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『いだてん』仲野太賀の「万歳」に込められた戦争の悲劇 目を背けてはいけない東京五輪までの歩み

リアルサウンド

19/10/7(月) 12:00

 10月6日に放送された『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第38回「長いお別れ」。治五郎(役所広司)の死後、政治(阿部サダヲ)は治五郎の意志を継ぎ、東京でのオリンピック開催に力を注ぐ。しかし日本は戦争によって、平和の祭典とは真逆の方向へと進んでいく。

参考:仲野太賀が語る、『いだてん』出演までの緻密な努力 「参加できる喜びは一味違う」

 ドラマ序盤で印象的だったのは、1940年の東京オリンピック開催に対する政治と副島(塚本晋也)の対峙だ。治五郎亡き今、組織委員会に力はなく、陸軍次官の発言に誰も言い返すことができない。陸軍次官への賛同の拍手が湧き起こる中、副島は苦々しい表情をしていた。

 副島は招致返上を提案。ムッソリーニから命がけでオリンピックを譲渡してもらった副島だが、治五郎が存命しているときから返上を訴え続けてきた。そんな副島の提案に、治五郎から夢を託された政治は葛藤する。

「総理大臣に頼むんだったら戦争の方じゃないの。戦争をやめてくれって電話してくださいよ!」

 しかし副島は「ただ1人悪者になる覚悟で」返上に踏み切った。総理大臣に直談判しようとした副島は「全て私の独断」と口にしていた。返上することで、自身が世間からどのような目で見られるのかは覚悟の上だったのだ。塚本の語りと凛とした演技が、信念を貫き続けた副島の覚悟を伝える。

「“売国奴”、“非国民”と罵られても、私は自分のとった行動を後悔してはいない」

 副島は、葛藤する政治にこうも言っていた。「機が熟せば、いつかやれるさ。東京オリンピック」。1940年の開催は幻に終わるが、副島の言う通り、1964年に東京オリンピックが開催される。つらい決断を下した副島の孤独な背中は視聴者の心に残ったことだろう。歩みを止めるのは勇気がいる。だが、彼の「返上」という判断が新たな一歩を生み出すことになった。たった1人で全てを背負った副島がいなければ、1964年も、そして2020年のオリンピックも開催されなかったかもしれない。

 第二次世界大戦が勃発し、世界中が戦争当事者となる中、金栗四三(中村勘九郎)の弟子、小松勝(仲野太賀)はりく(杉咲花)と結婚する。2人の間には金治、すなわち後の五りん(神木隆之介)が生まれた。

 昭和16年12月、真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発。しかしその頃には、人々に戦況が正確に伝えられることはなくなっていた。新聞社内で響き渡る「万歳」の声。政治は万歳三唱を無表情に見つめていた。そんな政治に緒方(リリー・フランキー)は「嘘でも喜べ」と耳打ちするが、その言葉は勝を戦地に送り出す四三たちの言動からも伝わってくる。

 辛作(三宅弘城)は「立派に戦ってこい」と勝を力づけるが、勝は笑顔を見せても言葉を返すことができない。四三もスヤ(綾瀬はるか)も勝に声をかけるが、声をかけるというより、声をかけなければ「行ってほしくない」という本心に飲み込まれてしまうことをわかっているかのようだった。勝が黙ったものも、りくと金治を置いて戦地に行きたくないという本心が溢れ出そうになったからなのではないだろうか。

 ただ、増野(柄本佑)だけは、気持ちを抑えることができなかった。怒りに任せて勝を蹴り倒した増野だったが、彼の怒りの根幹は勝を戦地に向かわせる国に対するものだった。けれど増野は、心を落ち着かせた後、四三らと同じように本心を飲み込んで「立派に戦ってくるんだぞ、お国のために」と声をかけた。ハリマヤに「万歳」の声が響き渡る。だが誰一人として、本心から彼を戦地に送りたいだなど思っていない。それでも彼らは送り出さなければならない。嘘でもいいから喜ばなければならない。心が痛むシーンだった。

 スポーツに励む若者のために建てられた明治神宮外苑競技場から、学生が戦地へと送り出される皮肉な現実。行進する勝がりくと金治に向ける目は忘れられない。覚悟を決めた目にも見えたが、覚悟を決めざるを得なかった目にも見える。勝は目を見開き「万歳」と絶叫する。仲野が見せた表情は、日本が引き返すことができないところまで来てしまったのだと感じさせる、壮絶な表情だった。

 放送終了後、Twitterには「#副島さん」「#増野さん」「#学徒出陣」がトレンドとして並んだ。それだけ視聴者の胸に、戦争が招いた悲劇が刺さったということだろう。学徒出陣のシーンでは、カラー化された当時の映像が映し出され、戦時中の生々しい雰囲気が現代にいる私たちへと伝わってきた。本作は、真正面から戦争の悲惨さを描いている。今後も辛い展開が待ち受けているだろうが、私たちは決して目を背けてはいけない。日本で初めてオリンピックに参加した男と日本にオリンピックを招致した男の間にある負の歴史は、避けて通ってはいけないものなのだから。(片山香帆)

※塚本晋也の塚は正しくは旧字体

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