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【全3回】トラップミュージック史(3)多様化と全米制覇 インターネットでの隆盛の先に広がる未来

リアルサウンド

20/8/29(土) 12:00

(トラップミュージック史(2)アトランタ、フロリダのムーブメントで変化したサウンドの定義から続き)

南部全体に広がっていったトラップ

 アトランタとフロリダを中心に盛り上がっていたトラップは、南部の他のエリアにも広がっていった。フロリダに次いでトラップ化したのは、Three 6 Mafiaを生んだメンフィスだ。

 メンフィスのトラップをリードしたのは、前述の通りGucci Mane周辺との交流を深めていったJuicy JとProject Patの2人だ。また、ベテランプロデューサーのDJ Squeekyも早くからトラップに接近していった。DJ Squeekyはアトランタのラッパー、Pastor Troyの2007年作『Tool Muziq』にShawty Reddらと混ざって参加。Pastor Troyとも親交のあったYoung Jeezyの2008年の3rdアルバム『The Recession』にも参加し、徐々にトラップ系プロデューサーとしての地位を築き上げていく。後に根強い人気を獲得する事になるメンフィスのラッパー、Young Dolphの初作品である2008年の「Paper Route Campaign」でも腕を揮い、メンフィス産トラップの発展に貢献した。

 スクリュード&チョップドやカントリーラップといった、独自のサウンドを生み出してきたテキサスにもトラップの波は届いた。2006年のアルバム『Restless』でYung Jocを招き、アトランタ勢との交流を深めてきたTrae(現Trae tha Truth)は徐々にトラップ路線にシフトしていき、2012年にはT.I.率いる<Grand Hustle>に加入した。そして、2013年に<Grand Hustle>はもう一人、テキサス出身の奇才と契約することとなる。Travis Scottの登場だ。

 Travis Scottは、Kanye WestやKid Cudiなどの影響下にある作風が話題を集め、<G.O.O.D. Music>のプロデューサー部門のVery G.O.O.D. Beatsとプロデューサーとして契約した。さらにラッパーとして<Grand Hustle>とも契約し、二つの強力なバックアップを手に入れた。2013年には初のミックステープ『Owl Pharaoh』をリリース。T.I.やLex Lugerも参加した同作は高い評価を受け、Travis Scottは一気に人気ラッパーの階段を登って行った。2014年のミックステープ『Days Before Rodeo』ではYoung ThugやMigosといったアトランタの新鋭も参加。トラップにより接近し、現在に繋がる自身のスタイルを確立した。

NYのトラップ

 トラップの人気が拡大していくにつれ、ヒップホップの聖地・NYにもトラップ化の波が訪れた。この地のトラップのパイオニアは、Big Lらも所属したコレクティブのD.I.T.C.からキャリアをスタートしたFat Joeが挙げられる。

 ブロンクス出身のFat Joeは、2001年作『Jealous Ones Still Envy (J.O.S.E.)』収録の「King of N.Y.」でCool & Dreをプロデュースに迎え、DJ Khaledの煽りをフィーチャーした。DJ Khaledはその後<Terror Squad>に加入。以降、彼らフロリダ人脈を自身の作品でたびたび起用し、トラップにも早い段階で挑んでいた。また、Rick Rossブレイクで勢い付いたフロリダ勢の作品にも参加し、DJ Khaled周辺で活躍した。

Fat Joe Featuring Plies and Dre – Ain’t Sayin’ Nothin’

 Big Lとかつてクルーを組んでいたCam’ronが所属する、ハーレムのDipset(ヒップホップ音楽ユニット・The Diplomatsの別名)もトラップと関わりのあるグループだ。Dipset以前のハーレムには、1990年代からブーンバップにこだわらず、Gファンクなど他エリアの音楽性を積極的に取り入れていたDiddyの存在があった。その姿勢は後進のDipsetに大きな影響を与え、Dipsetは南部のサウンドを導入しT.I.周辺やLil Wayneらとの交流も行いながらブレイクを掴んでいった。また、ストリート派でありながらユーモラスなパンチラインを繰り出すCam’ronの人気は、Gucci Maneや2 Chainzらが評価される土壌を作った。そして、DiddyからDipsetに受け継がれた柔軟な姿勢は、さらにハーレムの後進のA$AP Mobへと受け継がれた。

 Dipsetの中核人物のJim Jonesは、2006年にクランク的なビートでYoung Jeezyのようなアドリブを使った「We Fly High」をヒットさせた。そして、同曲でソングライティングに関わっていたMax Bの周辺からブロンクス育ちのFrench Montanaが登場。Waka Flocka Flameをフィーチャーした2011年の「Choppa Choppa Down」が話題を呼んだほか、DJ DramaやJuicy J & Project Patなどトラップの大物とのタッグ作を含む多くのミックステープを発表。トラッパー路線で人気を集めていった。

 Fat JoeやFrench Montanaの活躍は、ヒップホップの聖地・NYの中でも発祥の地として知られているブロンクスにトラップの風を運んだ。Cardi BやA Boogie Wit Da Hoodie、Lil Tjayなど、現在活躍しているNYのトラッパーにブロンクス出身者が多いのは、彼らの存在が大きいのではないだろうか。

Denzel CurryとRonny J

 2010年代前半には、トラップ第二の都市・フロリダからも新たな才能が登場していった。筆頭は、SpaceGhostPurrp率いるクルー・Raider Klanから飛び出した、Denzel CurryとRonny Jの二人だ。Raider Klanは、トリルウェイヴと呼ばれるThree 6 MafiaやDJ Screwなどの90年代Gラップを昇華したドロドロとした音楽性でカルト的な人気を集めた。Big BoiやLord Infamous、Trick Daddyなどから影響を受けたDenzel Curryのパワフルな高速ラップはSpaceGhostPurrpに次いで高い評価を集めたが、2013年頃にはRaider Klanを脱退。ソロでのキャリアを進め、2015年にはデビューアルバム『32 Zel/Planet Shrooms』をリリースした。その後も、スタイルは違えど同じ1990年代リバイバルとして人気を集めていたNYのJoey Bada$$とツアーを行うなど、人気を拡大していった。

 Denzel Curry作品を支えたプロデューサー・Ronny Jの作風は、初期はRaider Klan周辺らしいトリルウェイヴ系のものだった。しかし、EDMのレイブによく通っていたというRonny Jは、そのエネルギーを注入したようなエレクトリックで暴力的なキレを持つトラップを作るようになっていった。フロリダは、EDM畑で活躍するPitbullとFlo Ridaという2人のラッパーの出身地でもある。彼らのラップがEDMの人気を支え、そしてフロリダのトラップに還元されたのだった。そして2010年代後半には、Denzel CurryとRonny Jの周辺からまた次々とトラップの歴史を更新するスターが登場していくことになる。

トラップの多様化と全米制覇

 ハスラーの音楽としてスタートしたトラップは、時が経ちメインストリームとなるにつれハスラーだけのものではなくなっていった。2015年には、Gucci Maneの別名「Guwop」から名前を取ったニュージャージーの歌い上げラッパー、Fetty Wapが「Trap Queen」を大ヒットさせた。同曲で歌われている内容は、「彼女が作ってくるドラッグをキメてハイになる俺。彼女は俺のトラップクイーンだ」というもの。ドラッグを提供する側と使用する側の二人が登場するこの曲がまるで橋渡しをするように、2010年代の折り返し頃からドラッグを使用する側のラッパーが多くトラップビートに乗って登場した。DJ DramaとDon Cannonによるレーベルの<Generation Now>が送り出したフィリーのラッパー、Lil Uzi Vertもその一人だ。Wiz Khalifaや同郷のMeek Millから影響を受けたというLil Uzi Vertは、詰め込み型のスキルフルなラップだけではなくエモーショナルに歌うことも得意とする才人。Gucci Maneとのタッグ作含むミックステープが話題を呼び、次世代を担うラッパーとして注目を浴びた。

 また、同年にはアトランタから歌心のあるゆるいラッパーのLil Yachtyがブレイクした。自身のスタイルを「バブルガム・トラップ」と形容するこのラッパーは、Migosと同じ<Quality Control>からシングル「One Night」をリリースし話題を集めた。そのままの勢いでリリースしたミックステープ『Lil Boat』ではハードなスピットも披露する二面性を見せつけ、同レーベルとアトランタ勢の層の厚さを証明した。

 ストリート派のトラッパーでも、アトランタの21 SavageやフロリダのKodak Blackなど次々と新たな才能が登場した。2016年にはMigosがLil Uzi Vertをフィーチャーした「Bad and Boujee」を大ヒットさせ、ヒップホップリスナー以外にもトラップを浸透させた。トラップはどんどん人気を拡大していき、全米のヒップホップがトラップに染まっていった。

Raider Klan周辺から誕生した「エモラップ」の流れ

 Kodak Blackは、Drakeがラジオ番組で注目しているラッパーとして名前を挙げたことがブレイクのきっかけとなった。それ以前にもFutureやMigosなど、Drakeは多くのラッパーをフックアップし、ブレイクに導いていった。しかし2017年、逆にDrakeに噛みつくことで注目を集めたラッパーが登場した。そしてこのラッパーが後に、トラップの歴史に名を残すアーティストに成長していくこととなった。

 Drakeが『More Life』(2017年)収録曲「KMT」をプレビューした際に、フロリダ出身のラッパーのXXXTentacionは自身の2015年のシングル「Look At Me!」からフロウを盗用していると主張した。XXXTentacionは少年院で知り合ったラッパーのSki Mask The Slump Godから影響を受けてラップを始め、Denzel Curryの周辺から登場したラッパー。Raider Klanからの流れを汲んだ、ローファイでパワフルなトラップ系のラッパーとして知られていた。この騒動を機に、XXXTentacionは一気に注目を集め、2017年には1stアルバム『17』をリリースした。

 多くのリスナーの中ではエネルギッシュなトラッパーとしてのイメージが強かったXXXTentacionだが、『17』は全く異なるサウンドに仕上がっており、大きな衝撃を与えた。トラップ的な要素も踏まえつつもインディロックなどからの影響も含んだエモーショナルなその音楽性は“エモラップ”と呼ばれ、XXXTentacionはカルト的な人気を獲得。その後も数々のゴシップと共に、終わりに向けて生き急ぐかのように突き進んで行った。そして、時期を前後してもう一人の奇才がシーンに登場し、“エモラップ”のムーブメントは本格的に隆盛していくこととなった。

 Denzel CurryやRonny Jを生んだRaider Klanは、インターネットによってエリアを問わず繋がり拡大していったコレクティブだった。解散後、元メンバーのJGRXXNはまたRaider Klanを思わせるような大きなコレクティブを結成した。SCHEMAPOSSEと名付けられたそのコレクティブには、Three 6 MafiaのDJ Paulの親族にあたるデュオのSeed of 6ixも参加。メンフィスヒップホップの影響下にある音楽性で、Raider Klanファンを中心に人気を集めた。

 SCHEMAPOSSEに所属していたラッパーの中に、NY育ちの白人ラッパーのLil Peepがいた。初期のLil Peepはメンフィスマナーのドロドロとしたラップも聴かせていたが、徐々にエモーショナルな歌フロウに傾倒。2016年にSCHEMAPOSSEから離脱し、別のコレクティブに加入しそのキャリアを進めていった。

 Lil Peepが2016年に加入したLA拠点のコレクティブ、GOTHBOICLIQUEにはユニークなメンバーが集まっていた。Shabazz PalacesのIshmael ButlerとSWVのCokoの息子でラッパーのLil Tracy、Raider KlanのKey Nyataの作品などに参加していたMackned、インディロックバンドのTigers Jawでボーカルとして活動していたWicca Phase Springs Eternal……などの面々が集まった同コレクティブは、インターネット上で大きな人気を集めた。

 中でもLil Peepはロック的な音使いを取り入れたミックステープ『Hellboy』(2016年)で注目を集め、エモラップの旗手として人気アーティストへと成長していった。2017年には1stアルバム『Come Over When You’re Sober, Pt. 1』をリリース。Lil Tracyも参加した「Awful Things」も話題を呼び、XXXTentacionと共にエモラップ旋風を巻き起こした。

 しかし、Lil Peepは2017年に薬物の過剰摂取により惜しくも他界。さらにXXXTentacionも2018年リリースの2ndアルバム『?』後に銃撃に遭い、帰らぬ人となった。急速に人気を集めていた真っ只中で世を去った2人のアーティストは、かつての2PacやThe Notorious B.I.G.などにも匹敵する現代のヒップホップのアイコンとなった。

フロリダの悪童たち

 XXXTentacionが注目を集めると、その周辺のフロリダのシーン全体にスポットライトが当たった。2015年にXXXTentacionをフィーチャーした「Live Off A Lick」を発表していたSmokepurppもその一人だ。

 Smokepurppは、Chief Keefから影響を受けたというアドリブや間を活かしたラップスタイルの持ち主。近いラップスタイルを持つ周辺人物のLil Pumpと共に人気を集めた。Lil Pumpが2017年にリリースした「Gucci Gang」は、異様にキャッチーなフックで爆発的なヒットを記録。お騒がせなキャラクターでゴシップも賑わせ、大ブレイクを果たした。

 ドラッグの使用をラップすることの社会的な悪影響や、ゴシップによる話題作りなどで敵も多かった彼らを含む新世代の人気ラッパーは、数多くの批判も受けることとなった。その中の一つに、ノースカロライナ州のコンシャス派ラッパー、J. Coleからのディスがあった。SmokepurrpとLil Pumpは2018年に「Fuck J. Cole」で応戦。その後Lil PumpとJ. Coleは話し合いを通して和解。ソウルフルなサウンドを中心に扱い、客演数も少なかったJ. Coleだが、これ以降はMoneybagg Yoなどのトラップ系作品への客演が増加していった。

トラップの未来は?

 A-Dam-Shameらが生み出し、T.I.が広め、Young Jeezyがブランド化し、Gucci Maneが育てたトラップ。この音楽はアトランタから始まり、フロリダに支部を作り、ついには全米のサウンドを塗り替えた。これからのトラップは、スターによる作品の傾向を見る限り、地元やルーツへの回帰に向かっていくのではないだろうか。

 両親がカリブ系でラテンのルーツを持つCardi Bは、2018年のアルバム『Invasion of Privacy』収録の「I Like It」で、ラテン・トラップを取り入れた。メンフィスで生まれたDrakeは、Three 6 Mafiaなどからの影響が色濃いメンフィスのプロデューサーのTay Keithをフックアップし、DJ Paulと共に自身の作品『Scorpion』(2018年)に起用。Travis Scottは『Astroworld』(2018年)で、テキサスのヒップホップへのオマージュをふんだんに盛り込んだ。MigosのOffsetはソロアルバム『Father of 4』(2019年)で、Dungeon FamilyのBig RubeやCee-Lo Greenをフィーチャー。Denzel Curryはアルバム『ZUU』(2019年)で、フロリダに根付く早回しリミックス手法を取り入れ、2曲で声ネタを早回ししたフックを導入した。以前からBPMとフロウをMigos以降のトラップに寄せたブーンバップを作っていたNYのGriselda一派も、Roc NationやShadyと契約を果たすなど注目度を高めてきている。

 2003年のT.I.「Trap Muzik」をトラップ元年とするなら、すでに誕生して17年を迎えたトラップ。Matt Oxなど、すでにトラップの誕生以降に生まれたラッパーも登場している。これからも世界のサウンドを牛耳る音楽の王者であり続けるのか、それともどこかでこれを越えるムーブメントが起こるのか。これからもトラップ、そしてヒップホップから目が離せない。

■アボかど
91年生まれ、新潟県出身・在住のG愛好家。音楽ブログ「にんじゃりGang Bang」を運営。
Twitter

トラップミュージック史【全3回】

(1)サブジャンルとしての誕生とメインストリーム進出の背景
(2)全米に広がり変化したサウンドの定義、FutureやMigosの台頭
(3)多様化と全米制覇 インターネットでの隆盛の先に広がる未来

<参考>
Complex「Born In The Trap」
ときチェケ「Futuristic whatever」
Complex「Symphony in Trap Major: The Uninterrupted Output of Atlanta’s Zaytoven」
MTV「GUCCI MANE IS MIXTAPE DAILY’S ARTIST OF THE YEAR」
Complex「Interview: Drake Talks Kanye West Comparisons, Ghostwriting, and ‘So Far Gone’」
Complex「Who Is Denzel Curry? The Florida Rapper, More Than the Sum of His Influences, is Poised to Break Big」
Fader「Meet Ronny J, the aggro rap producer rupturing eardrums」

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