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小林うてな

愛する楽器 第13回 小林うてなのスチールパン

ナタリー

19/9/20(金) 19:00

アーティストがお気に入りの楽器を紹介する本企画。第13回は小林うてながスチールパンについて語った。

いろんなことができる

初めてスチールパンを買ったのは、かれこれ8、9年前です。通ってた音大を3年の途中で辞めるタイミングでした。もともとは大学ではガムランをやっていて、残響音が長い楽器が好きだったんです。でも、ガムランって数が多くて1人では所持できないし、ガムランをやるんだったらインドネシアに行ってちゃんと習いたいとも思っていて。スチールパンなら1台だし、自分がずっとやってたマリンバに近い音階のある打楽器として親しみやすかったのかも。

でも、スチールパン自体にすごく興味があったわけじゃないんです(笑)。カリプソや、みんなでそろってスチールパンを叩くことはそんなにやりたいとは思わなかった。興味を持ったきっかけは、ホテルニュートーキョーの楽曲や、ACOのアルバム「absolute ego」(1999年)かな。「こういう使い方もあるんだ」と知って、「これだったら好きだし、やってみたいかも」と思ったんです。想像したときに「この楽器ならいろんな人たちといろんなことができそう」と、自分の可能性が広がるのを感じたのかな。だから可能性に惹かれたというのが一番の理由ですね。

軽やかな音だけどめちゃくちゃ重い

最初にスチールパンを手に入れたときは「めちゃくちゃ重い!」って思いました。今はローテナーというタイプを使ってるんですけど、最初はダブルテナーといって、テナーパンよりも少し低い音域で、2個で1セットのものを買ったんです。それも間違えて買ったようなもので……ケースに入れて持つと、大きさがバスドラ並。軽やかな音だからそう見えないかもしれないけど。鉄なんで(笑)。その後にローテナーを買って、いつもカートで運んでたんですけど、蓮沼執太フィルの初ワンマンライブの日だったかな。自分の最寄り駅まで引っ張って行って、駅のホームに着いて「電車間に合うかな」と思ってスマホ見ようとしたら腕がしびれて、スマホをパーンって線路に放り投げちゃったんです。電車がピューって入ってきて、もう「ああ……」みたいな(笑)。スマホは無事だったんですけど、それぐらい重いんです。本当にあの頃はよく運んでたなって思います。

そんなこんなで、このローテナーが3台目。2台目のパンはけっこう独特なタイプだったんですよ。今のものよりもっと音が硬いし、倍音もそんなになくて音が直線的。だからもう1台、いわゆる“ザ・スチールパン”みたいな音が欲しいなと思って、このローテナーを買いました。これを叩いてみて「あ、スチールパンって本来こんなに響くのか」と知りました。単体で弾いたとき「あー、気持ちいい音だな」ってなるのは、圧倒的にこれです。何らかのサウンドの中では2台目の音色ほうが合うってこともあると思うんですけど、今は基本的にこれを使ってます。ボアパンといって小さな穴がいっぱい空いていて、倍音がすごくいっぱい出ます。

“冷たい国の楽器”みたいに

私は特定の「○○○奏者」と呼ばれるのもあんまり好きじゃないから、“スチールパン奏者”とは名乗らなかったし、人にそう言われるのもあんまり好きじゃありませんでした。ソロで音楽を作るときは打ち込みだし。肩書きは全部いらなくて、“小林うてな”でありたいなと。でも、いろいろなアーティストのサポートでスチールパンを叩かせていただいているときは、自分は“スチールパン奏者”だと思ってます。20歳過ぎからいろいろなアーティストのサポートをやらせてもらってきて、基本的にはどんな現場でも相手の要求に応えるのが役目だと思っているから。あくまで相手が欲しいのが“私の要素”なのか、それとも純粋にスチールパンの音なのか、それは見極めないといけないなと思っています。

昔誰かに「暖かい国の楽器なのに冷たい国の楽器みたいに聴こえる」と言われたことがあります。スチールパンに限らず音楽に対する考え方なんですけど、マイナー(短調)で悲しげな音楽が好きというのがあって、メジャー(長調)な音楽があんまり私の体の中に入ってないんですよ。逆にスチールパンらしいカリブっぽい要素を求められたときは「それできないんだよなー」って思います(笑)。だからこそ自分ができる演奏はなんだろうと今でも開拓中です。

まったく違う響きを出せそう

基本的に私は自分が打ち込みで作っているソロの音楽に向き合う時間が一番大事で、それが蝕まれるんだったらほかのことをやめちゃおうみたいなところはあるんです。ただ最近は、そういうソロとしての意識とスチールパンでのサポートとしての意識が、だんだん共存していけるようになったというか。音楽を作ってるときの自分、プレイヤーのときの自分、サポートのときの自分、3つそれぞれ分離して考えられるようになって、バランスを取れるようにはなってきたかもしれない。

奏者として楽曲制作に携わるときはいろいろなパターンがありますが、D.A.N.のサポートの場合だと、例えば「SSWB」はスタジオで彼らとセッションしながら「パンでこんなノリ出したいな」と言われて、「じゃあ、こういうフレーズはどう?」って私が叩いてみせて、「あ、それいいね」みたいな作り方でした。彼らは楽曲構成で音の隙間を作ってくれるから私もやりやすいし、そういう意味でも新しい感覚を持っている気がします。だからこそ私もスチールパンで今までとはまったく違う響きを鳴らすことができるんじゃないかと思ったし、新しい発見ができるんじゃないかと思っています。

かつてないパンへの興味

最近ライブが多くてすごくスチールパンを叩いていたから、今はプレイヤー意識が高まってますね。必然的に普段から触る時間も増えて、それにつれてパンへの興味が高まりました。何より「私、楽器演奏するのが好きなんだな」と改めて思いました。幼稚園のとき大太鼓、それからピアノ、小学校では本気でリコーダーをやって、吹奏楽部も楽しくて。基本的に何かを演奏するのが好きだった。今年、D.A.N.に1年ぶりに参加したときにそれを思い出しました。「何これ? めっちゃ楽しい。一生やってたい」と思ったのは初めて。初期の蓮沼執太フィルでも大人数で音を出したときに「合奏は最高だ! 楽しい!」みたいな気持ちになったんですけど、先日D.A.N.に戻ったときにそれをもう1回鮮明に感じて。「中毒になるかもしらん」というくらいでした。

今は同じようなパンをスペアとしてもう1台欲しいと思ってます。ライブが月10本以上あるときにチューニングが狂ったらもう終わりなんで(笑)。スチールパンって自分では絶対にチューニングできないものだから、もう1台あったらすごく安心だし、使い分けもできるかもな……みたいなことを思うようになりました。スチールパンで自分の作品を作るのもありかなということも、ついこの前初めて思いました。本当にスチールパンだけのアンビエントで、寝るとき用としての音楽。それでスチールパンでのソロライブをしたいとは思わないけど、レコーディングだったら楽しそうだなって。

ここ数年でようやく「スチールパンって大事かも」と思えるようになってきました。この楽器をやってなかったらこうして今の活動につながっていないので、やっぱり感謝はしないとな……と思いましたね、今(笑)。(パンに向かって)ありがとな(笑)。

小林うてな

長野県出身、東京都在住のアーティスト。幼少期にリコーダー、合唱、ピアノなどの楽器を経験し、以降打楽器を9年間学ぶ。2010年に音大在学時に結成したカルトバンド・鬼の右腕で作曲、DTMを始める。コンポーザーとして劇伴、広告音楽、リミックスの制作や、「希望のある受難・笑いながら泣く」をテーマにした作曲をしている。2018年6月に音楽コミュニティレーベルBINDIVIDUALを立ち上げ、同時にermhoi、Julia ShortreedとともにBlack Boboiを結成。2019年6月にはDiana Chiakiと共にMIDI Provocateurを始動させた。蓮沼執太フィル所属し、D.A.N. 、KID FRESINO(BAND SET)のライブサポートを行う。

取材・文 / 松永良平 撮影 / 阪本勇

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