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加藤シゲアキ『オルタネート』は新時代の青春小説の傑作だーー物語は想像を超える感動へ

リアルサウンド

20/12/22(火) 8:00

 泣かされた。

 アイドルグループNEWSのメンバーであり、映画化もされた小説『ピンクとグレー』(KADOKAWA)で鮮烈なデビューを果たして以降、作家としても数々の話題作を執筆してきた加藤シゲアキによる、3年ぶりの新作長編『オルタネート』(新潮社)を読んだ。

 連載初回が掲載された号は予約殺到、歴史ある雑誌において史上初の緊急重版が行われるほど話題となった「小説新潮」での連載作品である。先日、第164回(2020年下半期)の直木賞候補作品に選ばれたことでも話題となった。こういった話題性について言及すると、「アイドルだから」と言う人も多いだろう。だが、著者が「アイドル」であるという色眼鏡を完全に抜きにして、この本は面白かった。

 彼はアイドル、作家という職業を、別個のものとして並行して真摯に取り組み、それぞれの分野において多くのことを吸収し蓄積し続けてきたからこそ進化を遂げてきたのだろうことがわかる面白さだ。

 芸能界や、彼の人生にゆかりある渋谷とは関係のない、架空の現代を生きる高校生たちの群像劇である『オルタネート』の中には、芸能界を生きてきた彼の人生は微塵も存在しない。だが、加藤自身が「創作なのに、これは間違いなく僕の物語です」と言及しているように、時折「アイドル」、「作家」という相容れない2つの世界が見えないところで混ざり合い、アイドルとしてこれまで生きてきた日常の中で生まれ出たのだろう感情が、作家として生みだす創造物の中に滲み出てうまく作用している。「加藤シゲアキの本」としてこの本を語るなら、そんな凄みのある本だと言える。

 一方で、「加藤シゲアキの本」という意味合いだけでこの本を語るのは勿体ない。なぜならこれは、紛うことなき新時代の青春小説の傑作だからだ。舞台は、高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須のウェブサービスとなった現代。あくまで架空の現代だが、「アプリに自分のスマホにある情報を渡せば渡すほど精度が増してより高度にマッチする人を探してくれる」マッチングアプリに、遺伝子解析が加わるというエピソードは、そろそろ実現してもおかしくない話である。

 また、動画配信で一躍有名人になった同性の高校生カップルが、ビジネスパートナーでしかなくなってしまった関係に違和感を抱き、破局するというエピソード、全国配信の高校生料理コンテストとそれによる炎上騒ぎ等、「マッチングアプリ」ではなくともSNSはじめネット上のコミュニケーションツールや自己表現ツールと日常が密接に絡み合っている、今を生きる高校生の現実に限りなく近い物語であると言える。

 主な登場人物は、全国配信の料理コンテストでの失敗がきっかけで「オルタネート」を忌避する調理部部長・蓉(いるる)と、男運のない母親との軋轢により、自分の直観ではなく「オルタネート」を過度に信奉する凪津(なづ)。そして、高校を中退し、「オルタネート」の資格を失いかつてのバンド仲間・豊を探す手段がなくなったため、大阪から単身上京し、直接会おうと彼のいる高校に押しかける尚志という、「オルタネート」に対してそれぞれ全く違う温度差で向き合っている3人である。

 「オルタネート」はマッチングアプリとしての役割だけでなく、重要なコミュニケーションツールとして、高校生たちの日常になくてはならない存在である。それがなければ、彼らは人との距離の取り方さえ分からないのではないかと感じるほどの依存ぶりだ。誰かと関わるために実に手っ取り早い、便利な手段を手に入れた現代は、高校生だけでなく、大人たちにとってもだが、過度に決断を委ねることで自分自身の決断力を弱め、実際に会うというアクションを制限し始めるのではないかという危惧もある。

 だが、幸いにも、「オルタネート」は彼らにとって、きっかけにすぎなかった。「恋なんてしたくない。私が私じゃなくなるのが怖い」と何度も言う蓉。自分の直観を恐れ、「オルタネート」に全てを委ねる凪津。でも、「オルタネート」が常に「運命の人」に導いてくれるかというとそうとは限らず、波津は遺伝子解析という方法にのめり込むことで、どんなに忌み嫌っても逃れられない自分自身の親からの遺伝と向き合うことになるし、「一番高い確率」でマッチした相手に会うことで、自分自身の嫌な部分とも向き合うことになる。

 探している人が「オルタネート」の中にいないということを原動力に、実際に会って繋がろうとする尚志たちもいる。

 彼らは「オルタネート」をきっかけに、「オルタネート」の外の世界に飛び出していく。「出会うことが大事なんじゃなくて、出会った後が大事」(『波』2020年12月号,新潮社)と加藤が言及するように、偶然、あるいは必然的に、自分を変えてくれる「運命」の誰かに出会うことで、悩み葛藤しながら、自分自身が変わっていく。変えられていく。各々の世界で必死に生きていた彼らの日常がちょっとずつ折り重なり、葛藤を越えて、やがてそれぞれが誰かを思う感情がスパークする「祝祭」となる時、そこには、想像を超える感動が待っている。

 青春はいつの時代も変わらない。本書の中で「アスベスト問題」が盛んに取り上げられた頃学生だった加藤と同世代の、かつての高校生たちにも目配せしているかのように思われる「アスベスト」に関する記述の後に、「一度初めてしまったらもう元通りにならないことはたくさんある。後戻りできないことだらけだ」という実感があるように。いろいろな「現代」を示す符号を取っ払った先には、かつて誰もが経験したことがある、「まだ何者でもない」という不安と、無限の可能性に満ちた、あの頃の自分がいる。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『オルタネート』
著者:加藤シゲアキ
出版社:新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/alternate/

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