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チェリコ KAT$UO×さらば青春の光 森田哲矢が語り合う、好きなことを追求するパンクな生き方

リアルサウンド

19/10/29(火) 16:00

 今年結成20周年を迎えたTHE CHERRY COKE$が、9thアルバム『OLDFOX』をリリースした。アイリッシュパンクバンドとして日本で無二の存在を確立した彼らの集大成となる今作。ここには、ルーツミュージックへのリスペクトと愛情が音に注ぎ込まれ、かつさまざまな音楽性を飲み込んで独自に進化を遂げゆく、今なお現在進行形の音楽が詰まっている。〈何も恐れないその目で睨んでた未来ってそんなモンかよ〉。若かりし自分たちに語りかけたという「Daydream Believer」で歌うそのフレーズは、この先もきっと過去形になることなく鋭く自身に立ち向かってくる、強い言葉なんだろう。そうやってまさにタイトルの『OLDFOX』が意味する、海千山千のごとくしたたかで一筋縄でいかないTHE CHERRY COKE$が提示されたアルバムだ。

参考:THE CHERRY COKE$が新アルバムで提示した“答え” 新体制で進化を遂げたサウンドを分析

 アルバムリリースにちなんだ今回の取材では、THE CHERRY COKE$ フロントマン・KAT$UOとバンドにゆかりあるお笑い芸人、さらば青春の光の森田哲矢を迎えて対談を行なった。かつてTHE CHERRY COKE$のMVにさらば青春の光が出演し(タイトルもまさに「~さらば青春の光~」という曲だった)、KAT$UOがさらば青春の光のグッズデザインを手がけるなど交流がある両者。とはいえ、普段は音楽の話やお互いの仕事に対する熱い話というのはほとんどせず、今回も音楽の話はできないかもしれないということだったが、音楽にまつわる話や、それぞれがバンドとお笑いで追い求めることについてなど、語り合ってもらった。(吉羽さおり)

第一印象は“面白い人”と“友達にはなりたくない人”

左から森田哲矢、KAT$UO

ーーおふたりは知り合ってどのくらいになるんですか。

森田哲矢(以下、森田):僕らが2013年に東京に出てきてすぐくらいだったから、もう6、7年になるんですかね。

ーー出会った当初は、お互いにどんな印象がありましたか。

森田:それは見ての通りで友達にはなりたくないタイプのーー。

KAT$UO:(笑)。

森田:こういう人たちを避けて生きてきましたから(笑)。なぜ出会わないといけないのかっていう。

KAT$UO:僕は、面白い人だなっていうのはありましたね。その頃は今ほどテレビでは見たことがなかったですけど知っていて。最初から飲みに行こうとか、そういう出会いではなかったと思うんですけど。

ーー何があってぐっと距離が近づいたんですか。

森田:なんでしたっけね。でもKAT$UOさんはよくライブを見にきてくれていたので。

KAT$UO:それまで僕は、友達がクラブとかでやってるようなお笑いライブは観に行ったことがあったんですけど、劇場でちゃんと観たことがなくて。劇場でお笑いを見るきっかけは、さらば青春の光だったんじゃないかな。

森田:ありがたいですよね。

ーー森田さんはTHE CHERRY COKE$のライブはご覧になっているんですか。

森田:じつは大阪時代から何回かライブは観させてもらっていてーー。

KAT$UO:そうなの? ライブは見に来たことないんじゃないかって、さっき森田くんが来る前に話してたんだよね(笑)。

森田:いやいや絶対にありますよ。うちのマネージャーが元バンドマンで、その対バンとかで出てはったのを何回か見させてもらっています。

KAT$UO:そうだったんだ。

森田:大所帯で、すごいなっていうか。僕の下世話な感覚では……今メンバー何人ですか?

KAT$UO:多分その当時は7人かな。今は6人で。

森田:これ、全員でギャラ割っていくらになるのかっていう。それでもこの音を奏でたいんだっていうのがわかるじゃないですか。この7人がいないとダメっていうのは、すごい覚悟やなというか。僕らの感覚としたら、割る数が少ない方がいいじゃないですか。

KAT$UO:(笑)。今は6人でよかったということだよね。

森田:ひとり減ってね。

森田「撮影現場は地獄みたいでした(笑)」

THE CHERRY COKE$『~さらば青春の光~』OFFICIAL MV
ーーさらば青春の光は、2016年のTHE CHERRY COKE$の曲「~さらば青春の光~」のMVに出演していますが、あれはどういうきっかけで作られたものだったんですか。

KAT$UO:曲が出来てまずさらばのふたりにMVに出てもらいたいなと思って、当時一緒に構成とかをやってくれていた方に相談をしたんです。最初にいくつかタイトルの候補はあったんですけど、タイトルもそのまま「~さらば青春の光~」でいこうかなって言った記憶がある。あの曲はもともとアコーディオンでMUTSUMIが加入した、新メンバーのお披露目のためのMVだったんです。まだ公には加入の発表をしていなかったんですけど、MVをいきなり出して、そこに新しいアコーディオンのメンバーがいたらかっこいいよなっていうところからはじまったもので。

森田:そうでしたね。

KAT$UO:バンドのリスタートの意味も込めて、桜咲くという歌の内容とさらば青春の光っていう名前の相性がいいよなっていうことで、ふたりに出てもらいたいなって。

森田:ただ、世の中に“さらば青春の光”っていう曲が多いじゃないですか。僕らからしたら、もう迷惑なんですよ(笑)。

KAT$UO:なるほど(笑)。

森田:大前提としては70年代の映画(1979年イギリス映画『さらば青春の光』)がある。まず映画ファンが「お前らごときがあの名作を名乗るな」と僕らのことを叩くんです。僕らとしては、この名前はピーマンズスタンダードのみなみかわさんという映画好きの先輩に「お前ら、さらば青春の光ってつけろよ」っていただいたもので、僕は映画も見たことがないんです。でも映画ファンから叩かれる、そして同名の曲があることで布袋(寅泰)ファンからも「お前らがつけるな」と叩かれると。そこにまたひとつ、新しい要素が増えたというか。

ーー実際、反響はどうだったんですか。

森田:THE CHERRY COKE$のファンの人は好意的に受け入れてくれたと思うんですよね。まあ、メンバーの前で、がっつりネタもやりましたからね。ほんと現場は地獄みたいでしたよ(笑)。

KAT$UO:このMVは、一番最後のシーンがいいんですよ。みんなで演奏して“ヘイ!”で終わるんですけど、その“ヘイ!”の後に森田くんがいきなり感情がゼロになる瞬間があって(笑)。見えちゃいけないものが見えてる感じが、いつ見ても笑えるんですよね。アウトロからちょっと様子はおかしいんだけど。

森田:撮影が朝から晩まで長かったんですよ。

KAT$UO:踊らされたりしてたしね。

森田:それで、MV撮ってる最中はずーっとこの曲が流れてるじゃないですか。いい曲ですけど、ノイローゼみたいになってくるんですよ。もうええやろ! って(笑)。

ーーそういったコラボレーションもあり、またKAT$UOさんがさらばのグッズデザインなどを手がけています。

森田:今までやってきた単独ライブを、より本格的にショーアップしようぜって決めたのが3年くらい前で。その一発目からKAT$UOさんにグッズデザインをやっていただいて。そのときは、KAT$UOさんのものと、別のものと2種類を作ったんです。でも、圧倒的にKAT$UOさんのデザインが売れて、もうひとつがいまだに在庫を抱えている状態ですね。そこからはずっとKAT$UOさんにお願いしていて、今年の単独ライブ『大三元』でも、今着ているTシャツをデザインしてもらいまして。これが大好評で。

■KAT$UOがデザインした“大三元Tシャツ”

ーー素敵ですね。デザインをする際、何か打ち合わせはするんですか。

森田:基本的にはほとんどお任せです。このTシャツは、売れに売れているんですよ。僕がお世話になっている大阪の古着屋さんの店長がライブに来てこのTシャツを買ってくれて。それを着てアメリカに買い付けに行ったら、アメリカ人が「なんだそのTシャツは」「くれくれ」と言われたらしくて。

KAT$UO:へえー。

森田:アメリカだと、この虎と麻雀牌の漢字がたまらないみたいで。アメリカでも展開できるんじゃないかなってめっちゃ言われたんですよ。

KAT$UO:入れたいワードやコンセプトだけを聞いて、あとは自由にやらせていただいてますね。この虎も、実はザ・森東(さらば青春の光が設立した会社)の“会長”(事務所で飼っている猫)をモチーフにしてるんですよ。あとはライブのタイトルが「大三元」だったので、麻雀牌を入れようとか。

森田:それでネットに出した瞬間から、欲しい欲しいという声があって。今だに通販やってないですかって問い合わせはきます。

ーー出会ったときの、こういう人とは友達になりたくないという印象から今のような付き合いになっていくとは思わないですね(笑)。

森田:わりと稼がせていただいていて、ありがたいですね(笑)。

■KAT$UO&森田の“パンクとの出会い”

ーーでは、ここで音楽についてもお聞きしたいなと思っているんですが、森田さんの音楽遍歴はどういうものなんですか。

森田:音楽は全然詳しくないんですよ。ひとつ自慢があるとすれば、いちばん最初に親に買ってもらったCDが井上陽水さんの『少年時代』なんです。自分でお金を出して買った最初のCDは奥田民生さんの『愛のために』。ここは、音楽ファンも許してくれるところというか。

ーー正統派な流れですね。

森田:青春期はもっぱらハイロウズ(THE HIGH-LOWS)とブルーハーツ(THE BLUE HEARTS)ですね。ロックンロールというものはハイロウズしか知らなかったので。その後、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTとかそのへんも聴くようになって、という感じですかね。自分がカッコいいと思えるものが好きでした。

ーーなぜ最初が井上陽水さんだったんですか。

森田:藤子不二雄Aさんの漫画が映画化されたときの主題歌で、多分それで聴いたんだと思います。小3か小4だったと思うんですけど、単純に僕らの周りで「少年時代」が流行っていたんです。当時、井上陽水という人はまったく知らなかったけど、この曲ええよなっていうので。

ーーKAT$UOさんがパンクロックに目覚めたきっかけは?

KAT$UO:僕は18歳くらいのときに、<Epitaph Records>のバンドが入ってきたときですかね。最初はハードロックから聴きはじめたんです。Mötley CrüeとかGuns N’ RosesとかAerosmithとかを聴いていたんですけど、そのあたりはそれ以上掘り進めなかったし、なんか物足りなさを感じてきて。もともと親の趣味で、幼少期からカントリーやブルース、ロカビリーが家で流れている環境だったんですけど。

森田:じゃあ、J-POPは聴いてないってこと?

KAT$UO:聴いてたよ、加山雄三と和田アキ子とか。

森田:いいですねえ。

KAT$UO:でも、どんな洋楽を聴いてもやっぱりロカビリーの方がグッとくるなって気持ちがあったんです。ハードロックを聴いても、ちがうんだよな、ロカビリーの方が熱いんだよなって思ったとき、全然売れなかったバンドなんですけど、当時エピタフにThe Humpersというガレージバンドがいて。そいつらがやけにロックンロールで、なんだこれ? と思って。最初は、これがパンクかと思ったんですよね。それで、いろんなものを聴き漁っていった結果、あいつらは特別だったんだなって思ったんですけど(笑)。それが18歳くらいだったのかな。

ーー森田さんは、ハイロウズやブルーハーツのどんなところにグッときていたんですか。

森田:わからないんです。それまでは世代的にも、Mr.ChildrenやB‘zとか、もっと言えば小学生の頃はWANDS、T-BOLANを聴いていて。17歳くらいのときやったと思うんですけど、友達に「これ聴いてみ?」って言われて聴いたのが、ハイロウズの『ロブスター』という松本人志さんがジャケットのデザインをしたアルバムで。そのアルバムの「不死身のエレキマン」という曲がむちゃくちゃカッコよくて。「あ、これはなんか違う」って、今まで聴いてたJ-POPとは一線を画してる気がしたんですよね。そこから遡ってブルーハーツの存在を知って。「リンダリンダ」とか「TRAIN-TRAIN」を歌っていたのはこの人たちなんだ、と。

ーー感覚的に惹かれるものがあったんですね。

森田:好きになるべくしてなった感じはしました。高校を留年したり、自分の生い立ちにも歌詞が響く部分もあったんじゃないですかね。あとはハイロウズはばかばかしいというか、何も歌ってない感じがして好きなんです。ブルーハーツは社会に対してメッセージがありましたけど、ハイロウズはそういうのをなしに、どうでもいいことを歌っているのが好きでしたね。

■森田「僕が死んだら葬式で流してほしい」

ーー今回THE CHERRY COKE$の最新アルバム『OLDFOX』も聴いていただいてるということですが、アルバムはどうでしたか。

森田:めちゃくちゃかっこよかったです、全部! 全部かっこよかったです。

KAT$UO:(笑)。

森田:僕は「Daydream Believer」が好きでしたね。同じタイトルの、THE TIMERSの「デイ・ドリーム・ビリーバー」も好きなので。

ーーこの「Daydream Believer」は今だからこそ歌える曲で、20周年にふさわしい内容でもありますね。

KAT$UO:この20年間、さまざまな段階を経た自分たちへのメッセージソングというつもりで書いた曲ですね。これまで結構メンバーチェンジもあって、10年前くらいからそういったバタバタは続いていますけど。良いときもあれば、全然良くないときもあるし、ここで終わりなのかなとか、これ以上やって何かあるのかなっていう葛藤はみんな口には出さなかったけどあったと思うんです。そういうことに対して、20年経って今こういう景色を見れているよっていうのを当時の自分たちに伝えたいなという曲ですね。

森田:僕は一滴も酒が飲めないんですけど、THE CHERRY COKE$の曲は全部、酒場感があるじゃないですか。酒飲みてえなってなりますね……飲みたくないですけど。

KAT$UO:(笑)。

森田:酒飲んで陽気に踊りたいなっていう気持ちはあります。あと「桜船~Sail Of Life~」で途中で歌ってるのはすずさん(SUZUYO/A.Sax&T.Whistle)ですよね。

KAT$UO:そう。

森田:最近、すずさんに会ってないので。そういや。久々にすずさんの声を聞いたなという。

KAT$UO:曲で生存確認ができたと(笑)。

THE CHERRY COKE$「OLDFOX」trailer映像
ーーTHE CHERRY COKE$の歌は、人生の重みや、だからこその祝祭感というのが聞こえてきますよね。みんなで盃を掲げたくなる音楽だというのはすごくわかります。

森田:僕は音楽のことをまったく知らないので、アイリッシュパンクというジャンルで身近にいるのがTHE CHERRY COKE$だけなんですよ。だから、自分の中での唯一無二感がある人たちなんですよね。

KAT$UO:アイルランドのトラディショナルミュージックって、ダンスとかの文化もそうなんですけど、迫害や侵略の歴史が背景にあるんですよね。そのなかで大衆酒場であるパブリックハウスで音楽を鳴らして、ひとときの休息や、楽しみがあったりとか。あとは外からはダンスしているのが見えないように、下半身だけで踊る文化とかがあったりと、意味的には悲しい要素が多いんです。それをそのままやろうという気はないんですけど、アイルランド民謡には力があるなって思うんですよね。どこか聴いたことがあるような馴染みもありますしね。THE CHERRY COKE$に関しても、憂いだったり悲しみだったり、そういうものを陽気なメロディで表現するっていうことが多いのかなと思います。

森田:前奏が完璧ですよね、そこだけでも陽気でテンションが上がるっていう。もはや僕が死んだら葬式で流してほしいくらい。で、途中から哀愁が出てくる。

ーーTHE CHERRY COKE$の音楽はどんな時に聴くことが多いですか。

森田:今回みたいにKAT$UOさんができたよって持ってきてくれるときに聴いたりとか、あとはYouTubeで聴くことが多いですね。家にCDを再生するものがないもので(笑)。寝れないときによく聴かせてもらってます。

KAT$UO:寝るときなんだ(笑)。

森田:THE CHERRY COKE$も聴きますし、BRAHMANのTOSHI-LOWさんのMCをずっとYouTubeで聴いたりしてます。で、気づいたら泣いてるときがあるんですよね。

■KAT$UOと森田、それぞれのフェス体験談

ーー余計に寝られなくなりそうです(笑)。音楽のことをまったく知らないという話が出ていますが、そういう森田さんは今年、初めてフジロック(『FUJI ROCK FESTIVAL ’19』)に行ったことがネットでも話題になっていましたよね。

森田:僕、結局ミーハーなんですよ。「人生で1回は」って思っちゃうタイプで。フジロックも、人生で1回は行きたいよなって。もともと『ゴリラーマン』の頃からハロルド作石さんの漫画が好きで、のちに『BECK』を読んで。これが多分フジロックのことを表してるんだなとか、読んでると分かるじゃないですか。なんかみんな行ってるし、音楽に詳しくないけど、人生で1回くらい行ってみたいよなっていう気持ちだけで行ったんです。たまたま2日間休みができたから、唐突的に。

ーー楽しめましたか。

森田:いやあ、過酷でしたね。

KAT$UO:そうだったんだ。

森田:フジロックの洗礼を受けたというか。だって、会場に着いて30秒くらいでけっこうな雨が降ってきて。その時点でどうしようかなって思って(笑)。(ハライチ)の澤部(佑)さんに現地で会ったんですけど、会うなり「お前がきた瞬間に雨降ってきたな」って言われて。で、「俺ちょっとキューバのジャズ見てくるからごめんな」ってどっか行っちゃったんですよ。それですぐに別行動で。初日は大雨の中、アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)とかを観てという感じでしたね。

KAT$UO:僕もそれはTwitterで見てましたね。

森田:ライブ観ずに女の子を追いかけていたこととか、まさにTwitterに書いたことがすべてでしたね。「お前はフジロックに何をしに行ってるんだ」とか賛否両論ありましたけど。一方では「いいぞ、森田」っていう擁護もありつつ、いろんな盛り上がりがあって。音楽ファンは音楽ファンで、フジロックに行けなかった人が僕のTwitterを見て、現地にいるような気持ちでいたというのがあったり。あとは、音楽が好きだけど、どこか心の片隅にこいつのように女の子目当ての気持ちもあるよなっていう人もいたし。2日間でフォロワーが1万人くらい増えたんですよ。その数日後に「フジロックのトークライブをやる」って言ったら、2、3千人が行きたいと言ってくれて、チケットが即完したんですよね。ありがたいですよ、本当に。音楽はまったくわからないのに、トークイベントにはRage Against the MachineのTシャツを着て行きましたけどね。

KAT$UO:はははは(笑)。

森田:音楽ファンには刺さるだろうと。Beastie Boysとレイジとジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)のTシャツを持って行きました。1曲も知らないですけど。

ーーTHE CHERRY COKE$はフジロックに出演もしています。どんな思い出がありますか?

KAT$UO:特別ですよね、フジロックは。最初に出させてもらったのが2005年で、ROOKIE A GO GOというステージだったんです。それがThe Poguesというアイリッシュパンクのレジェンドが出る年だったんですよね。The PoguesがWHITE STAGEのトリで、僕らROOKIE A GO GOの1番目だったんです。もともとこの年はThe Poguesを見に行こうと思っていたから、それが見れないなら断ろうと言ってたんですよ。

森田:へええ(笑)。

KAT$UO:当時20代半ばだったし、生意気な時期でもあったので。The Poguesが見れないならいいですって言ったら、運営の方が出順は変わらないけどWHITE STAGEまでバスで迎えに行くって言ってくれたんです。The Poguesが終わったらステージ袖で待っていてくれって言われて、専用のバスに乗せてもらって、山道をバーっと走ってROOKIE A GO GOのステージまで連れて行ってもらったんです。

森田:もういいでしょ、出なくて(笑)。

KAT$UO:しかもThe Poguesのときに、みんな酒飲んでベロベロになっちゃって(笑)。僕を筆頭にクソみたいなライブしたんですよね。フジロックでは、僕らみたいなルーキーでも速レポを出してくれるんですけど、ああいうのってそんなに悪くは書かないじゃないですか。それが、“こいつら何しに来たんだ”くらいな感じで酷評されまして(笑)。それを次の日に見て、俺たち何やってるんだ……ってなったのは覚えてます。そういう悔しい思いがあって。時を経て2013年に、かつてThe Poguesを観たWHITE STAGEに出させてもらったんですよね。それは感慨深くて。

森田:いやあ、あれは気持ちいいだろうなって思いますよ、ミュージシャンは。僕が今回唯一自分で観たいと思って行ったステージが、竹原ピストルさんで。それがWHITE STAGEやったかな。僕が全曲知っているアーティストが、ハイロウズ、ブルーハーツと竹原ピストルさんがやっていた野狐禅なんです。東京に上京して一発目に観たライブも、竹原ピストルさんのライブで。フジロックのときも、現地で会った女の子と回っていたんですけど、「竹原ピストルだけは見させてくれ」って言って、ひとりでWHITE STAGEに見にいったんです。「アメージンググレイス」という曲で泣いちゃうくらい、むちゃくちゃ良くて。一体感もえげつなかったんですね。まあ、ライブが終わってその女の子に連絡したら、急に連絡とれんようになって。またフジロックをひとりでさまよって、気ぃついたら一番奥のステージでポールダンス見て、テキーラ飲まされてましたけど(笑)。

■森田「この世界の人は楽しく生きることに一生懸命」

ーーその後にROCK IN JAPAN FESTIVALにまで行ってとフェスライフを満喫していたようですね。THE CHERRY COKE$は20周年、さらば青春の光は昨年10周年を迎え、キャリアを重ねてきましたが。それぞれ好きなことを仕事にしているということで、その良さや大変さというのはありますか。

森田:これを見ても分かる通り(THE CHERRY COKE$のアーティスト写真を見て)、僕らのいる芸能の世界は結局、普通の仕事ができない人たちが入ってきてると思うんですよ(笑)。

KAT$UO:そう?

森田:僕はそうですよ。クズが入ってくる世界なんですよ。普通の仕事ができない、サラリーマンとして働けない人たちが、なんとか自分の秀でた部分で国や国民に認めてもらおうとする世界だと思っているので。こうやって好きなことでご飯食わせてもらっているのは、奇跡的なことじゃないですか。みんな朝から晩まで必死に働いて、いろんな我慢をしてお金をいただいているのに、僕らは出てきてちょろっと喋ってお金をいただけるのはすごくありがたいことで。でも、同時に、それはちゃんと笑いで還元しないといけないなという思いはありますね。

KAT$UO:よく、何かを生み出していく仕事は大変だよねって言われるんですけど、でも何をやってもきっと大変は大変で、僕はたまたまそれが音楽だっていうだけなんですよね。不安定な夢だからこそ、そういうふうに言われるのかなって思うんです。普通に就職をして、自分たちと同じ世代の人は今は役職がついていたりする年齢じゃないですか。そういう奴の方が、よっぽど大変なものを抱えてやってるんだろうなと思うと、そんなに僕は特別ではないと思うんです。でもなんでやめないかっていうと、ステージで感じるものだったり、見ている光景を諦めきれないんだろうなっていうのはありますね。

森田:たしかに、ちょっと麻薬みたいなところはありますからね。僕らお笑いで言うと、大勢の人が大爆笑してくれたっていうその笑いが麻薬みたいなことになってるんやなと思いますね。

KAT$UO:音楽のライブだと一体感って感じやすいし、“今日はきてるな”とかお客さんの感じがわかるけど、お笑いでもそういう“うねり”みたいなものってある?

森田:そうですね。僕らは賞レースで生きてきたところがあるんですけど、とある大会の準決勝で、「ROCK」という工場員のネタをやったことがあって。それは前の事務所を辞めたり、スキャンダルも重なったタイミングで、どんなにウケるかはわからなかったんです。決勝に行けないと思っているなかで、そのネタをやったら人生で一番ウケたんですよね。それが本当に快感として残っていて、それをまた浴びたいという思いで毎回ライブをやっているんやろうなって気持ちはあります。

KAT$UO:それがすべてなような気がするし、何をもって成功とするかって難しいじゃないですか。音楽だけで何不自由なく飯が食えるようになるとか、いい家に住めるとか、いい車に乗れるとか、もちろんそれも成功だとは思うんですけど。例えばTHE CHERRY COKE$でいうと、いろんなフェスやステージに立たせてもらったり、それこそ地方の小さなライブハウスでも、今日はハンパなかったなっていうのは快感として残る。

 2年くらい前に、アメリカのそうそうたるバンドと一緒に豪華客船でのカリブ海クルーズみたいな企画でライブをやらせてもらったことがあったんです(Flogging Molly主催のクルーズツアー『Salty Dag Cruise』)。そういうのを目標としていたわけじゃないけど、すごい夢が舞い込んできたなって思いましたしね。そういう大きなものもあれば、フェスに出させてもらって、バックヤードでは何不自由なくケータリングが並べられていて、お好きにどうぞってなっている状況も成功のひとつでいいんじゃないのかなって思うし。そういう幸せの積み重ねで、ひとつひとつ夢が叶えていける職業なのかなと思いますね。

ーー進むごとにまた新たな夢も出てくるんですね。

KAT$UO:そう。あのときは別に思い描いてなかったけど、バンドをやっている上でこんな幸せを感じられる瞬間があるんだっていうことが出てくるというか。それは面白いなと思いますね。

森田:総じてこの世界の人は、楽しく生きることに一生懸命で。そういうことなんだなと思いますけどね。これがいちばん一生懸命できるものじゃないですか。

KAT$UO:そうだね。

森田:楽しく生きないと、この世界に入っている意味がないし、楽しくなかったらやめるしかないと思うので。この世界の人はみんなそうだと思うんです。自分が楽しくないと、誰の人生だってなると思うので。

ーーよく一緒に飲むけれどそういうときに音楽の話や、熱い話をしないって聞いていたんですけど、逆に会ったときって何を話しているんですか。

森田:僕は飲みに行かせてもらうときはずっとーー。

KAT$UO:芸能ゴシップですよね(笑)。ゲスい話をしてますよ。「あれ本当なの?」「ほんとですよ」とか。

森田:そうですねえ。

ーーではこれを機に、今だからこそお互いに聞きたいことってありますか。

森田:聞きたいことか……。聞きたいこと、うーん。

KAT$UO:まあ、とくにないよね(笑)。

森田:僕が聞きたいことは、最近の音楽界のゴシップないですかっていうことですかね。

KAT$UO:僕も芸能界のゴシップかなあ。

森田:じゃあ、それはこの後に居酒屋でゆっくりと話しましょうか(笑)。(吉羽さおり)

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