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氷川きよしが音楽で見せた人生一度限りの劇的瞬間 初のポップスアルバム『Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-』を聴いて

リアルサウンド

20/6/13(土) 18:00

 氷川きよしにとって、14年振りの出演となった『ミュージックステーション』。全身に真珠を散りばめ漆黒のマントを翻し、QUEEN「ボヘミアン・ラプソディー」を日本語で絶唱。闇夜に浮かぶ星屑のごとく輝き、魂を絞り出した革命的パフォーマンスで、夕飯時の我が家を震撼させた、氷川きよし。

参考:氷川きよし、「ボヘミアン・ラプソディ」への思い語る「フレディの人間としての苦悩とか孤独さを感じてすごい涙が出てきた」

『Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-』、氷川きよし初めての「オリジナルポップスアルバム」です。 長年のファンの皆様はよくご存知のもう一つの姿、しかし改めて手にすれば、その変化に驚かされるかもしれません。

 これまでにも、ポップスカバー中心のファンクラブ限定コンサート(『KIYOSHI special concert 2015 ~KIYOSHI’S SUMMER~』)や、テレビ番組カバー企画などはありましたが 、「40歳という人生の折り返し地点」(※1)を迎え、歌手活動20周年の「成人」のタイミング(※2)だからこそ、出来た挑戦。SNSやアニメ主題歌など、演歌界の「外」に飛び出し、これまでとは違った客層へ彼の溢れるペルソナの魅力が届いた今、機は熟しました。これは、築き上げてきた歌を武器にして「新たな自分」を解放した、氷川きよしの「冒険の書」です。リズムを強調するJ-POPの英語的歌唱法の世界に、演歌の特徴でもある、子音の強いはっきりと明瞭な日本語の歌声は、とてもフレッシュに響きます。

 シンフォニック・プログレのように荘厳な楽曲によって物語の幕は上がります。霧の立ち込める中世の城、重厚な扉を開け、新しい世界へ出発する氷川きよし。魔術的なディレイ使いに、これから始まる「見たことのない世界」への期待が膨らみます。耽美かつ刹那的メロディに乗せて歌われるのは、「さなぎが蝶に変化していくように、人間として輝くというステップ」(※3)。「自分らしく」生まれ変わる姿を象徴する、蝶=Papillon。今まさに、羽広げ飛び立たんとする彼の決意を映し出した、アルバム表題曲です。続く「不思議の国」と合わせて、音楽趣味のルーツ、演歌と出会う以前に影響を受けた、華麗なるロックスター達を自身に重ねる姿を観ることができます(※4)。

 衝撃的な初のEDM(※5)「キニシナイ」は、感情を抑えた人工的でメカニカルな歌声。氷川きよしの感じる「今」の空気が詰まっています。いつかコンサートで、ダンスミュージックで激しく踊る姿を観られるでしょうか。昨年の既発曲「確信」の一節、〈明日がこないとしたら ? 今日が最期だとしたら?〉、それは悔やまぬよう思い切りやりたいことをやる、アルバムの根底に流れる意志を象徴する歌詞です。誰もが不安を抱え、自身のやるべきことを自問している、現在の空気に奇しくも合致しています。

  『第70回NHK紅白歌合戦』での強烈なパフォーマンスが話題を呼んだ、『ドラゴンボール超』主題歌「限界突破×サバイバー」。氷川きよしが幼少期に表現したかった(※3)世界観、〈限界突破〉したその先へと突き進みます。

 「碧し」はGReeeeN、「おもひぞら」は水野良樹氏(いきものがかり)を作詞作曲に迎え、J-POPの名手とタッグを組んだ、氷川きよしの音楽的挑戦が見られます。シンプルさが胸に響くミドルテンポ曲「碧し」はデビュー記念日〈2月2日〉から歌詞が始まり、自身の素直さと、真面目で実直な姿そのままに、感動的な展開とコーラス。出会いと別れ、汗と涙、様々な経験を得て成長してゆく、少年漫画的世界観。「おもひぞら」は、ポップスと演歌の要素を融合した意欲的な作品。郷愁と親子の情、日本的な叙情性あふれる音色に、歌手を目指して故郷を離れ上京した氷川きよしの心情が映されています。

多様性に満ちたアルバムの中でも、異色のR&Bグルーヴを放つのは「Never give up」。プライベートで親交があり、気心の知れた(ファンクラブ限定CD『KIYOSHIカバーコレクション』収録「悲しい色やね」でもお馴染み)上田正樹氏のソウルフルな作編曲とラップ(!)に乗せた、氷川きよし初の作詞曲。〈何時も孤独で周囲(ひと)と違うから 誰かにわかってほしいけど誰もわからない〉、そこからの〈過去で縛らない〉〈ありのままに行こう〉〈運命を変えよう〉。胸の奥底から溢れ出た言葉。氷川きよしらしく生きる、生々しく熱い決意が表れています。

 そして、燦然と輝く金字塔「ボヘミアン・ラプソディー」。新たな世界への扉を開くきっかけとなった曲で、物語は締めくくられます。フレディ・マーキュリーの思いに強く共感し、その魂をカバーするため、日本語で歌うことに拘りました。「英語は苦手なんです」と笑いつつ、人生でずっと使ってきた言語でしか表せない、繊細な心の機微が込められた渾身の一曲。湯川れい子氏による、言葉たちが踊り出すミュージカル口調、独特のグルーヴ感にゾクゾクさせられる、氷川きよしにしか表現できない世界。

 同名映画で描かれた、スターがスターであるが故の様々な葛藤や絶望、孤独。光が強ければ強いほど濃くなる影。しかし、その全てを音楽に還元し、この世界に生きる多くの人の苦しみを救う偉業もまた、スターにしか成し得ないのではないでしょうか。

 「変化(へんげ)恐れぬ蛹(ピューパ)」は、今「Papillon(蝶)」へ。生きていくことは、変わってゆくこと。人生一度限りの劇的瞬間を、私たちに見せてくれました。(松村早希子)

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