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「刃牙シリーズ」本部以蔵はなぜ強くなった? 板垣恵介が提示した“競技”と“武術”の違い

リアルサウンド

21/1/4(月) 19:00

MMAも厳格に定められたルールに則って行われる競技

 先日、かつてK-1で活躍したミスター・ストイックこと小比類巻貴之が運営するYouTubeチャンネル「KOHI CHANNEL」に、矢地祐介とのコラボがバズり、一躍時の人となったジークンドーの石井東吾氏とのスパーリング動画がアップされた。1Rはキックルール、1Rはジークンドールールで戦うというものだったのだが、これが実に興味深い内容だった。

 まずキックルールからスタートしたスパーは、体格とキックルールの経験に勝る小比類巻が圧倒。石井氏の動きには、これまでYouTubeの動画で見せていた軽快さや鋭さは感じられず、パンチやキックにもいつものキレは見られず、被弾する場面も見受けられた。

 だが、ジークンドールールになった2Rは一転、石井氏が本来の動きを取り戻す。目突き、喉、金的……狙いを絞ることなく正中線上の急所を常に習い続けるその動きに小比類巻は翻弄され、パンチを出すことすらおぼつかない。この動画が我々に教えてくれたことは、決められたルールの中で競い合う“競技”としての格闘技と、実戦を想定した”武術”の明白な違いである。

 一定のルールがあるため競技としての性質、そして最低限の選手の安全性が担保され、それゆえにそのルールの中で勝つための戦略、戦術が整備されていく。

 ここまで読んでいただければ、もっともノールールに近いとされ、その競技の頂点に立つと”地球上で最も強い”と認定されることの多い現代MMAですら、厳格に定められたルールに則って行われる競技であることが理解していただけるだろう。

力士相手に小指を取った武術家

 そこで“本部以蔵”である。「刃牙シリーズ」において、ごく初期から登場している“武術家”であるが、その登場後、20年以上に渡って「本部は強いのか否か」という議論が交わされてきた非常に稀有なキャラクターである。

 この本部、超実戦流柔術、本部流柔術の元締めとしていかにも強者感をギンギンに醸し出しまくりながら登場したものの、範馬勇次郎に敗北後、主にその武術全般への豊富な知識を買われ、『魁!!男塾』の富樫源次や『キン肉マン』のテリーマンに並ぶ、少年漫画界屈指の名解説者ポジションをゲット。

 そして極め付けは、地上最大トーナメント1回戦での伝説の敗北である。

 ありとあらゆる武術に精通しておきながら力士相手に小指を取るという、井上尚弥にテレフォンパンチを打つかの如き大失態を犯してしまったこの1戦が、本部の戦闘における評価を地に貶め、一方で解説者としての地位を揺るぎないものにした。だが、そのポジションを永久に保持し続けるかと思われていた本部が、死刑囚編で突如覚醒することになるとは、当時誰も予想しなかったことだろう。

 毒手と鎖鎌を駆使し、刃牙と渋川剛気を苦しめた柳龍光を、あの本部が、そう、あの本部が圧倒してしまったのである。リアルタイムで「週刊少年チャンピオン」を読んでいた当時の読者が驚きを隠せない中、その週の巻末の作者コメントで板垣先生があの名言を残すのである。

そう、

“本部が強くて何が悪い”

である。

   それを境に本部の評価は一転。のちに宮本武蔵から範馬勇次郎を含めた友を“守護(まも)る”などと言い出し、烈海王と互角以上の戦いを繰り広げ、刃牙の首筋に刃物を突きつけ、その後も八面六臂の活躍を見せ、最後にはなんと宮本武蔵から実質的な勝利を収めるに至った。なぜ本部はこんなに強くなったのか、そしてなぜあんなに弱かったのか? 少年漫画界屈指の出オチ、ネタキャラの解説者が、その強さを語られるほどに育ってしまったのか?

 その答えを、実は本部は自らの口で言及しているのである。曰く、「勇次郎を含めて現代格闘士は武器を使った本当の殺し合いに慣れておらず、武蔵に対抗できるのは唯一武芸百般を修めた自分だけ」。曰く、「自分の実力は格闘術に関してはいくら甘く見積もっても80点に満たないが、武器術も含めれば300点はくだらない」。“限られたフィールドの中で”“武器の使用以外の全ての攻撃を認める”という究極にノールールな地下格闘場の戦いですら、本部にとっては“ルール”の定められた“格闘技”にすぎなかったということであろう。ルールがある以上攻撃手段は限定され、そのルールの中で戦う戦術が重要になるし、そこでは本来の意味での命のやりとりは行われることはない。ルールに縛られた本部はただの弱小格闘家である。

 しかしルールを全て取っ払った、まさに実戦において、本部は圧倒的な実力を持つ、武術家になるのである。まさに本部以蔵、恐るべしといったところであるが、実は真に恐ろしいのは板垣先生、その人である。

 なぜなら今から20年ほど前に格闘技と武術の違いについて、本部以蔵を用いてすでに言及していたという事実があるからだ。そう、“キサマ等のいる場所はすでに板垣先生が30年前に通過した場所だッッッ”ということなのである。

 昨年から急激に流行り出した格闘家と武術家のコラボだが、それらを見るたびに武術の技術とその理論、精神に感銘を受けるとともに、MMAは競技としてこの数十年で急速に進化しているのだなということを思い知らされる。そしてなにより、板垣先生はそれらをずーっと昔から意識しており、それを踏まえた上で強さとは何かを追い求めていたのだということを改めて認識させられる。

 “本部が強くて何が悪い”、いまならこの言葉の本当の意味が理解できる読者も多いことだろう。本部以蔵は地下格闘家ではなく、武術家なのだ。だから実戦に近づけば近づくほど、むしろ実戦になればこそ、本部は強いのだ。

■関口裕一(せきぐち ゆういち)
スポーツライター。スポーツ・ライフスタイル・ウェブマガジン『MELOS(メロス)』などを中心に、芸能、ゲーム、モノ関係の媒体で執筆。他に2.5次元舞台のビジュアル撮影のディレクションも担当。

■書籍情報
『グラップラー刃牙完全版(8)』
板垣恵介 著
定価:本体1000 円+税
出版社:秋田書店
公式サイト

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