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『Free Soul』橋本徹が語る、名物コンピの20年「僕たちの時代のスタンダードを提示したかった」

リアルサウンド

14/5/3(土) 10:00

20140503-hashimoto.jpg『Free Soul』ならびに『Suburbia Suite』主宰者である橋本徹氏。

 レア・グルーヴという概念/ジャンルが生まれて以降、ソウル・ミュージックに慣れ親しんできたリスナーにとって、『Free Soul』シリーズ、あるいはディスクガイド『Suburbia Suite』が打ち出してきた「ソウル・ミュージックとの接し方」はとても大きな軸になっているのではないかと思う。耳触りのメロウさや、そのアーバンな感覚は、それまでソウルに対して抱いていたイメージとは違い、少なくとも(収録された楽曲のリリース)当時を知らない世代にはとても心地よく響き、ある意味“過去のジャンル”として埋没していたソウル・ミュージックと触れ合う入口となったはずだ。

 そんなコンピレーション界の金字塔とも言える同シリーズが今年で20周年を迎えるにあたり、その『Free Soul』シリーズのベスト・オブ・ベストとも言える『Ultimate Free Soul Collection』をはじめ、シリーズを象徴するアーティストであるテリー・キャリアーのベスト盤『Free Soul. the classic of Terry Callier』、そして2010年代版『Free Soul』の『Free Soul~2010s Urban-Mellow Supreme』の3タイトルが一気にリリースされる今回のタイミングで、『Free Soul』ならびに、『Suburbia Suite』主宰者である橋本徹氏に、改めて歴史を振り返っていただく機会を得た。

「FREE SOUL」20周年記念!『ULTIMATE FREE SOUL COLLECTION』紹介映像

――まずはじめに、20年間シリーズを続けてきた今、『Free Soul』という言葉の定義について改めてお聞かせください。

橋本:実は“定義”といったことを深く考えたことはなかったんですが、ソウル・ミュージックのひとつのジャンルのように言葉が一人歩きしていった時期があったので、自分でも考えるようになりました。70年代ソウル周辺の音楽の中からグルーヴィーな楽曲だったりメロウな楽曲であったり、自分たちの好きな曲に光を当てていく運動、といった感じでしょうか。自分たちの感じ方に忠実に、自由に音楽に接していきたいという気持ちを込めて使っていきたい言葉です。とはいえ、DJパーティのタイトルであったり、コンピレーションCDのタイトルとしての役割が現実的には一番強いですけどね。

――そもそも最初に『Free Soul』という言葉が使われたのはDJイベント「Free Soul Underground」ですよね?

橋本:そうですね。実際にはコンピレーションCDとほぼ同時期、1994年3月にDJ Bar Inkstick(90年代、渋谷区に存在したDJバー/クラブ)で「Free Soul Underground」を始めて、4月に最初のコンピをリリースしました。また、『Suburbia Suite』の「Welcome To Free Soul Generation」というレコードガイドも含めて、立ち上がりの段階で、DJイベントとコンピ、ディスクガイドの三位一体でプレゼンテーションしようという意識があったのは確かですね。好きな音楽をどうやって世の中に届けるか、古いしきたりや、それまでの権威主義的な傾向……そういったものも一気にひっくり返す必要を感じていましたので。

――コンピを始めることになったきっかけは? フリーペーパーやDJイベントとは違い、能動的にアプローチすることは難しくありませんでしたか?

橋本:まず僕は90年に講談社に入社し、印刷物が出来上がるまでの仕組みを覚えました。ですが、若者向けのメジャーな情報誌をやっていたので、僕自身が興味を持っていた音楽や映画についての記事というのは、なかなか受け皿として成立しづらかった。自分が趣味としてのめり込んできたものを表現することができたら、という思いが強まり、そのノウハウを活かしてフリーペーパーを作ったのが大きなきっかけです。

 そのフリーペーパーを読んでくれた二見裕志さん(東京中心に活動するDJ、ラジオ・ディレクター)から「このフリーペーパーの世界観をそのまま伝えるようなDJパーティをやりませんか?」というようなポストカードが送られてきたんです。実際に会った場所が、先ほど話したインクスティックだった、というわけです。

 当時、インクスティックでブッキングをやっていた小林径さんを二見さんに紹介され、91年の夏に最初の『Suburbia Suite』の選曲パーティを開催し、翌年に二見さんがディレクターをやっていたこともあって、Tokyo FMで「Suburbia’s Party」という形で毎週30分の選曲プログラムもやることになりました。毎週ひとつのテーマを決めて、選曲する番組だったんですが、それが最終的にコンピのアイデアにつながります。例えば、そのテーマは「スキャット~ハミング~ウィッスル」だったり「イタリア―ノ・チネ・ジャズ」だったり。それを一冊のディスクガイドにしたのが、92年11月に発行した最初の『Suburbia Suite: Especial Sweet Reprise』というディスクガイドでした。それが起爆剤となり、ある種のムーヴメントとなった結果、レコード会社のスタッフからリイシューやコンピをリリースしないか、という話をもらうことになったんです。

 でも、最初の頃の作品は、『Suburbia Suite』の性格上、洒落てて品の良い感じに偏ってしまっていたんですよね。そういったプロジェクトが続いていく中で、当時、リアルタイムでイギリスではアシッド・ジャズやレア・グルーヴというムーヴメントがかなり大きくなっていましたし、そういったものと同時代感のある作品に落とし込むことはできないかな? という思いがどんどん強まっていき、「70年代のソウルをテーマにコンピを作りませんか?」と僕から逆提案したのが最初なんです。そうしないと自分の中でのバランスも取れなくなってきていたので。

――ところで『Free Soul』シリーズに収録するか否かの基準というものはあるのでしょうか? ジャンルも多岐に及び、メロウなものもダンサブルなものもありますよね?

橋本:自分の好きな曲、という部分が大前提になっています。言葉にすることは難しいのですが、あまり厳格に決めなくても感覚的に判断できるんです。イベントがスタートする前に選曲した最初の4枚のコンピは、よりドライブ・ミュージック的というか、昼間の世界観が強いような気がします。それ以降は、DJパーティの盛り上がりがフィードバックされていったので、ちょっと盛り上がりすぎだろ、と今聴き返すと思うほど「ああ、テンション高かったな」って感じることもありますね(笑)。

――当初はオムニバスがほとんどだった『Free Soul』シリーズも、途中から単独アーティストに絞った作品や、レーベルで括ったベスト盤的な作品など、様々な形態のものがリリースされていきましたよね。

橋本:当初はオムニバスでやったほうが、CDとしての魅力や吸引力は高いと感じていたんですが、あまりにもパーティ・オリエンテッドになったこと、またレア盤熱の加速も含め、冷静になる部分が出てきたんです。「例えば、この人(リスナー)たちはたくさんのレア盤を知っているのに、カーティス・メイフィールドを全部聴いてないんだ……?」といった経験を頻繁にするようになったんです。それからはアーティスト単体のコンピ、レーベル単位で再編成していくことが増えましたね。

 昔から偉大なアーティストのベストアルバムはあり、僕は大学時代に聴いていろいろ学び楽しんだわけですけど、それを僕たちの時代で解釈したベスト盤(コンピ)を作ろうと思ったんです。「時代に応じて、一般教養を書き換える」というように言っていますが、価値観を更新する感覚で自分たちの時代ならではのアーティスト像を再構築する、ということです。

 例えば、これまでのジャクソン5のベストアルバムには「It’s Great To Be Here」が収録されていませんでしたが、僕ら世代の価値観であれば、必ず収録する、といった具合に。そういったアップデートする感覚で、「僕たちの時代ならではのスタンダードを提示できたら」という気持ちがありました。

――先ほど“レア盤”の話が出ましたが、その加速に『Free Soul』や『Suburbia Suite』も一役買っていたと思いますが、そのへんはどうお考えですか?

橋本:『Suburbia Suite』や『Free Soul』で紹介した曲というのは、実際にはレア盤はほとんどなかったんです。でも、ムーヴメントとして機能すると、紹介・収録した楽曲のアナログが高騰化したこともありました。それによって、中古レコードショップ側が、僕が買った値段からは考えられないような値付けをすることもあったりして。読者やリスナーに対し、聴きたいと思ってもらえるような編集や執筆、選曲を心がけていましたから、誰よりも早くアナログを入手して聴きたい、プレイしたい、という気持ちもわかりますが、あまり賢い音楽の消費の仕方ではなかったと思います。

 なぜなら『Suburbia Suite』『Free Soul』シリーズで紹介した作品の9割方は、その後CD化されていますからね。何年かのタームで見れば、好きな曲を手軽に聴けるようになってほしいという僕の目的は、かなえられたと感じています。

「FREE SOUL」20周年記念!第1弾アルバム紹介

――橋本さん自身、ここまで“フリー・ソウル”という言葉や概念が浸透すると考えていましたか?

橋本:始めた当初は思っていませんでした。『Suburbia Suite』ブームの時もそうでしたが、ありがたいことにたくさんの反響をいただくことができたので、シリーズを始めた数ヵ月後、消費のスピードが早くなりすぎないよう一度ブレーキをかけるべきかな、と考えたことはあります。

 今こうして20年目の節目を迎えることができましたが、緩やかな右肩上がりで、これからも続けていけたらと思っていますね。(後編「橋本徹が語る『Free Soul』の現在地、そして2010年代のアーバン・メロウ」に続く)

(取材・文=橋本 修)

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