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春日太一 実は洋画が好き

映画を観て笑うことの大事さを痛感する『ハード・ウェイ』

毎月連載

第26回

『ハード・ウェイ』

幼い頃はよく笑う子どもだったが、十代に入るか入らないかの時期になると周囲から嫌われるようになり、人前で笑うことを恐れるようになっていた。少し笑うだけで、バカにしていると誤解されたり、調子に乗っていると誤解されたり……。

映画にのめり込むようになったのは、まさにそんな状況だった。

そういう感じだったのもあり、呪いに満ちたネガティブな空気を放つ映画が好きだったし、代わりに憂さを晴らしてくれるような暴力的な映画も好きだった。

そして、何より好きだったのが、笑わせてくれる映画だった。映画館で、テレビ放映で、レンタルビデオで、ハリウッド製の楽しいコメディ映画と向き合っている時間だけが、あの頃は心ゆくまで笑うことができた。

またありがたいことに、当時は「この人の出ている映画は確実に笑わせてくれる」というスターたちが何人もいた。本連載でも取り上げたエディ・マーフィとスティーブ・マーティン、そしてなんといってもマイケル・J・フォックス。

『バックトゥザフューチャー』シリーズや『ティーン・ウルフ』それに前回の『摩天楼はバラ色に』……、いつもどこか飄々としていながら、追いつめられるとハラハラドキドキさせてくれると同時にその様がたまらなくおかしい。彼の主演作はとにかく笑えて仕方なかった。深刻な要素が微塵もないから、余計な現実と向き合わなくてよかったのもある。

マイケル・J・フォックス主演の“最後の笑えた作品”

そんなマイケルの“最後の笑えた作品”として記憶しているのが、『ハード・ウェイ』だ。

共演には我が好みである“爬虫類系顔のオッサン”のジェームズ・ウッズ。監督は『ブルーサンダー』などゴキゲンなアクション映画を撮らせたら右に出る者はいないジョン・バダム。最高の座組なのもあり、ワクワクして公開初日に映画館に行った記憶がある。

そして、内容は期待の遥か上を行った。

マイケルが演じるのは、コメディ映画で人気になったハリウッドスターのニック。シリーズもののヒーロー映画ばかりの出演に嫌気が差し、イメージを変えるためにリアルな社会派ドラマへの出演を希望する……という、まるで自身を投影したような役柄だった。

ニックは役作りのためにニューヨーク市警のタフガイ刑事・ジョン(ジェームズ・ウッズ)に張り付くことになる。ただでさえ厭なお守り役を上層部から押し付けられた上に、役作りに熱心すぎるあまりにプライベートまで付きまとうニックをジョンは鬱陶しく思う。だが、このコンビが、残虐な連続殺人鬼を追いかけることになるのである。

この座組でこの展開。そりゃあ、どうあがいても面白くなる。

冒頭からいきなり絶好調だ。「デートに遅れるから」とニューヨークの市街でパトカーをぶっ飛ばすジョン。その前に立ちはだかるニック主演映画の看板。そし場面が変わってクラブでの銃撃戦からのド派手なカーチェイス……。今こうやって文字にしていても、当時を思い出してワクワクが止まらなくなる。

その後も、素晴らしい。マイペースでちゃっかりしたマイケルと、それにいら立つウッズのやりとりは最高だし、そんなふたりがやがて息の合ったコンビぶりを見せていくというバディ映画の魅力に満ちた展開にグイグイと引き込まれていった。

ニックの映画が上映されている劇場内でスクリーン内のニックと実際のニックとがコミカルにリンクする銃撃戦や、ニックの巨大広告が飾られた屋上でふたりが初めて息の合ったところをみせるクライマックス……。コミカルとアクションを程よくハイブリッドさせつつ、ひたすら楽しく時間は過ぎる。

映画を観て声を出して笑えるって素晴らしい

本作のニックと同様、マイケルは以降“笑える映画”に出なくなった。いや、出てはいた。が、こちらが一方的に、笑えなくなっていたのだ。深夜ラジオに出会ったりして、映画に“笑い”を求めなくなったのも大きい。ハリウッド映画の創り出す、カラっとした楽しい笑いを卒業してしまったのもあるだろう。

でも、あの時期、ハリウッド映画に笑わせてもらえなかったら、全く笑いのない生活を送ることになっていたのは紛れもない事実だ。映画を観て笑っていなければ、間違いなくもっと暗い人間になっていただろう。そう考えると感謝しかないし、映画を観て笑うことの大事さを改めて痛感する。

最近、SNSなどでは映画館で上映中に笑い声をあげる観客にいら立つ書き込みを散見する。耳障りだという気持ちも分からないでもない。

でも、映画を観て声を出して笑えるって、とても素敵なことだとも思う。こんな状況下なら、なおのこと。観て笑って暗い気持ちを吹き飛ばす……。そんな作品に出会えることは素晴らしい。

だから、笑う人たちを許してあげてほしい。いろんな人生を背負った人々の、いろんな感情が交差するのが、映画館なのだから。

関連情報

『ハード・ウェイ』

DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※ 2021年 2 月の情報です。

プロフィール

春日太一(かすが・たいち)

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。

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