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飯テロドラマの元祖! 『孤独のグルメ』『深夜食堂』が愛され続ける長寿シリーズとなった理由

リアルサウンド

19/10/25(金) 6:00

 世に「飯テロドラマ」は数あれど、この2本に勝る者はないのではないだろうか。『孤独のグルメ』と『深夜食堂』である。現在テレビ東京で放送中の『孤独のグルメ』はシーズン8で8年目、10月31日からNetflixで配信が開始される『深夜食堂』は、第5弾にして10年目を迎えている。飯テロドラマの元祖とも言える2作品が、長く愛され続けている理由を探ってみたい。

●『深夜食堂』:こんなお店があったら毎日通うのに

 『深夜食堂』シーズン1は「赤いウインナーと卵焼き」から始まる。『孤独のグルメ』の五郎さんこと、味のあるヤクザ・竜ちゃん役の松重豊が実にいいのだが、なによりの主役は、卵焼き器の上でふわっと美味しそうにできあがる「甘い卵焼き」なのである。次の回は、田畑智子演じる、売れない演歌歌手が食べる「猫まんま」。これもまた、朝の光を浴びた、炊き立てのご飯の上で揺れる削りたての鰹節に醤油をかける様が、見た事もないほど美味しそうだ。

 この1・2話を見ていて思い出したのが、向田邦子のエッセイに登場する、小さい頃に食べていた「極上の海苔弁」の話だ。

「ごはんも海苔も醤油も、まじりっ気なしの極上だった。かつお節にしたって、横着なパックなんか、ありはしなかったから、そのたびごとにかつお節けずりでけずった。プンとかつおの匂いのするものだった。(中略)かつお節は、陽にすかすと、うす赤い血のような色に透き通り、切れ味のいいカンナにけずられて、見るからに美しいひとひらひとひらになった。」(向田邦子『海苔と卵と朝めし』p.90、河出書房新社)

 手近なもので簡単にできそうだから、いてもたってもいられず真似しようと思うのだが、できない。かつお節はパックで済ませてしまうし、海苔もわざわざ火にはくべないし、かまどでご飯は作れない。そんな究極の海苔弁は、この先どんな料亭に行って高いお金を出したところで、出会える味ではないのだろう。それは物理的な意味でもあるが、文章の中に、向田邦子の幼い頃への郷愁が混じっているからでもある。

 煙草がよく似合う、シャイなマスター(小林薫)のいる深夜食堂「めしや」には、それがある。「めしや」の味は、言ってみれば「極上の海苔弁」の味なのだ。シンプルかつ丁寧に、ちゃんと作られた温かい味であり、郷愁の味。そしてそれは、切ない過去や現在を持ち寄って、夜の街に集う個性的な登場人物たちの心を繋ぐ。竜さんの食べる赤いタコさんウインナーや、第4弾(Netflix『深夜食堂-Tokyo storiesシーズン1-』)で登場した、薄いハムと厚い衣で作ったハムカツもそうだが、その思い出と一緒に食べるから、この上なく美味しい。

 そしてお酒に合う味であるということも、重要なポイントだろう。梅酒片手に「梅干しと梅酒」の回は見てしまったし、ラブホテルの掃除婦をしているカエ役で宮下順子が登場した回の「白菜と豚バラの一人鍋」とぬる燗はこの季節にはたまらないものがあった。「こんなお店があったら毎日通うのに」と呟きながら、どうにかして自分で作ってみるのである。

●『孤独のグルメ』:未知の食の世界
 一方、『孤独のグルメ』だ。これはどうにも真似できない。真似できないから、聖地巡礼を志したこともあったが、それだったら松重豊演じる五郎さんにはなれないし、「孤独のグルメ」にはならないのである。五郎はスマホや本で調べることをせず、「腹が減った」という一言をきっかけに、五感全てを駆使して路地のはずれの隠れた名店を探り当てるからだ。これもまた、なんでもスマホで調べずにはいられない、余裕のない現代人にとって、実際にできそうでできない「サラリーマンの夢」である。ただ、美味しいものを求めて走った先で、本当に美味しいものと巡り会い、興奮するあの感覚をたった一人で極めることほど贅沢で幸せなものはない。

 『孤独のグルメ』は変わらない五郎さんのスマートさに似合わぬ食べっぷりと奔放な「心の声」に笑い、変わらない原作者・久住昌之の「ビールをビールと言いたくないけれどすごく嬉しそう」な感じを楽しむことに限るのだが、シーズン8はオープニングがポップになっただけでなく、いつにも増して登場人物たちのキャラが強い。商談相手で占い師役の八嶋智人に「東南に吉兆あり!」と叫ばれ、突然芝居を始める劇団の主宰役・岸谷五郎に「インスピレーションで探して」と翻弄され、そういった魔物たちから逃げるように路地を彷徨い、味のある店主たちと、絶品料理の数々が待つ店に辿りつく。3話の「銀座のBarのロールキャベツ定食」の甘いロールキャベツも気になるが、何より独特なキャラクターの店主を演じる室井滋に会いたくて、モデルの店を探す人は多いのではないだろうか。

 1話において五郎が、アヒルのパリパリ揚げと釜飯を食べながら「ついさっきまで全く想像もしなかった世界」と独白する場面があるが、『孤独のグルメ』はまさにそういった世界である。シーズン8まで重ねておいて、視聴者をいつも「ついさっきまで全く想像もしなかった」未知の食の世界に連れて行ってくれる。しかもそこは実在するのである。なんと幸せなことだろうか……。(藤原奈緒)

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