Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

愛嬌のある妖が魅力的な『しゃばけ』シリーズ 広がり続ける畠中恵の作品世界

リアルサウンド

20/10/2(金) 10:00

 畠中恵の作品世界を一本の木に例えるならば、中心となる幹は『しゃばけ』シリーズということになるだろう。漫画家アシスタントや書店員を経て漫画家デビューした作者は、その後、小説を志して都筑道夫の創作教室に足かけ9年通う。

 このとき書いていたのは、現代小説であった。しかし都筑からはなかなか褒められず、応募しようとかと思った作品も行き詰まる。そんなとき、ぽこんと思いついたのが、2001年、第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した『しゃばけ』であったのだ。

 この作品の主人公は、江戸の廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」のひとり息子の一太郎だ。心根がよく、利発であるが、とにかく病弱。元気なときよりも、寝込んでいる方が多い。そんな一太郎を、両親の藤兵衛とおたえは心配し、手代の佐助と仁吉が、過保護に世話を焼いている。

 だが一太郎には重大な秘密があった。祖母が皮衣という大妖であり、妖の姿を見て話すことができるのだ。そんな彼の周囲は、妖に満ちている。まず佐吉は犬神、仁吉は白沢であり、共にお稲荷様の使いとして、一太郎を守護している。この他にも、鳴家・野坊主・鈴彦姫・見越しの入道・獺などなど、多数の妖が登場。一太郎の日常を賑やかに彩っている。

 ところがある夜、ひとり歩きをした一太郎が殺人を目撃。妖たちの力を借りながら、下手人を突き止めようとするのだった。

 素人探偵が事件を追う時代ミステリー。物語の枠組みだけ取り出すと新味がない。しかし主人公の周りに妖たちを配したことで、きわめてユニークな作品になった。特に注目すべきは、妖を愛嬌のある存在にしたことだろう。一太郎のことが大好きで、頼まれれば協力してくれる。彼の体を気遣い、無理をすれば叱ることもある。時に妖らしさを見せることもあるが、妙に人間臭い妖たちの存在が、実に魅力的なのだ。

 この魅力を、強く補強したのが、柴田ゆうのカバーイラストである。『しゃばけ』がシリーズ化されると共に、柴田ゆうのイラストも大きくクローズアップされた。可愛らしさを感じさせる妖たちのイラスト(なかでも鳴家の可愛らしさは特筆すべきものがある)が、シリーズの人気の後押しをしたのである。

 そして『しゃばけ』シリーズが好評を博すと、他の作家たちもさまざまなタイプの妖怪時代小説を執筆。時代小説界で一大ブームが巻き起こったのは、記憶に新しい。おっと、妖のことばかり書いてしまったが、もちろん物語も素晴らしい。シリーズは第2弾から、連作短篇がメインになっている。ミステリー・タッチの話の他にも、バラエティ豊かな内容を誇っているのだ。シリーズを順番に読めば、多彩なストーリーやスタイルに挑戦する、作者の成長の軌跡をたどれるのである。

 また、基本的に明るく愉快なシリーズであるが、一方で人間を冷徹に見つめた作品もある。もっといえば、自らの創り上げた世界に対しても同様だ。シリーズの外伝をまとめた『えどさがし』に収録された、表題作を見てほしい。

 時代は明治の半ば。すでに一太郎が死んでから、100年ほどが過ぎている。それでも妖たちは、生まれ変わった一太郎と巡り合えると信じているのだ。妖たち独自の感覚と、もしかしたらと希望を抱かせるラストにより、作品のトーンは暗くない。しかし、シリーズの心楽しい世界も、いつかは終わるときがくることが、はっきりと示されているのだ。

 人はいつか死ぬ。過ぎ去った時間は戻らない。そうした厳しい認識が、作者にはある。それにより要所で、シリーズが引き締められるのだ。ここも畠中作品の美質といっていい。

 『しゃばけ』シリーズの話が長くなってしまった。作者は他にも『つくもがみ』シリーズや、『明治・妖モダン』シリーズなど、『しゃばけ』シリーズとはテイストの違う、付喪神や妖の登場する作品を発表している。その他にも、町名主の跡取り息子と、その悪友たちが、さまざまな事件や騒動に取り組む『まんまこと』シリーズ。明治の若者たちを生き生きと躍動させた『アイスクリン強し』。男女9人の恋模様を活写した『こころげそう』。新米留守居役の奮闘記『ちょちょら』。現代ミステリー『アコギなのかリッパなのか』『百万の手』などなど、バラエティ豊かな作品を発表している。

 2019年には、実在した大野藩士を主人公にした初の歴史小説『わが殿』を刊行。さらに自己の領域を広げた。畠中恵の作品世界を一本の木に例えるならば、太い幹にたくさんの枝葉が生い茂った巨木。しかも、まだまだ成長中だ。だから、どこまで大きくなるのか、見届けたいのである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む