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『キン肉マン』バッファローマンの“裏切り”はなぜ人々を魅了する? レスラーセンス溢れる“ベビーターン”を考察

リアルサウンド

21/1/17(日) 8:00

 プロレス的視点からキン肉マンの試合を考察するシリーズ。第5回で取り上げるのは「黄金のマスク編」(13巻〜17巻)より、以下の試合である。

第1回:2000万パワーズ、“名タッグ”として語り継がれる理由
第2回:名勝負ブラックホールvsジャック・チー戦に見る、“別人格ギミック”の面白さ
第3回:大魔王サタンは「稼げるレスラー」である
第4回:ジャンクマンvsペインマン戦が証明した、不器用で愚直な戦いの熱さ

悪魔将軍vsバッファローマン

 プロレスラーには「ベビーフェース」と「ヒール」という大まかに2つの属性があり、基本はその対立構造で戦いのストーリーが紡がれていくのが大きな特徴である。見た目にもわかりやすい善悪をつけることで、観客がすぐその構造を理解でき、感情移入しやすくなるように助けている。

 そういった構造がある故に、ベビー⇄ヒール間の属性変更、いわゆる”裏切り”は、観客に大きな衝撃とサプライズを与えると同時に、そのレスラーに取って、一世一代の晴れ舞台、見せ場になることが多い。衝撃の裏切りを果たすために必要なのは、「予想しなかったタイミングでの実行」と「インパクトを残すパフォーマンス(言動、行動)」である。ここを間違えるとせっかくの属性変更も中途半端なものとなり、ファンの支持を得られずにそのまま埋もれてしまうことになる。裏切りを成功させるには、周到な準備と機を見極める力が要求されることになる。

 このベビー⇄ヒールの属性変更は人間のプロレス界とは異なり、ことキン肉マンの世界においてはその作品の構造上、ヒールのベビーターンの方が印象に残ることが多い。その中でも最大のインパクトを持って行われた裏切りが、悪魔超人バッファローマンのベビーターンであろう。

 ミートくんを文字通りバラバラにし、1000万パワーというあまりにもインパクトのあるキラーワードを掲げてキン肉マンたちアイドル超人を残虐ファイトで苦しめた、7人の悪魔超人シリーズのラスボスであったバッファローマンは、最終決戦においてキン肉マンとの死闘の果てに敗れ、大魔王サタンの粛清を受けてその命を落とした……はずだった。

 しかし続く「黄金のマスク編」で悪魔超人の首領、悪魔将軍により再び命を与えられ、打倒キン肉マンの隠し玉として、キン肉マンvsアシュラマン戦のセコンドとしてその姿を表すことになる。キン肉マンとの死闘後にも正義超人へのベビーターンを仄かしていたバッファローマンの出現に一度は心を踊らせたキン肉マンだが、悪魔超人としてセコンドにつくバッファローマンの姿を見て動揺の色を隠せない。

 なんとか強敵アシュラマンを退け、いざ悪魔将軍との決戦のお膳立てが整った……という、まさに観客の注目が集まる一番美味しいその瞬間に、正真正銘の裏切り、ベビーターンを果たすのである。

 一度キン肉マン(と読者)たちの期待を裏切っておいてからの、再度の裏切り。計算し尽くされたバッファローマンのパフォーマンスには、単なるパワータイプの脳筋レスラーに留まらないセルフプロデュース能力と、超一流レスラーとしてのセンスを感じずにはいられない。

 そしてこの世紀の裏切りをより印象的な場面に演出したのが、例のアレである。そう、バッファローマンは裏切りのケジメで丸めた頭を、大勢の観客の前でヅラを取るという形で披露したのだ。

 幼少期はあれをもって「バッファローマンの髪の毛、取れんのかい!」とツッコんだ読者は多かったはずだ。すでにベビーターンを心に決めていたバッファローマンは人知れず前もって頭を剃っていたのである。ただ、いきなりその姿で出てくるとその時点で出オチ感が強すぎるから、ヅラを被ることで観客を、そして正義悪魔両陣営をギリギリまで欺き、ヅラを外すというその行為そのもので全ての人間、超人にわかりやすく自身の考えを伝えつつ、しかも強烈なインパクトを与えることに成功したのである。

バッファローマン=武藤敬司説

 正直に言うと、その後の悪魔将軍との戦いに関してはあまり触れるべきところはないが、そこまでのインパクトを残しておきながら悪魔将軍に惨敗することで、悪魔将軍の圧倒的な強さを印象付ける。星を売って対戦相手の格を上げ、自らの印象もしっかり残す。あまりにもレスラーとして巧みすぎるではないか。

 また、転んでもタダでは起きないのがバッファローマン。ここでお役御免と思いきや、キン肉マンと悪魔将軍の頂上決戦のクライマックス、注目度最大マックスのその瞬間に介入。実体をもたない悪魔将軍の本体である黄金のマスクを被り、自らの身体を悪魔将軍の実体として、キン肉マンに捧げるのである。このバッファローマンの世紀の介入劇によって、キン肉マンは後々も恐れ続けることになる作中最強最大の敵、悪魔将軍に辛くも勝利することができた。ここでもバッファローマンは悪魔将軍の格を落とすことなく敗北に導き、ベビー転向の手向けとしてキン肉マンの勝利に絶妙なアシストを果たし、なおかつ自らの見せ場も作るという千両役者ぶりを遺憾なく発揮し、自身が敢行した最大の裏切り劇をこの上ない形でやり切ってしまった。

 以後バッファローマンは正義超人の一員として、その武名をほしいままにした……かと思いきや、そこは一筋縄ではいかない。

 おそらくこの世紀の裏切り劇に味を占めてしまったのだろう。直後の「超人タッグトーナメント編」では外的要因もあるものの、正義超人の友情自体の裏切り行為に加担しつつ、名タッグチームである2000万パワーズとしてその名を残す。続く「キン肉星王位争奪編」ではキン肉マンチームの助けに加わるのではという大方の期待を裏切り、まさかのソルジャーチーム、超人血盟軍入り。現在でも人気の高い注目のユニットの一員にあっさり加わってしまうあたり、本当に抜け目がないというか、鼻が効きすぎる。

 そして新シリーズ以降は再び悪魔超人にヒールターンし、完璧・無量大数軍、始祖相手に大立ち回りを演じる。その後、II世ではヘラクレスファクトリーの教官を勤めていたことからどこかのタイミングでベビーターンしたと思われるが、なんと節操のないことか(笑)。

 しかしこのバッファローマン、これだけコロコロ鞍替えしているにもかかわらず、正義超人からも、そして悪魔将軍をはじめとした悪魔超人からも異様に信頼されているその処世術の巧みさ。そしてファイトスタイルはベビーであろうがヒールであろうが基本変わることなく、わかりやすいド直球のパワーファイト。シングルだけでなく、2000万パワーズ、ディアボロスとタッグ戦線でも名勝負製造機の名をほしいままにするほどの活躍っぷり。

 バッファローマンの試合に外れなしというのはキン肉マン界の定説であるが、これだけ名勝負を生み出せるのも、ひとえにバッファローマンの人心掌握術と、善悪の属性すら自由に操るセルフプロデュース能力の高さ、そして確立されたファイトスタイルによるものが大きい。ファイトスタイルは違えど、見ているこちら側の心を思いのままに操るそのやり方には、武藤敬司レベルのプロレス脳の高さを感じずにはいられない。キン肉マン界のナチュラルボーンマスターは、案外バッファローマンなのかもしれない。

■関口裕一(せきぐち ゆういち)
スポーツライター。スポーツ・ライフスタイル・ウェブマガジン『MELOS(メロス)』などを中心に、芸能、ゲーム、モノ関係の媒体で執筆。他に2.5次元舞台のビジュアル撮影のディレクションも担当。

■書籍情報
『キン肉マン(13)』
ゆでたまご 著
価格:本体440円+税
出版社:集英社
公式サイト

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