を予測し、不況に備えてきた。
これはアイリスオーヤマなどとも共通するが、ニトリもまた、バブルはいつか弾けるし、不況はいつか来ると思って備えをしていた。だからリーマンショックのあとには一気にセールをやってむしろ売り伸ばしたし、今回のコロナ禍のような突然の不況に転じたときこそ、好況期よりも安い資金で出店攻勢に出られるよう準備をしているのだ。
■商品企画から流通まで自前で行う独自のSPA「製造物流小売業」
ニトリのもっと具体的な戦略については、もうひとつの本である角井亮一『すごい物流戦略』を読まなければならない。
ニトリは現在、商品企画から生産、物流、販売、アフターサービスまでをすべて自前のホールディングス内で行う、独自のSPA(製造小売業。自分で作って売るビジネスモデル)である「製造物流小売業」という事業形態を取っている。
しかもいわゆるオムニチャネル(店舗、アプリなどあらゆるメディアで顧客との接点を作る販売戦略)を実現し、リアル店舗で見た家具のQRコードを読み込ませるとアプリから簡単に注文して家に届ける、といったことができる。
これの何が強いか? 実店舗での販売やアフターサービスといった顧客接点から得た情報を商品企画や生産部門に反映することによって、そもそも売れないものを作らない、売れるものは自前の工場と物流機能を駆使してガンガン回す、それでも売れない在庫は早めに取り除いて回転率を上げる、ということを高い精度で行える。
家具屋は、普通は服屋や食品店と比べて回転率が悪い。物理的に空間を大きく占有する、重くて大きく、単価が高くて数年から十数年に1回しか買わないようなものを扱っているからだ。そのため、売れないものがあると、その在庫が重くのしかかってくる。
ところがなんとニトリの在庫回転率は、同業他社である大塚家具の倍以上、どころかユニクロや無印良品を運営する良品計画などより良く、かつ、営業利益率も群を抜いて良いのである。ニトリがどれだけ効率を追求しているかがうかがえる。
これを実現するため、人事では本部と現場、さまざまな部署をいわゆるローテーション人事を行い、部門間の縦割りが生じないように、また、多面的にビジネス全体を見て動けるように設計している。
本にはそこまで書いていなかったが、おそらく評価制度も全体最適を意識したものになっているはずだ。そうでなければ、たとえば「リアル店舗の売上で評価が決まるのに、その場でQRコードで飛ばれてECで買われては困る」と現場の人間は思ってしまうからだ。
ニトリもはじめは地方によくある家具屋のひとつだったが、チェーンストア化を実践し、常識外れな夢を実現するための方策をとことん追求していった結果、現在のようなきわめて効率的で、買う側にとっては非常に便利なビジネスモデルを完成させた。
普通は効率をとことん追求していくとバッファが貧弱になって危機のときに崩れやすいのだが、いつ何が起こってもおかしくないと考え、むしろ不況は低コストで打って出られるチャンスだと捉えて備えていることも強い。
今のニトリを見るとしくみがめちゃくちゃよく考えられているように見えるが、冒頭に述べたように30代なかばまでは似鳥会長の周囲からの評価はめちゃくちゃ、惨憺たるものだった。
世の保護者や、教師たちは、子どもがカンニングばかりしているとか、休校期間中遊んでばかりで心配になったとしても、もっとおおらかに構えてみてもいいかもしれない。(飯田一史)
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