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才能は何歳からでも花開く『90歳セツの新聞ちぎり絵』 一人の女性の生活史としての側面

リアルサウンド

20/4/27(月) 20:17

 新聞ちぎり絵とは、従来の和紙などを使ったちぎり絵と違い、“新聞紙”を使うちぎり絵。新聞だから文字があるし、企業や商品のロゴマークもある。それらをうまく使いながら一つの絵にしていくなんて、考えただけで難しそう。

関連:【画像】木村セツさんの作品

 『90歳セツの新聞ちぎり絵』(里山社 刊)は、タイトルの通り90歳(現在は91歳)のセツこと木村セツが制作した新聞ちぎり絵が紹介されている作品集だ。ツイッターで話題になったので、ご存知の方も多いだろうが、彼女がちぎり絵を始めたのはなんと90歳になってから。それを知って作品を眺めて見ると、あまりの瑞々しい才能に驚いてしまう。

 家族のために働き続けてきた彼女は、趣味もなく表現活動もしたことがなかったという。転機となったのは、2018年11月。夫を亡くしたことだった。慰めになればと娘から勧められ始めた新聞ちぎり絵で、眠っていた才能が開花した。

 木村の孫でイラストレーター・漫画家の木村いこが、ツイッターアカウント「90歳セツの新聞ちぎり絵」(@setsu0107)を開設し作品をアップするようになると、その観察眼の鋭さや可愛らしい作風がたちまち話題になり、フォロワーはどんどんと増え3万人を超えた。

 表紙にも選ばれた、見ているだけでワクワクしてくるハンバーガー。思わず写真みたいと思ってしまったパイナップル。自身が農作業に使っていたという青い縁の麦わら帽子。日常にあるものを題材に作り出される作品は、驚くほど緻密なのに、新聞紙を使っているということが分かり、見ているとクスッと笑みがこぼれてくる。

 作品の横にはコメントも載っていて、そのコメントがまたゆるくて可笑しい。例えば「たいやき」の横には〈あんこが好きやから尻尾まで詰まってて美味しかったなあ〉と作った感想ではなく、食べた感想が。大きな「カニ」の横には〈ハサミのところがいちばん身が多くておいしいので、ハサミを大きくつくりました〉とあり、食いしん坊のちいさな“夢”を形にしたのだとわかる。

 「新聞ちぎり絵ができるまで」というコーナーでは、使用している道具や用意するものが紹介され、実際にちぎり絵を作っている過程も見ることができる。使っている糊はイメージ通りのフエキノリ。いいな、かわいいなと読み進めると最後には「新聞ちぎり絵を作るまで」というインタビューページが待っていた。

 読み終えた時、どきっとした。作品集と思って手に取ったこの本は、木村セツという一人の人物を描いたノンフィクションだった。

 木村が生まれた1929年は世界恐慌の年。世界恐慌の後には、第二次世界大戦。学徒動員で紡績工場に行った木村は、B公(B29)の攻撃を受けたという。〈戦争が終わった時は、やれやれ、思いました〉という言葉の重みに胸がつまる。終戦。そして結婚、出産。体の弱かった夫に変わり、休む間も無く働き続けた人生を振り返るインタビューは、短くシンプルでありながら木村に肉迫し、心が揺さぶられる。自分のことよりも家族のこと、それが女性にとって当たり前だった時代を生き抜いて、木村が今のびのびと才能の翼を広げていることに希望を感じた。

 私にも高齢の祖父がいる。小学生の孫に代わって夏休みの宿題である“鳥の巣箱”を手がけ、まるで売り物のように完璧に作ってしまう器用な祖父である。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、どうか無事でいてほしい。そのために家にいてほしい。だから、この本をプレゼントすることにした。新聞ちぎり絵は家にある材料だけでできる。器用で、しかも負けず嫌いな祖父のことだ、次に会った時、きっと出来上がった作品を自慢げに見せてくれるだろう。そうしたら、祖父の人生についても聞いてみようと思っている。

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