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『BANANA FISH』アッシュと英二の“魂に触れる”関係性ーー少女マンガとしての魅力を考察

リアルサウンド

20/8/20(木) 9:00

 『BANANA FISH』は、少女マンガなのに女が登場しないことで有名な作品です。ニューヨークを舞台にドンパチやるハードボイルドなところや、経済、マフィア裏社会などのこむつかしい話も満載なため、間違いなく「男性に勧めたい少女マンガ」ナンバー1ですよね。

 物語はベトナム戦争の現場から始まります。そして「バナナフィッシュ」という謎の言葉を残して兵士が亡くなります。それから10数年後、誰かに追われてケガを負った男性が、やはり「バナナフィッシュ」と言い残して亡くなります。そうしてニューヨークのインテリチンピラ・アッシュはバナナフィッシュとはなんなのか? という謎を追いはじめます。

 それにしても女の不在っぷりはすがすがしいほどで、初めて女性キャラが登場するのが2巻の146P。ショーターのお姉さんです。次は3巻の157P、アッシュのお父さんの奥さんジェニファです。そのあいだに男どもはドンパチやったりしてて大量に登場人物がいるのだから、呆れるほど女がいない。

 だけど、少女マンガの基本は「共感」です。片想いの甘酸っぱい気持ち、先輩に憧れる下級生、優しいイケメンに癒されたい妄想、「わかるわかる!」で構成されるのです。『BANANA FISH』は男ばかりのハードボイルドな世界で、どうやって少女マンガのテイストを維持しているかといえば、アッシュと英二です。

単なるドンパチ物語ではない尊さ

 私には、Aちゃんという25歳ほど年下の女友だちがいます。年に数回遊びに行くんだけど、いつもひたすらお喋りして、時間を忘れれるほど楽しいです。だいたいマンガの話で盛り上がって、近況を話して、最近読んだ本の話をして。仕事で知り合って盛り上がって、それ以来なんやかんやと誘い誘われ。今度映画を見に行きます。生まれた年を聞くと私が結婚した年なので、「できちゃった婚とかだったら娘って感じの年齢か」と思うと感慨深い。でも絶対、自分の本当の娘(いないけど)より気が合うと思う。

 もともと私は人の年齢をほとんど気にしません。中学からはテニス部で上下関係が厳しかったけれど、先輩が大好きだったし、後輩とも遊びに行きました。今、仲がいいお友だちの年齢もよく知りません。うっすら「上だったかな」「下だったかな」と思うくらい。敬語もあまり使わないし、使われなくても気にしません。敬語は「相手と距離を置くこと」と感じるからです。敬語を使っているから敬意があるとは限りませんし。

 「気が合う人」って、知り合う人の中で10人や20人に一人です。それだけ貴重なのに、「年齢が同じ」ことを条件に入れたり、年齢差で遠慮なんかしていたら、親しくなれる友だちを見つけるのがすごく大変。一緒にいて楽しい、話があう、共感できる。そういう人と一緒にいるという動物的な感覚でいいんじゃないかと思います。職業も性別も、国籍も関係ないんです。

 そしてその25歳年下の女子が、こんなことを言いました。

「『BANANA FISH』には自分の欲しいものがすべて詰まっていた」

 アッシュと英二は、育った環境も、国籍も、人種も、話す言葉も違うけれど、魂が惹かれ合うように親密になっていった。「ものすごく貴い関係だ」って。

 アッシュは何度も英二に「おれたちは住む世界が違う」と訴えますが、それに英二はこう答えるんです。

ぼくたち肌の色も目の色も生まれた国もすべて違う
でも ぼくたちは友達だ
それで十分なんじゃないのかい?
ほかに何か必要なものがあるの?

 アッシュは自分の世界に引きこんでしまった英二を守ろうとし、英二もまた傷ついているアッシュを守ろうとしていた。なんて愛に溢れてるんでしょう!

 ふたりは、友達という言葉で片付けるには深いところで結ばれていて、でも恋人でもない。そういう「名前のない関係」に最高に憧れるといいます。

アッシュと英二のように「魂に触れる」関係

 そう言われてみると、ずっと私は「魂の触れ合うような関係」が、友人や恋人に求める条件でした。1を伝えると10を理解してくれるような、かといって奢ることなく「もっと知ろう」と耳を傾け合うような。まあよく考えると、大人のいい年になるまで人の話を傾聴する家族も友人もいなかったってことなんですけどね。昔は、とにかく「わかってわかって! 私のことわかってーーえええぇぇぇ!」と叫んでいたような気がします。「ソウルメイト」が欲しかった。

 『BANANA FISH』は序盤、「バナナフィッシュとはなんだ?」という謎を追うハード・ボイルドサスペンスでした。その謎が解けてからは、ゆるやかにアッシュと英二の絆を描くことに力が注がれていきます。

 作者の吉田秋生氏は、多くの人が抱える痛みやコンプレックスを描く作家です。『カリフォルニア物語』では、兄に対するコンプレックスに苛まれ、彼を縛り付けていたものから逃げだして泥沼のような場所で活き活きと生きる少年を描きました。

 『ラヴァーズ・キス』では、傷ついた男女が、それこそ魂が惹かれ合い、強い絆で結ばれる物語でした。『海街diary』は、生と死から家族とはなんだ、ということを考えていたと思います。

 人の日常を描き、その中での苦しみや成長を描くことが多かったのですが、『BANANA FISH』『夜叉』『イヴの眠り』と、派手なアクションものが続きました。もちろん、初期にはファンタジーも描いていらっしゃいますし、多様なジャンルを描ける作家であることは間違いないのですが。

 そして、きってのハードボイルド作品であるはずの『BANANA FISH』も、実は描いていたのは繊細な心だったのですね。

 少女マンガは、心の機微を描きます。そのためそれを読んで育った読者は、表面ではなく、物事の真理を大切にする心が養われるのかもしれません。

■和久井香菜子(わくい・かなこ)
少女マンガ解説、ライター、編集。大学卒論で「少女漫画の女性像」を執筆し、マンガ研究のおもしろさを知る。東京マンガレビュアーズレビュアー。視覚障害者による文字起こしサービスや監修を行う合同会社ブラインドライターズ(http://blindwriters.co.jp/)代表。

■書籍情報

『BANANA FISH』(小学館文庫/フラワーコミックス)
著者:吉田秋生
出版社:小学館

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