海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
トム・ハンクス
連載
第50回
── 今回はトム・ハンクスです。最近の出演作2本は続けて配信に回りました。Apple TVで観られる『グレイハウンド』と、Netflixの『この茫漠たる荒野で』ですね。
渡辺 『グレイハウンド』はソニーの配給作品だったんですが、Apple TVに売られ、『この茫漠たる荒野で』もユニバーサルだったのにNetflixに行ってしまった。もう1本、トムさんが本人役でカメオ出演している『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』もユニバーサルからAmazon Primeへと身売りしたので、厳密に言えば3本。もちろん、すべてはコロナのせいです。スタジオは、公開までずっと抱えておくより配信会社に買ってもらった方がいいという判断を下したんじゃないでしょうか。
── 3本続けてというのは、ちょっとかわいそうな感じもしますよね。
渡辺 彼は去年、オーストラリアで撮影中に奥さんも一緒にコロナに感染しましたから、もしかしたらビッグネームの役者の中では一番コロナ被害が大きいのかもしれない。でも、私たちからすると、こういう作品が配信ですぐに観られるのは嬉しいんですけどね。
『ボラット』はさておき、あとの2本はどちらも大好きでした。『グレイハウンド』は第二次大戦中の米国の駆逐艦グレイハウンドVSドイツのUボートの海戦だけを描いた90分の異色作です。その90分ほとんどが駆逐艦内のやりとりで緊張感がハンパない。
『この茫漠たる荒野で』は、監督が『キャプテン・フィリップス』(13)で組んだポール・グリーングラス。ふたりにとっては初の本格西部劇です。まさに危険と背中合わせの“茫漠たる西部”で、ひょんなことからコンパニオンになる孤独なおじさんと身寄りのない少女が織り成すロードムービーです。ひとりで生き延びることはできない西部の恐ろしさが描かれていて、さすがグリーングラスだなと思いました。
── 2本ともまるで違うジャンルで、どちらとも面白そうですね。
渡辺 はい。これまでもトム・ハンクスはいい役者だとは思っていましたが、その良さを、このまったく毛色の違う2本で今更ながら確信した感じです。
とりわけ気になったのは『グレイハウンド』なんですよ。これを観ている限りでは、「も、もしかしてトムさんって、軍オタ?」って感じなんです。実話の映画化で、自分で脚本も書いてますからね。
── 彼の戦争映画と言えば『プライベート・ライアン』(98)を思い出しますけどね。
渡辺 トムさんはスティーヴン・スピルバーグと組んで、『バンド・オブ・ブラザース』(01)とか『ザ・パシフィック』(10)というノンフィクションを基にした第二次大戦モノのミニシリーズを製作しているんですが、これは実は軍オタだったから作ったんじゃないかと。この2シリーズとも、描写のリアルさに驚くんですけど、それはスピルバーグのこだわりだと決めつけていたんですが、もしかしたらトムさんのこだわりでもあるのかなって。ふたりの気が合うのは軍オタだから? なんて考えると、ますます好きになっちゃいますよね(笑)。
── そういう話は本人に聞いていないんですか?
渡辺 まったく聞いてないんですよ。今までインタビューした作品は軍オタ系じゃないものばかりということもありますけど。ただ『ブリッジ・オブ・スパイ』(15)のときスピルバーグがこう言っていました。
「僕とトムは歴史オタクなんだよ。出会った頃、それで意気投合したんだ。今も僕たちは、ドキュメンタリーやノンフィクション、伝記ものなどの情報を交換し合ってる」
ということはスピルバーグは軍オタで有名ですから、軍オタから歴史オタクになり、トムさんはその反対で歴史オタクから軍オタになった? そのふたつを兼ねているのが、ふたりがプロデュースした第二次大戦ドラマであり、トムの『グレイハウンド』ですからね。
ちなみに『ブリッジ・オブ・スパイ』のとき、スピルバーグはトムのことを「彼はいろんなアイデアを出してくれるんだ」と言っていて、当のトムは「東ベルリンに行ったときに風邪をひいているというアイデアは僕のものだった」と言っていましたね。そういうのも、かなり当時の研究をして提案するんだそうです。歴史オタクなんで、そういう調査が好きなんだと思います。
── なるほど。で、トムさんにはどんな印象を?
渡辺 いい人です。本当にいい人です。気さくで屈託がない。しかもそういう態度にまったく作為を感じない。『マスター・アンド・コマンダー』(03)などのピーター・ウィアー監督が来日したときに「私の知るスターの中で裏表のない素晴らしい人はトムだけだよ」と言っていましたし、スピルバーグも同じです。「観客は彼の言葉に真実味を感じるんだ。なぜかと言えば、彼自身がそういう人間だからだよ」って。このときもスピルバーグは「彼は裏表がない」と言っていましたからね。
── それは凄いですね!
渡辺 だから本人にも「どうして裏表なくハリウッドを渡っていけるの?」みたいなことを聞いてみたんですよ。こんな答えが返ってきました。
「役者を始めて、いきなりサクセスを掴んだわけじゃないからだよ。役者になって最初の頃は“せめて家賃を払えるくらいの役者になりたい”と思いながらTVに出演していて、やっと映画で役がつくようになったときには、ギリギリ生計を立てられるようになった。そうやって徐々にキャリアを重ね、やっとキャスティングのリストに上がるくらいの存在になった。『スプラッシュ』(84)だってダリル(・ハンナ)の映画だからね。そうやって僕のキャリアはゆっくりゆっくり進んでいったんだ。それに、演技をしていれば、映画に出ていれば幸せで、別にスターになることが目的じゃなかったのも良かったんだと思う。突然スターになるのが、一番ヘルシーじゃないと思うね」
返答としては優等生的なんですが、彼が言うとちゃんと本心に聞こえるんです。それがトム・ハンクスの“人柄”なんだと思いますよ。
── 彼は作品選びも上手っぽいですよね?
渡辺 脚本を吟味しているようです。「ストーリーにとても興味がある。それも、今まで類を見ないようなものとか、同じジャンルのものでもこんなものはなかったというようなストーリーを常に求めている」と言っていました。
これはコーエン兄弟と初タッグを組んだ『レディ・キラーズ』(04)のときのインタビューですけど、確かに冒険的な作品を選んでますよね。オスカーを獲得した2本、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)や、ゲイのカップルに扮した『フィラデルフィア』(93)もそうですし、『ビッグ』(88)も『キャスト・アウェイ』(00)、『ポーラー・エクスプレス』(04)も。
とはいえ彼の場合、一緒に冒険するのがハリウッドの一流監督ばかりなので、リスクも減りそうですけどね。
彼のキャリアの中でも異彩を放ってるのがウォシャウスキー姉妹の『クラウド アトラス』(12)なんですが、これもやはり「類を見ない物語だったから」と言っています。「これほどスケールの大きな物語は初めてだった。脚本を読んでも話を聞いても、そのスケールの端が見えてこない。だったら“出るしかないだろう”と思って出たんだよ」って。
本作は時空を超えたストーリーで、その6つの時代のキャラクターをすべて同じ役者が演じているのでトムさんも6人を演じ分けている。彼には珍しい悪役もありましたね。特殊メイクで登場するんですが、トムさんは「キャラクターもルックスもとても気に入ったのに、撮影時間は2日だけで残念だった」と言ってました。
── 『クラウド アトラス』は複雑な映画でしたね。
渡辺 そうですね。私は大好きだったんですよ。原作者のデヴィッド・ミッチェルの奥さんは日本人で、彼は日本文化が大好き。インタビューのとき「三島由紀夫の『豊穣の海』に出会わなかったらこの物語は生まれなかった。日本は素晴らしいよ」というようなことを日本語と英語のちゃんぽんで話してくれました。
トムさんの話に戻すと、このときも本作に出演できたのが凄く嬉しかったらしく、「話をもらって2、3年くらい撮影が始まらなかったので、私の方から常に電話して“どうなってる?”と確かめていたんだ。つまり、それくらい気に入っていたんだよ」
さらに「実はもう3度観ているんだ。観る度にストーリーがはっきりしてきて、観る度に発見がある。大好きな作品だ」とも言っていました。
『ポーラー・エクスプレス』(04)でもひとりで何役もやっていて、「役者冥利に尽きる」と嬉しそうでした。こうやってフィルモグラフィーを見ると、やはりチャレンジャーなのかもしれませんよね。
またトムさんは監督もしていて、初の劇場用監督作になる60年代を舞台にした『すべてをあなたに』(96)はとてもかわいい青春音楽映画でした。彼の“人柄”が出ていたのかもしれないって思っちゃいますね。
── 彼はよく来日していますけど、日本の文化についてはどういうことを?
渡辺 ちなみに『レディ・キラーズ』のときは、最近観て面白かったという作品に日本のアニメーション2本を挙げていました。『千年女優』(02)と『東京ゴッドファーザーズ』(03)です。奇しくも2本とも今敏監督なんですが、そこに関しては「そうなんだ、知らなかった」だったので本当に偶然のようでした。
「この2本はインターナショナルな物語だし、実写映画として確実に通用する。『千年女優』なんて『風と共に去りぬ』(39)や『アラビアのロレンス』(63)級の大作になれる可能性を感じる」とべた褒めしていましたね。
── それも凄いですねえ。トムさんの最後のインタビューはどの作品だったんですか?
渡辺 『ダ・ヴィンチ・コード』(06)から始まるダン・ブラウンのロバート・ラングドン教授シリーズの3番目の作品『インフェルノ』(16)です。ブラウンが考えていたラングドンのイメージがハリソン・フォードだったこともあってか、本シリーズのときのトムさんはミスキャスト感が強くて、ぱっとしない印象。そういうこともあったので、今回配信公開される2本の彼はいいなあって思うのかもしれません。
ちなみに『インフェルノ』のときの彼の言葉は、「ダン・ブラウンが俳優の私にくれたギフトは、好奇心にあふれ、意固地でいつも答えを探しているような役柄を与えてくれたこと。これは大きな喜びだ」。
この言葉だけは“裏表”を感じますよね(笑)。
※次回は3/23(火)に掲載予定です。
文:渡辺麻紀
Photo:AFLO