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中村米吉「洒落の効いた一幕。初々しく勤めたいです」 六月大歌舞伎『夕顔棚』を語る

ぴあ

中村米吉 撮影:塚田史香

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夕顔、夕涼み、夏祭り……。六月大歌舞伎第一部では夏の訪れを思わせる『夕顔棚』が上演される。江戸前期の画家・久隅守景の国宝「納涼図屏風」や、田園風景の中の老夫婦を描いた和歌を素材に、川尻清潭が書き下ろした清元の舞踊だ。

老夫婦の婆に尾上菊五郎、爺に市川左團次、そして里の男に坂東巳之助、里の女に中村米吉という顔ぶれだ。米吉がこの『夕顔棚』に出演するのは今回は初めてとなる。

「頻繁に上演されるような演目ではありませんので、僕自身も初めて生の舞台で拝見したのは6年前、今回と同じく菊五郎のおじさまと左團次のおじさまがなさったときでした。とても洒落の効いている作品ですよね。これまでの上演記録を見ても、例えば(二世尾上)松緑のおじさまなど普段女方をなさらない方が婆さんになったり、五月には歌舞伎座で早野勘平(『仮名手本忠臣蔵』六段目)という天下の二枚目をなさった(尾上)菊五郎のおじさんが婆さんですし。そういう意外な面白さがあります。

中村米吉

夏の日本の夕暮れ、夕涼みをしている湯上がりの老夫婦が思い出話をしている前に、若い男女がやってきて踊り、二人は在りし日の自分たちを思い出す。どこか寓話的な昔話のような雰囲気があります。ちょっと『じいさんばあさん』にも似た作品ですね。老夫婦が私たちを見て昔を懐かしむのですから、ただただ踊るだけではなく初々しい雰囲気を出せればと思います」

米吉の曾祖父で名女方の三世中村時蔵も爺を二度勤めている。

「最近はなかなか行けないのですが、以前は神田神保町へ行って曾祖父の写真を見つけると必ず手に入れていました。まず見るのは衣裳、小道具ですね。衣裳の縫いや柄の感じが今とは違って面白いんです。顔の感じは時代によって美的感覚も違いますから、そのままそっくりそれに倣うということはあまりありません。それに鬘や顔や衣裳って皆さんその都度いろいろと工夫されているはずですから。例えば鬘など、直前に勤めていた役と印象が重なるのは気になりますから、同じお姫様役でも今度は結い上げないで下げましょうとか、飾りを変えてみましょうということをするものなんですね。照明や客席との関係性も今とは違います。なので写真の通りにするのがよいとも限りません。ただ先人の雰囲気は大事にしたい。その雰囲気を今の自分に落とし込むにはどうするかということは考えます。あくまで参考にして、そしてお守りとして大事に持っています」

玉三郎から教えをうけた静御前の経験

写真から何を読み解くかが難しいとも語る。

「(坂東)玉三郎のおじさまが、とにかくよく見て、写真が語り掛けてくるくらいまで見続けなくちゃいけないよ、と仰っていました。大きな役などを勤めていて、思い悩み、不安なときなど、本当に語り掛けてくれないかなと思いますね。“お前さん、それじゃダメだよ”と写真に叱られるかもしれませんが(笑)」

その玉三郎からは、去る三月花形歌舞伎(南座)の『義経千本桜』の静御前を勤めるにあたり教えを受けたという。

「稽古している様子を限定公開の動画にあげてそれを観ていただき、初日が開いてからも度々動画を送り、教えを請いました。おじさまからは、これをご覧になった方々に“歌舞伎座でさせたいね”と思われるようになりなさいと。京都(南座)で若手で(『義経千本桜』を)できてうれしいという段階で喜んでいてはいけない、もっともっと上を目指して、もう若手ではないんだよ、とも。僕今28歳ですが、たしかに先輩方はそのころもっといろいろな役をなさっていたわけです。奮起したいと思います」

この花形歌舞伎ではAプロBプロが設けられ、静御前と源義経を中村壱太郎と交互に勤めた。

中村米吉

「古典の大役を学ばせていただいたこと、これは僕にとって本当に大事な機会でした。『吉野山』から『四の切』と通して静御前を勤めることができたので、静の気持ちの流れをリアルに感じることができましたし。ただ否応なしに壱太郎さんの静御前と比べられるなあと意識せざるをえない。実は結構重たい気持ちで初日を迎えたくらいなんです。でも千穐楽には、もっと勤めていたかったのになあと、気持ちがすっかり変わっていましたけど(笑)」

コロナ禍の中、歌舞伎座は2020年8月に再開を果たしたが、楽屋の雰囲気はそれ以前とは大きく変わったという。

「僕ら出演者は感染対策のため、一人ひとり入館退館の時間が決められています。楽屋に入って顔して舞台に出て、終わったら本当にすぐ帰らなければなりません。実は肉体的にはとても楽なんです」

しかし、と米吉は続ける。

「以前なら朝から晩まで楽屋にいることができましたから、出番が済んでも舞台袖や照明室から舞台を覗いたりして勉強できたんですね。また先輩方への楽屋挨拶も今はできません。おはようございます、お願いいたします、終わったら、ありがとうございます。いつもなら楽屋から楽屋を駆けずり回っているんです。大変は大変ですよ。でもこの挨拶のときに先輩方から、さっき観てたんだけどあそこはねとか、そういえばこのあいだのあそこさ、とひと言教えていただけることがあるんですね。

父(中村歌六)もよく申しておりますが、わざわざ呼びつけて言うほどのことはなくても、顔を見かけたから声をかけてアドバイスしやすいのだと。そこで学ぶものがとても大事なんです。そういう会話も今はできません。これがとても残念ですね」

『六月大歌舞伎』ポスター 中村米吉は第一部『夕顔棚』で「里の女」を務める

さて今回の『夕顔棚』、久隅守景の日本画が作品のモチーフともなっている。

「日本画、錦絵、役者絵、僕は持ってはいませんがよく観に行きます。展覧会も行きますよ。先日は『妖しい絵』展に参りました。元を正せば『藤娘』も大津絵が題材ですし、絵が題材となっているお芝居はいろいろありますよね。そうだ、思い切ってバンクシーの作品を基にした新作歌舞伎を作ってみたらどうでしょう。歌舞伎にもネズミの出てくる作品がありますしね。 面白そうじゃありませんか?」

夏の夕方に静かに咲く夕顔のような、ファンタジックで心温まるこの作品、歌舞伎座で6月28日まで。

取材・文:五十川晶子 撮影:塚田史香

『六月大歌舞伎』

演目

【第一部】11:00開演
一、『御摂勧進帳 加賀国安宅の関の場』
二、『夕顔棚』

【第二部】14:10開演
『桜姫東文章 下の巻』

【第三部】18:00開演
一、『銘作左小刀 京人形』
二、日蓮聖人降誕八百年記念『日蓮─愛を知る鬼(ひと)─』

※『日蓮-愛を知る鬼(ひと)-』の鬼の正式表記は角なし

2021年6月3日(木)~2021年6月28日(月)
会場:東京・歌舞伎座

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