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戸田真琴が語る、“明るい諦め”の先にある希望 「愛に対する幻想に囚われなくて良い」

リアルサウンド

20/5/2(土) 12:00

 『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』というエッセイがある。真っ赤な表紙に白文字で綴られたタイトル。隣には、著者名の“戸田真琴“が並ぶ。その名前が持つ印象は人によって異なりそうだ。

参考:戸田真琴、AV女優という仕事を選んだ真意は? エッセイに綴られた、孤独の中の愛

 出演作品で処女喪失したAV女優、自分の言葉を臆さずに発信する文筆家、そして消えてしまいそうな言葉たちを映画という形にする監督……。「1000人ぐらいに分裂したいな」という書き出しの通り、彼女は彼女の命の限り様々な形で創作を続けている。

 戸田真琴は言う「このタイトルにピンとくるあなたのために書いた本です」。なぜ、戸田真琴は叫び続けるのか。本書が生まれた背景から、彼女が願う未来について聞いた。(佐藤結衣)

■信用している人に内緒話をするような本に

――昨年12月に発売した『あなたの孤独は美しい』に続く、2作目となるエッセイ本。本作が生まれた背景を改めて聞かせてください。

戸田真琴(以下、戸田):もともとnoteに日記のような形で、日々感じたことを書いていたのですが、それを見てくださった編集の方から「本を作りましょう」と声をかけていただいたのがきっかけです。前作は、「これから先、1人で生きていくのだとしたらどうしょう」と考えている人たち、どちらかというともともとファンでいてくれている男性の皆さんに向けて綴っているイメージでした。1文1文を短くして、誰もが文章として読みやすいように意識して。それに対して、本作は悩める女性たちにも手にとっていただきたいなと思って書きました。文章も前作とは違って、あるがままにというか、整えていないからこそ伝わるモノを大切にしたくて。私の考える流れと、読んでくださった方の思うところが、少しでも触れ合えたらいいなと思いました。

――様々なメディアで文章を書かれていますが、Webと書籍とでは表現に違いはありますか?

戸田:やはり無料でどこからでも見られるものと、自分の意志でお金を出して見ようと思ってもらえたものとでは、読んでくださる方の文への向き合い方が変わりますよね。簡単に見られるものは、どんな人に読まれるのかがわからないので、やはり慎重になります。その点、タイトルなり装丁なり、本や私に対して興味を持ってくれた人が読んでくれるというのがわかっていると、信頼できるというか、信用している人に内緒話をするような感覚で、言葉を綴れる気がします。私は小さいころから日記をよく書いていて、自分に対して自分に話しかけるような機会が多かったのだと思います。この本は、それに限りなく近い感覚で、私の個人的なところを受け取ってもらえる場所だと思っています。

――マットな深い赤が印象的な美しい装丁ですが、こちらにも戸田さんのこだわりが?

戸田:すごくキレイですよね。とても気に入っています。1冊目は私の写真が表紙になっていて、“AV女優の戸田真琴が書いた本“というイメージが強くなっていますが、今回は女性にも手にとってもらいたいという思いから、写真はなくしました。タイトルや装丁に惹かれて手にとったら“戸田真琴の本だった“という感じになったらいいなと。「真っ赤にしましょう」と提案してくださったのは、デザイナーの佐藤さんです。第1章での、AV業界で性が消費されていく世界観に、赤がカッコよくハマるんじゃないかと。他にも編集部の女性社員のみなさんのアイデアもお聞きしながら作りました……今、気づいたんですけど、この表紙のマットな感じは、私の小学生のときのランドセルにそっくりですね(笑)。みんなが「ピカピカつやつやのランドセルがいい」って言っていたなかで、私は「やだ、こっちがいい」ってマットな質感のランドセルを選んだんです。無意識ですけど、私の潜在的な部分も宿ってるのかも。

――なんと、そんな偶然が! このインパクトのあるタイトルは、どのようにつけられたのでしょうか?

戸田:最後に決めました。全部の原稿を読み返しながら、どういうことを思っている人に読んでほしいのかを考えて。このタイトルについては、あとがきにも明確なアンサーを書かせていただきました。このタイトルにピンとくる人は、きっと愛に対する幻想というか、同調圧力のようなものに囚われているんじゃないかと思ったんです。「みんなと同じように恋愛しないと」「誰かを好きにならないと」とか思うけれど、本質的には愛ってそういうものじゃないはずです。でも、みんなどこかでその圧力を感じて、怯えているなと思っていて。それに気づいてしまうことは、絶望じゃなくてどちらかというと希望なのだという意味で、「たいしたことじゃない」と言っているんです。そういう“明るい諦め“みたいなところを伝えたかったんです。

■「面倒だから思考停止」はダサいと思った

――“諦め“というと、多くの人にはネガティブな印象を持たれますが、“孤独“や”ありのまま“を受け入れるのには、大切な視点ですよね。

戸田:そうなんです。みんな同じである必要なんてないし、誰かのものさしで測られて、自分を捻じ曲げなくちゃいけないこともない。そもそも私と誰かは同じじゃないって明るく優しい“諦め“がついたら、そこから「違うはずなのに、ここが共通しているね」って仲良くなることができるキッカケになると思うんですよね。諦めて終わり(思考停止)ではなく、諦めから始められることがあると思うんです。

――本書でも「シーソーの反対側ばかりを選んでしまう人生でも」という表現がありましたが、みんなが当たり前と思っていたことに「そうだろうか」と一呼吸おいて見つめる冷静さは、幼いころからあったんですね。

戸田:周囲から否定されることが多かったからかもしれません。先ほどのランドセルもそうですが、みんなが揃って「いい」というものに、「やだ」って言う場面が少なくなくて。「そんなことを言ったら変な子って思われちゃうかもしれないよ」みたいなことをよく言われていました。でも、言われるがままに自分を変形させていくのは、何か違うような予感はずっとあったんです。そのときはうまく言葉にはなっていませんでしたが。相反する意見のどちらも見て、考えてから、自分はどうするか決めようっていう決意だけは頑なにありました。正直、そういう大きな流れに抗うのってすごく面倒なんですよね。でも、面倒だから「これでいいや」って放棄してしまうことには、拒絶反応があるというか、単純にダサいなと思って。自分の意志を通すにしても通さないにしても、自分の意志であることに責任が持ちたかったんですよ。それと、本当はずっと優しくなりたいって思ってて。

――優しく?

戸田:はい。おとなしいお姉ちゃんに比べて、私は末っ子で生意気だったので、「性格が悪くて、ワガママな子だな」って自分でも思っていて。でも、大きくなっても、ちっとも優しくなんてなれなくて。どうしたら人に優しくなれるのかなって、いつも考えていました。

――そうしたコンプレックスが、戸田さんの行動力につながっているんですね。作中の「さみしくなったら、ジェットコースター」という章にもあるように、一見すると思い切った行動に見えますが、1つひとつ克服しているという感じでしょうか。

戸田:そうかもしれません。もともと私は、臆病な人間だという自覚があって、怖いものをなくしていきたいと思っているんです。幼いころとは違って、大人になるにつれて周りの視線が気になるようにもなってきましたし、顔色を伺って自分の大事な感情を捻じ曲げないと生きていけないような気持ちになったりもしました。そんな臆病である自分を振り払うことが、人生の課題のように思えていたんです。怖くてあまりよく見ることができずに、モヤがかかっている世界があれば、1回見に行ってみるしかない。ダメかもと思ったときがチャンス……って奮い立たせていくうちに、一見突飛と思われそうな行動にも、出られるようになった気がします。みんな愛を欲しがるけれど、誰かに愛してもらう前に、まず自分自身を愛してあげられることが大事なんだろうなって、生きているうちに思えるようになったんです。「みんなと同じになりなさい」と言われた通りに自分を曲げていった末にできあがった平らな社会って、何なんだろうなって。だから、もしこの世界に私と同じように、なんとなくみんなと同じになれなくて生きにくいな、と思っている人がいたら、そういう人に言葉を届けることで私は少しだけ優しくなれるんじゃないかって思っています。

■SNSは不安をあおり合う装置かもしれない

――「私の人生の美しい逆襲は始まる」という言葉が登場していましたが、逆襲の先にどのような世界を望んでいますか?

戸田:私は、“私が普通“と思える世界で、平和に生きていきたいんです。そのために、劇的な力を持ちたいとか、富や名声がほしいとか、大きな夢があるとかでは全然なくて。踏み潰されちゃダメだろってことが簡単に潰されたり、あることがなかったようにされたり……そういうことを、自分であっても他人であってもなるべく無くしたい、という気持ちです。誰もが、自分が“普通だ“と思いながら生きていくには、あまりにも困難な世界だと思うんですよ。本当に、ただ愛と平和がある日々を過ごしたいだけなんです。でも、あまりにも今は「こういう人が模範」みたいな謎の大きな基準みたいなものに支配されていて、自由じゃない。本当はそんな基準みたいなものはないんですけどね。でもあるような気がしちゃうから。

――戸田さんから見て、どうしてそのような基準があるように感じられると思いますか?

戸田:ルーティンの安心感はあると思います。みんなと同じ時間に通勤して、働いて、年齢を重ねて……みんなと同じように人間の営みをしている安心感。それに加えて、SNSによってクレームがつけやすい世の中になってしまったのかもしれません。何に対しても、過剰に平等を求める声が強くなっていますよね。「同じ対応を受けていない」ってクレームは、私のような職種でもよくあるんですよ。でも、私はそれが納得できなくて。例えば、握手会で初めてお会いする方も、何度も来てくださっている方も、全く同じ対応をするのっておかしくないですか? 機械的に全く同じ対応をすることが誠実という捉え方もあるかもしれませんが、誰に対しても全く同じ言葉をかければいいというのは違うと思っていて。本の中にも書いているのですが、握手会にだって私と誰かの1対1の物語がそこにはあるということなんです。一人ひとりと、それぞれの物語を少しずつ積み重ねている。一瞬で打ち解ける人もいれば、何度あっても初めてみたいに丁寧に接することが心地いい人もいる。それぞれなんです。でも、今はマニュアルのような対応をしないと叩かれてしまう。炎上やクレームを恐れるあまり、お金を受け取る側が、お金を出す側に変にへりくだっていく。もっと対等で自由で柔軟なコミュニケーションができれば、そんな形にこだわる必要もなくなるのに。ただ、そういう「会って話す」ということの価値が今、大きく揺らいでいるので、これから変わっていくかもしれませんね。

――そうですね。新型コロナウイルスの影響で私たちの生活は一変しました。

戸田:先日、宅配ピザを注文したんですよ。玄関のドアをあけたら、運んでくださった方が少し離れたところから「どうぞお受け取りください」って。こんなこと、これまでの社会じゃ考えられなかったなと思って。前だったら「失礼だ」と言われていたことも、状況に応じて変化せざるを得なくなっている。みんなが同じことをして安心する時代は終わって、一人ひとりが自分を大事にして、ケアしていく時代になっていくんじゃないでしょうか。そういう意味ではポジティブに、これまでの「当たり前」を取り払ってみるチャンスかもしれません。今こうして、自分自分と向き合う時間をみんなが持つことで、精神的にもいい影響が出るといいなと思うことがあります。それぞれが違っていて、ちゃんとキレイなんだよなんて、わざわざ言わなくても当たり前な世の中になってほしいな、と個人的には思っています。「孤独とどう向き合えば生きていけるの……?」じゃなくて、もともと1人ひとりが違って孤独で、それを認めながら、そこからどう繋がっていこうかと前を向ける時代に。

――「SNSで死なないで」の投稿で大きな話題を呼びましたが、戸田さんはTwitterも昨夏にやめていますね。

戸田:最近のSNSが、不安をあおり合う装置みたいになっていると感じたんです。もちろん、オンラインで繋がることで何かを乗り越えていく力にもなるツールですが、最近は怒りのパワーが増幅させられているように思えて。考えてみれば、どんな人の言葉も同じようなフォントで、同じような重要度に見せかけて流れて来るわけです。そのなかには自分が聞かなくてもよかった言葉があるかもしれないし、大事なことだけが流れてくるわけでもない。承認欲求を満たすための嘘さえも入り乱れているけれど、本当はそんなものに翻弄される必要はないんですよね。意見にもなっていない、ただハンマーでぶっ叩くみたいな否定コメントもありますからね。なぜか「否定」が立派な意見だと思っている人が多いSNS社会ですが、それは間違いだと思っています。ただ否定することなんてイヤイヤ期の赤ちゃんと同じ。だから、ネット上に溢れている全部の声を聞かなきゃいけないわけじゃない。誰かの声に翻弄されなすぎくてもいいっていうことが、伝わってほしいですね。

――エッセイを2冊続けて発表されましたが、今後はどんな作品を?

戸田:実は、自分のことを話すのは好きじゃないんです。でも、どういう人が話しているかがわからないと、届かない場所があると思うので、そういう、自伝的な部分も含んだエッセイを出しました。昨年撮影した映画も自伝的なところがあったのですが、それはまず自分自身を誇るためのステップと捉えていただきたいです。もともと予定をきちんと立てるタイプではないんですが、この本で自分のことを話すターンは終えて、もう少し別のベクトルから創作をしていきたいと思っています。これからも色々な形で活動していきたいと思っていますが、必ず全てをチェックしてほしい、とは考えていません。AV女優としての私を好きな人、本を通じて私を知ってくれた人、映画を見て気になってくれた人……願わくば、“戸田真琴“というバイアスのない状態で、それぞれの想いが届いたらいいな、と。いつか出会う誰かのために、手紙を書き置きしていく感覚で、これからも創作を続けていきたいと思います。(佐藤結衣)

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