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『ダウントン・アビー』と『エルカミーノ』は、劇場映画産業の“救世主”と“天敵”に?

リアルサウンド

19/10/20(日) 10:00

 ハリウッドお決まりヒット映画といえばなんだろう? スターが参加するSF大作に、栄華を誇るアクション・シリーズ……2019年9月の全米興行で言えば、ブラッド・ピット主演『アド・アストラ』、そしてシルベスター・スタローン主演『ランボー:ラスト・ブラッド』だ。しかしながら、これらスター男優映画は、揃って「おばあちゃんファンを抱える牧歌的作品」に敗れ去ることとなる。同週公開された人気TVドラマシリーズの劇場版『ダウントン・アビー』が予想を上回るかたちでボックス・オフィスの頂点におどり出たのだ。翌月には、 今なおつづくドラマ黄金期「Peak TV」の礎となった『ブレイキング・バッド』シリーズの続編映画『エルカミーノ』がNetflixにリリースされる。もしかしたら、変革の秋を騒がせる2つのTVベース・ムービーは、対極にあるかもしれない。ひとつは劇場映画産業のかもしれないからだ。

「スタジオ幹部たちは、間違いなく『ダウントン・アビー』の成功に注意をはらっている」(Box Officeアナリスト ジェフ・ボック、IndieWireより)

 2010年に英国で初演されたドラマ『ダウントン・アビー』が世界的メガヒットになるとは、複数の専門家どころか、米国放送を担当したPBSすら予想していなかったという。1900年代初頭のイギリス貴族を描いたこの時代劇は、モダンな視点で描かれていたとはいえ、当時流行していた『ブレイキング・バッド』『マッドメン』と比べれば、ノスタルジックで牧歌的だったからだ。プロフェッショナルの予想がはずれたことは、PBS史上最高レーティング・ドラマ作品記録樹立、および15個ものエミー賞トロフィーが示しているのだが。

 2015年にシーズン6で最終回を迎えた『ダウントン・アビー』は、4年の期間をあけて、今度は劇場映画業界にサプライズを巻き起こす。前述したように、2019年9月第3週の全米興行収入にて、同週デビューのブラッド・ピット主演大作および『ランボー』フランチャイズ新作を引き離すかたちで首位デビューを飾ったのだ。

<2019年9月20-22日 週末興行収入(Box Officeより)>
1位 『ダウントン・アビー』 約3,100万ドル/推定製作費2,000万ドル
2位 『アド・アストラ』 約1.900万ドル/推定製作費1億ドル
3位 『ランボー:ラスト・ブラッド』 約1,890万ドル/推定製作費5,000万ドル

 劇場版『ダウントン・アビー』は、中規模予算作品でありながらハリウッド・スター主演大作に差をつけたばかりか、マーケター予想を大きく上回る想定以上のスマッシュ・ヒットを記録した。客層は74%が女性、さらには全体の3割以上が55歳以上(Deadline参照)。中高年女性を中心に、アクション大作映画を観に来ない層も引き込んだかたちとされる。人気キャラクターを集結させるファン・フレンドリー構成にもかかわらず初見の人も楽しめる仕上がりようで、映画自体の評判も悪くない。すでに3つのエミー賞を手にする公爵夫人役デイム・マギー・スミスのアカデミー賞ノミネートも期待されている。

 1988年『X-ファイル ザ・ムービー』に2008年『セックス・アンド・ザ・シティ』と、ご長寿ドラマの劇場版ヒットは今までも存在してきた。しかしながら、かつてとの違いは、業界における“需要”だ。現在、ストリーミング・サービス等に押される劇場映画産業は「IP」偏重時代にある。「IP」とは知的財産権を指すが、この場合、2019年グローバル興行収入の多くを占めるディズニーやスーパーヒーローといった強力なブランド及びキャラクター(それを駆使する映画作品)を指す。一方、そうしたブランドを持たぬ劇場配給作品は、低予算かつ低リスクに走っている。近年のアメリカ市場では、ホラー・ジャンルや、女性、アフリカ系、ヒスパニック狙いのコスト・パフォーマンスが注視されているようだ。ただし、そのなかでもリスクを孕む作風は忌避される上、魅力を伝えるためのマーケティング・コスト問題によって廃業を考える配給サイドの苦境がWashington Timesにて報告されている(黒人/ラティーノ女性リードとくくれる作品でも、ジェニファー・ロペス主演『Hustlers』はヒットしたが、ヴィオラ・デイヴィスの『ロスト・マネー 偽りの報酬』は興行的失敗に終わった)。この状況下、『ダウントン・アビー』は、素晴らしい可能性を示した。巨大ファンベースを抱える強力な「IP」とも言える人気TVドラマ原作の劇場映画は、低リスク低予算で高い収益を狙える。今日の劇場映画産業からすれば“救世主”のような存在だろう。『ダウントン・アビー』クリエイターは続編映画も視野に入れており、ついで、2020年にはHBOの歴史的ヒット作『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』劇場版が公開予定だ。2010年代は、映画界とTV界の境界が融解した時代とされるが、次なるディケイドは、双方のコンビネーションがさらに増えていくかもしれない。

「『エルカミーノ』が『ブレイキング・バッド』ファン以外にヒットする可能性は低いだろう。しかしながら、ほぼ全てのファンがこの映画で欲しいものを得る」(アニ・バンドル、NBC Newsより)

 『ダウントン・アビー』の劇場版はファン以外も楽しめる仕様だったようだが、Netflix配信を機に人気を爆発させた『ブレイキング・バッド』の続編的映画『エルカミーノ』は対極に位置している。これはクリエイターのヴィンス・ギリガンがシリーズ・ファンに宛てたギフトのごとき作品なのだ。公開前から溢れんばかりのプロモーションを放出した『ダウントン・アビー』と異なり、トレイラー等の事前情報は最小限にとどまっていた。加えて、舞台アルバカーキ含む68カ所で限定公開はされたものの、基本的にはNetflix配信の「テレビジョン・イベント」と称されている。本編にしても、既存エピソードを観ていないと登場人物が何者かわからない状態だ。ファン主義にこだわり説明を排した『エルカミーノ』は、伝統的な大規模シアター展開が望まれる構成ではないだろう。だからこそ、ストリーミングが牽引する「Peak TV」時代ならではの作品と言えるかもしれないし、裏返せば、その存在は、劇場映画文化を侵しゆく“天敵”的存在なのかもしれない(アメリカの大手劇場チェーンとNetflixの関係は良好と言えず、今年は『アイリッシュマン』事前公開交渉が破断に終わったと報じられている)。

 しかしながら、個人的に興味深い点は、「21世紀の西部劇としてのドラッグ・クライム劇」の頂点とされる同シリーズが新たな輝きを見せたことだ。『エルカミーノ』は、かつてハリウッドの中心で輝いた西部劇を喚起させる内容になっており、ある種、その伝統文化を継承してアップデートさせている。ビジネスが文化にもたらす影響は大きいが、その一方で、アートとは現実の軋轢を越えて交差し進化していくものなのだろう。(文=辰巳JUNK)

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