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よしながふみ『大奥』いよいよ最終巻へ 男女逆転の大河ロマンはどう着地する?

リアルサウンド

21/1/29(金) 10:00

女将軍の始まり

 読者に衝撃を与えた男女逆転『大奥』がとうとう完結する。2004年の連載から最終巻直前まで特徴を振り返ると共に、終盤〜最終巻の見どころを探っていきたい。

 『大奥』は、「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」という奇病の蔓延から始まる。この病は若い男性、時には青年期以降の男性にも感染し、死をもたらす。赤面疱瘡によって男性人口は大幅に激減し、とうとう三代将軍徳川家光も死んでしまった。

 史実では、家光は46歳で亡くなっているが、本作ではそれよりも早い段階で命を落としている。家光の治世は、戦国時代からさほど離れていない。

 家光の乳母・春日局は死と隣り合わせの戦国時代を生き抜いた女傑である。世継ぎのいない家光の死が公になれば、徳川幕府は途絶え、再び争いが絶えない世の中になってしまう。

    また春日局は、家光が街で女性を襲い妊娠させ、娘が生まれたことを知っていた。彼女はその娘を徳川家光の傀儡にすることを思いつく。

 これが『大奥』における女将軍の始まりである。

家光以降の将軍

 『大奥』の凄さは、フィクションでありながら、現代人が文献などで振り返ると史実と変わらないように物語が練られている点である。本当にあったことなのかもしれないと想像しながら楽しむこともできるのだ。

 例えば第11代将軍家斉は53人、次の第12代将軍家慶は27人子どもがいた。これは女将軍なら産むことができない不自然な数である。そのため『大奥』では第10代将軍家治の時代に「赤面疱瘡」の予防接種を成功させ、家斉の母をサイコパスとして描き関係者を始末させている。ところが将軍の子だくさんは幕府の財政を圧迫する。そのため、生涯子どもを成さなかった第13代将軍家定は、家慶の息子ではなく娘になった。2代続いた男性将軍はいったん終わり、第13代、第14代は再び女将軍の時代になる。

 すなわち『大奥』では子どもの多い家斉と家慶、そして写真の残っている江戸幕府最後の将軍慶喜の三人は男性将軍だが、家光以降の他の将軍はすべて女性なのである。

将軍たちの悲しみ

 将軍の人生を悲しいものとして描いていることも『大奥』の特徴だ。父の傀儡となった女の家光は愛する側室と子を作れず、他の側室を持つことを強いられる。その長女である第4代将軍・家綱も愛する人とは結ばれず、三女の第5代将軍・綱吉は愛娘を亡くした後、新たな世継ぎを作らなければならなかったが叶わないまま生涯を閉じる。

 当時は後継者争いを起こさないために、すべての将軍にとって子どもを持つことは義務だった。当時の出産は今以上に命がけであり、実際に体が弱いにも関わらず子どもを産み寿命を縮めた将軍もいる。子どもができなければ愛する人と添いとげることもままならない。

 将軍の跡目争いも熾烈を極めた。吉宗が将軍に就くまでに吉宗の姉たちを含む四人の女性が殺されている。名君と称えられた第8代将軍吉宗ですら、執政がすべて成功したとは言えず、後継者問題に悩まされた。

 吉宗の長女は第9代将軍家重である。彼女は生まれつき障害があり妹たちや臣下から馬鹿にされ無能な将軍と呼ばれた。家重が可愛がっていた娘家治は、家重の死後将軍職を継ぐが謎の死を遂げる。

 その後の将軍たちも権力を持つことと引き換えに苦難を耐え抜かなければならなかった。

慶喜の人物像

 本作の終盤に不穏な雰囲気が漂うのは、最後の将軍慶喜が無神経な人物として描かれているからである。

 14巻ですでに当時の将軍家定は慶喜をこう評している。

“慶喜には心が無いのだ

国の民や家臣を思う心が無い者は

どんなに聡くても

将軍にはふさわしい器の者ではない!”

 子どもがいないまま家定が急死し次の将軍になった家茂は、慶喜の行動や彼に不信感を募らせる天皇の姿を見て思う。

“あれほど皆に待ち望まれたお方なのだから

きっとこの国の民のために力を尽して下さるだろうと

きっとそう思って だから私は

けれど”

 前将軍二人の不安は、18巻終盤に現実になる。

 『大奥』は第3代将軍家光に始まり、江戸幕府の終焉と共に終わることはわかっていたので、最後の将軍となる慶喜は「素晴らしい人物」だと14巻を読むまではほとんどの読者が想像していたのではないだろうか。『大奥』は予想が覆る展開が見どころだが、慶喜の性格はその最たるものだと言って良いだろう。

 そして最終巻に向けての身分制度の緩やかな変化も注目するべき点だ。例えば武士が通りかかっても気にせずに「ええじゃないか」踊りを続ける町人たちにそれが表れている。

 大奥には第5代綱吉の時代には三千人もの美男が集まっていた。ところが第13代家定の時代になると「行き場のない男たちのふきだまり」といった扱われ方をされている。これも『大奥』中盤までは考えられなかった状態だ。

 完結後、1巻から読み返すことによって長い江戸時代の変化をも感じ取れるのだ。

 家定に会見した後、生涯大奥に足を踏み入れることのなかった唯一の将軍慶喜。彼と大奥との関わり、そして大奥の終焉がどのように訪れるのかが19巻の見どころになるはずだ。

■若林理央
フリーライター。
東京都在住、大阪府出身。取材記事や書評・漫画評を中心に執筆している。趣味は読書とミュージカルを見ること。

■書籍情報
『大奥(18)』
よしながふみ 著
定価 : 本体680円+税
出版社:白泉社
公式サイト

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