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『ワンダヴィジョン』がシットコムとして作られた意味 仕掛けられた“謎”とともに考察する

リアルサウンド

21/1/24(日) 10:00

 世界で猛威を振るっている、新型コロナウイルス感染症。その影響は、製作映画公開のロードマップを順調にこなしていたマーベル・スタジオにも影響を及ぼしている。新作『ブラック・ウィドウ』は、現時点で2021年春まで公開予定がずれ込み、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年)によって観客の心をさらにつかむこととなったMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品は、そこからブランクを空けることになってしまった。そして、1年半を経てついに再開した、ファン待望のMCU作品となったのが、配信ドラマである本作『ワンダヴィジョン』である。

 これまで大スケールで表現されてきたMCU最新作が、映画作品でなく配信ドラマになったということに、寂しさを覚える人も少なくないかもしれない。だが、30分の全9エピソードで構成される本作は、配信作品であるからこその特性を活かした内容で観る者を惹きつける、新しいタイプのMCU作品として、1、2、3話が配信されている現時点において、これまでのシリーズ作品以上に見応えのあるものとなっていた。

 まず驚かされるのは、本作が「シットコム(シチュエーション・コメディ)」として作られているということだ。シットコムとは基本的に、いくつかの決まったセットを舞台に、コント風のドラマが繰り広げられるというもの。『アーノルド坊やは人気者』『アルフ』『フルハウス』など、家庭で起こるドラマを題材にしたものが多く、一つの定型となっている。アベンジャーズの一員でもある正義のヒーロー、スカーレット・ウィッチ(ワンダ)とヴィジョンのカップルが、そんな家庭劇の主人公としてシットコム独特の笑いを視聴者に提供するのだ。

 モノクロ映像で表現される本作の1、2話は、1964年から1972年までアメリカで放送され、日本でも人気のあった、代表的なシットコム作品『奥さまは魔女』にそっくりだ。これは、他人に魔女であることを隠している主婦や、真面目な性格の夫を中心に起こる騒動やドラマをユーモラスに描いていくといった内容。たしかに、ワンダことスカーレット・ウィッチ(真紅の魔女)は強力なテレキネシス(念力)を使うことのできる女性キャラクターであり、『奥さまは魔女』のような作品の主人公になり得るはずである。

 本作はシットコム作品として、かなり楽しめるものとなっている。エリザベス・オルセンが演じるワンダとポール・ベタニーが演じるヴィジョンが、それぞれに自分の能力を周囲に隠しながら、会社の上司夫婦をもてなしたり、近所のパーティーに参加することで起こる、とぼけた騒動は、多くの視聴者が考える類型的でクラシカルなシットコムのイメージでありながら、ツボを押さえた演出で何度も笑わせてくれる。

 それもそのはずで、数多くのTVドラマの演出を行ってきて、『ゲーム・オブ・スローンズ』や『ザ・ボーイズ』など大ヒットシリーズのエピソードも手がけている、本作の監督マット・シャックマンは、自身の子役時代に数々のシットコム形式のホームドラマへの出演経験があり、独特の呼吸を肌で知っているのだ。本作の監督として、彼以上の存在を見つけ出すのは困難であろう。ちなみに、エリザベス・オルセンも子役として『フルハウス』に出演している。

 とはいえ、MCUのシリーズは、これまで正義のヒーローが悪役(ヴィラン)と戦うアクションシーンが見どころとなっていた。本作では、ワンダとヴィジョンの能力を、上司が喉に詰まらせた食べ物を取り出したり、パーティーの余興のマジックに利用するなど、現時点ではきわめてこじんまりとした出来事にしか使用していないように見える。これまでMCU作品を楽しんできた視聴者は意外に思うことだろう。

 だが、MCU作品にホームドラマが登場するのは、そこまで唐突なことではないかもしれない。なぜなら、マーベル・コミックではヴィジョンを主人公としたホームコメディ作品『ヴィジョン』が、すでに出版されているからだ。この漫画作品はヴィジョンが自ら生み出した“家族”との物語が、不穏な展開とともに描かれていく。ドラマ『ワンダヴィジョン』は、この作品や、ワンダとヴィジョンの恋の行方を描く『ヴィジョンと緋色の魔女』、ワンダが能力を暴走させてしまう『ハウス・オブ・M』ヒントに、さらに新しいドラマを創造していると思われる。

 本作『ワンダヴィジョン』の舞台になっているのは、1950年代以降のアメリカで中流白人の典型的な幸せのモデルとされた、郊外の住宅地(サバービア)に住む平凡な家庭だ。夫は都市にある会社に通い給料を稼ぎ、妻は家事や近所の主婦たちと交流しながら夫の帰りを待っている。そんな世界観にワンダとヴィジョンが入り込んでいるのである。しかし、MCUシリーズでワンダやヴィジョンが登場するのは現代であったはずだ。なぜ二人はそんな時代、そんな場所に存在しているのか。そもそも、ヴィジョンはアベンジャーズ作品のなかで命を落としていたのではなかったか? 視聴者が納得できる説明がないまま、ドラマは進行していく。

 だが本作には、そんな謎の設定のヒントとなるような要素が数多く紛れ込んでいる。例えば、モノクロの画面のなかに“色付き”で表現されるものが登場する箇所は興味深い。1話に登場するのは、ドラマの合間のクラシカルなCM映像で紹介される、アイアンマンことトニー・スタークの会社に関係すると思われる、食パンを焼くトースターである。

 ワンダは子ども時代に故郷のソコヴィアで両親を失う爆撃を経験し、「スターク・インダストリーズ」の名が刻まれた不発弾に怯えたことで、一時はトニー・スタークを強く憎んでいた。トーストの焼き上がりを知らせるランプが不穏に点滅するCM映像は、そんなワンダのエピソードを思い起こさせるものだ。そしてCMに出演する男性は「過去は忘れましょう」と語りかける。また、ラジオから突然聴こえてくる、ワンダに直接呼びかけてくる謎の声も気になるポイントとなっている。

 ワンダ自身が「これって現実なの?」と不安がるように、このようないくつもの不自然な描写から類推されるのは、このシットコムの世界そのものが、夢や幻影(ヴィジョン)であるかもしれないという疑惑だ。しかも、その夢を見ているのはワンダ自身なのではないだろうか。ある登場人物が「このちっぽけな町から逃げ出すのは、無理なんだよ」と語るように、その世界の町や住人は想像の産物なのかもしれない。そして、それこそが“ワンダヴィジョン”というタイトルを意味しているのではないか。

 また、自宅の庭に突然飛び込んできたと思われる、これもカラーで表現されていたヘリコプターのおもちゃや、ある謎のキャラクターの衣装にプリントされ、ある登場人物のネックレスにもデザインされていた、“一本の剣を象ったシンボルマーク”も、本作の謎に深く関わっているように思われる。

 MCUシリーズ作品のなかで、サミュエル・L・ジャクソン演じるニック・フューリーと宇宙とのつながりが描かれていたことを思い出してほしい。ニック・フューリーといえば、アベンジャーズをまとめる組織「S.H.I.E.L.D.(シールド)」の元長官。彼が宇宙に目をつけるという展開は、マーベルのコミックに登場する、宇宙で活動するシールドの姉妹組織「S.W.O.R.D.(ソード)」の設立を予感させるものだ。

 この前提から、『ワンダヴィジョン』に登場する一本の剣のマークが「S.W.O.R.D.」に関係している可能性は非常に高いと思われる。今後、「S.W.O.R.D.」と思われる存在が、シットコムの物語にどのように関わってくるのかが、本作の大きな注目すべき点となっていくだろう。

 だが重要に思えるのは、そのような謎以上に、本作がシットコムとして作られたこと自体ではないだろうか。前述したように、MCUのヒーロー作品といえば、スーパーパワーを持ったキャラクターたちがヴィランと戦うアクション映画ばかりである。それは当たり前といえば当たり前ではあるが、今回のように、そんな設定が本格的なコメディー作品のなかで活かされたというのは、MCU作品がより多様的な魅力を発揮できるという前例を作ったことを意味する。そして、物語はデヴィッド・リンチ監督のシットコム形式の不気味なホームドラマ『ラビッツ』のような不穏さを醸し出し始めている。

 マーベル・スタジオの作品は好調とはいえ、いつまでヒーローを主人公としたアクション大作が飽きられることになるか分からない。本作『ワンダヴィジョン』は、ヒーロー作品が他の既存のジャンルや未知のジャンルでも通用することを見せていることで、これまでにヒーロー作品に興味を持たなかった人を取り込み、いままでになかった楽しみ方を提供するものとなっている。その意味で本作は、ブームを作り一段落を迎えた、マーベル・スタジオの生存戦略を示す存在だともいえるのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■配信情報
ディズニープラスオリジナルドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』
ディズニープラスにて配信中
監督:マット・シャックマン
脚本:ジャック・シェイファー
出演:エリザベス・オルセン、ポール・ベタニー
原題:WandaVision
(c)2021 Marvel

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