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『姉ちゃんの恋人』は何を描いたのか? 過酷な現実に抗うファンタジーの強度

リアルサウンド

20/12/22(火) 6:00

「家の前でクラクションが鳴って、『えっ』て見ると彼が車で迎えに来てて。カップホルダーがあるじゃないですか、車に。運転席と助手席に1個ずつ。そこに私の好きなアイスラテが置いてあるんですよ(中略)で、湘南とか江の島とか鎌倉に行くんです。渋滞しても大丈夫。しりとり歌合戦します。J-POP縛りとかで。それが夢」

 この時代に奇跡が起きるとすれば、それはどんな形をしているのだろうか? 『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジテレビ系)は、幸福になることを諦めた人たちがもう一度幸せになろうとする物語だ。そこにあるのは、過酷な現実に抗うファンタジーの強度である。

 舞台は2020年の東京。ホームセンターで働く27歳の安達桃子(有村架純)は両親を交通事故で亡くし、女手一つで3人の弟を育ててきた。ある日、桃子はクリスマス商戦に向けた店内プロジェクトの責任者を任される。配送部門も参加した全体ミーティングで、桃子は吉岡真人(林遣都)と顔を合わせる。

 ファンタジーを成り立たせるのは想像力だ。彼氏とドライブデートに行くという、あまりにもささやかな夢。しかし、桃子にとって、その夢ははるか先にあった。両親の事故を目撃して以来、車に乗るとその光景がフラッシュバックする桃子。夢の裏側には消えない記憶が貼り付いていて、想像力は桃子を幸せにしてくれない。現実の前で想像力が挫折する図式は、真人にもあてはまる。傷害事件を起こして服役した過去を持つ真人は、自分が幸せになるという想像力を絶ち切ることで、かろうじて生きている。

 想像力あるいは幸福への願望に蓋をした2人が、互いを受け入れて進んでいくというテーマが『姉ちゃんの恋人』の根底にはある。脚本を担当したのは連続テレビ小説『ちゅらさん』、『ひよっこ』(NHK総合)の岡田惠和。悪人が出てこない“優しい”世界観は本作にも通底している。

 通常なら出会わないであろう桃子と真人。2人が出会うのがクリスマスの企画というのが象徴的だ。ホームセンターが準備するのは、誰かのためのクリスマス。毎年、弟たちにプレゼントを用意する桃子と、祝われる資格がないと思っている真人は、祝う側として時間を共有する中で互いのことを知る。幸福に向かう最初の一歩を、クリスマスという他人の幸福のための想像力を借りて踏み出すのだ。

 奇跡の対義語は日常であり、現実の描き方次第でファンタジーはいかようにも変化する。真人はミーティングでこう話す。「クリスマスって幸せの象徴みたいなとこがあって。もちろんそれでいいんですけど、あまりキラキラばっかりしてると、寂しかったり、つらい思いを持った人は目を背けたくなる」。『姉ちゃんの恋人』は、見過ごされがちな現実の風景や人物の背景に目を向けており、その解像度の高さが奇跡を下支えしている。

 たとえば桃子の同僚の臼井(スミマサノリ)。影が薄すぎて同僚にいじられる臼井には、捨てられた椅子に座って写真を撮るという変わった趣味があった。「ずっと椅子として頑張ってきたわけじゃないですか。よく頑張ったって」。名もなき椅子のような陰の存在をちゃんと描くこと。椅子に限らず、誰かを支え続けてきた人が報われる姿は周囲も幸福にしてくれる。

 両親に代って弟の面倒を見てきた桃子も、誰かを支え続けてきた1人だ。第6話の観覧車のシーンで、真人は交際相手を守るために殴ったこと、事件を公にしたくない恋人のために罪をかぶったことを告白する。真人の告白を聞き、桃子は本当の意味で真人に心を開いたのだと思う。笑顔を絶やさない桃子には、誰にも言えない苦労があったはずだ。大学進学を諦め、おしゃれも控えて、唯一の気晴らしが、幼なじみのみゆき(奈緒)とコンビニの前で缶チューハイを飲みながら話すことという桃子にとって、恋人のために罪を背負う真人の、とてつもない優しさが救いになったに違いない。

 幸福はすぐに壊れてしまいそうな危ういバランスの上で保たれている。『姉ちゃんの恋人』は、そのことも容赦なくえぐり出す。プレゼントを買った帰りにふたたび暴漢に襲われた真人と桃子。「この世界は愛だけで成り立っているわけじゃない」というナレーションで、私たちは残酷な現実に連れ戻される。それでも、だからこそ、願うこと、愛することの尊さが何重にも迫ってくるのだ。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
『姉ちゃんの恋人』
カンテレ・フジテレビ系にて、毎週火曜21:00~放送
出演:有村架純、林遣都、奈緒、高橋海人(King & Prince)、やついいちろう、日向亘、阿南敦子、那須雄登(美 少年/ジャニーズJr.)、スミマサノリ、井阪郁巳、南出凌嘉、西川瑞、和久井映見、光石研、紺野まひる、小池栄子、藤木直人ほか
脚本:岡田惠和
音楽:眞鍋昭大
主題歌:Mr.Children「Brand new planet」(TOY’S FACTORY)
演出:三宅喜重(カンテレ)、本橋圭太、宝来忠昭
プロデュース:岡光寛子(カンテレ)、白石裕菜(ホリプロ)、平部隆明(ホリプロ)
制作協力:ホリプロ
制作著作:カンテレ
(c)カンテレ
公式サイト:https://www.ktv.jp/anekoi/
公式Twitter:https://twitter.com/anekoi_tue21
公式Instagram: https://www.instagram.com/anekoi.tue21

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