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それぞれのNHK紅白歌合戦 第1回 6年連続総合司会、アナウンサー宮本隆治

ナタリー

18/12/27(木) 23:11

宮本隆治

昭和26年1月3日に正月のラジオ番組として始まり、今年で69回目を数える「NHK紅白歌合戦」。日本では“大晦日の風物詩”とも言える人気番組だ。本稿では大晦日の放送に向けて、各分野で活躍する「紅白」を愛する3人に番組の魅力と楽しみ方、「紅白」にまつわるエピソードなどを聞いていく。初回は1995年から2000年まで6年連続総合司会を務めた元NHKアナウンサーの宮本隆治に、舞台裏の秘話や今年の見どころを聞いた。

総合司会の重圧

「紅白」の司会は昭和48年、NHKに入局したときからの目標でした。しかし、ずっと教養、報道、スポーツ番組の担当を命ぜられ、音楽番組には到達できませんでした。それが平成7年に「NHK歌謡コンサート」の司会をせよという業務命令で、それまでいた福岡局から東京アナウンス室に転勤になったのです。「紅白」の総合司会は、その業務の延長でした。「紅白」には、制作、技術、大道具、小道具のスタッフが200人ほど携わっています。総合司会に決まったあと、スタッフが一堂に会する顔合わせがありました。そこに集まっている多くの人を見て、初めて「『紅白』の司会になったんだ」と実感しました。「紅白」の総合司会は“額縁”のようなものです。“絵”である歌手の皆さんを引き立たせる役目と保護してさしあげる役目があります。“額縁”は決して目立ってはいけませんが、ちゃんと存在していなければならないのです。

総合司会をしていた6年間の精神的重圧は今でも忘れられません。哺乳類が一生涯で打つ鼓動の数は25億回と言われています。私の場合はあの6年間でそのほとんどを費やし、残高が少ないと思います(笑)。私は、NHKホールには魔物が潜んでいると思っています。「歌謡コンサート」では、ちょくちょくその魔物が私を襲い、失敗させられました。例えば曲名や歌手名を間違ったり……しかし、「紅白」では失敗は許されません。しゃべればしゃべるほど、魔物が襲ってくるという危険性をはらんでいましたが、幸い「紅白」では失敗はありませんでした。

「紅白」の台本は、12月25日に配られます。本番までの6日間で厚さ3cmの台本を覚えなければならないのです。「6日もあるから大丈夫! 毎週やっている生放送の『歌謡コンサート』と同じようにやればいいんだ!」と自分に言い聞かせ奮い立たせていました。NHKアナウンサーの先輩で、かつて「紅白」の白組司会を務めた山川静夫さんに本番に向けてのアドバイスを伺いました。それは本番に向けて、普段通りの生活をすることが大切だということでした。山川先輩は初めての司会のとき、タキシードと靴を新調しました。が、当日、その靴が今一つ足に合わなかったそうです。それに気を取られた結果、ステージに出るときマイクを持って出るのを忘れました。だから私も山川先輩のアドバイスに従って「1日1万歩歩く」という当時の習慣は続けました。それでも本番ではどうしても心拍数が上がってくる……本番でいかに平常心を保つか、自分との戦いでしたね。

北島三郎のステージでヒヤリ……

本番の前々日の29日は、リハーサルと並行して全出場者と個別に打ち合わせをするんです。例えば「どういう衣装ですか?」 「今のお気持ちは?」「『紅白』で何を伝えたいですか?」などなど。初めてお会いする歌手が大勢いらっしゃるので、そこでも緊張しましたね。私が初めて総合司会をした第46回は、安室奈美恵さんが初出場した年でした。安室ちゃんはあの当時から黙っていても存在感がありましたね。打ち合わせのとき、うれしくて記念撮影をしていただきました(笑)。小林幸子さんは、衣装について質問しても絶対に教えてくれないんです。「楽しみにしといて!」って言うだけでした。

総合司会を務めた最初の2年のことは、ほとんど覚えていません。が、心臓が止まりそうになったことがありました。第47回のオープニングです。当時はイヤモニがなく、NHKホールのスピーカーからバンドの音を聴いてしゃべり出すという方法を取っていました。本番では演奏の8小節目に私が「人類がこの世に誕生して、どれほどときが流れたのでしょう……」と言って始まることになっていました。リハーサルではうまくいったのです。ところが本番前、SMAPがステージに登場した瞬間、場内が大歓声! まったく演奏の音が聞こえませんでした。勘でしゃべり出し、スタートが7秒遅れてしまいました。それが教訓となって翌年にイヤモニが導入されたんです。

もう1つ印象に残っていることがあります。北島三郎さんの紙吹雪です。同じく第47回のトリで北島さんが歌ったのが「風雪ながれ旅」。北島さんはそれまでもこの曲を「紅白」で歌っていて、その際、紙吹雪が鼻や口に入ってしまい、北島さんは紙吹雪を食べながら歌っていらっしゃいました。第47回のときもプロデューサーは演出的に紙吹雪が欲しいと考え必死で思案した結果、北島さんの背中越しに巨大扇風機で風を送り、紙吹雪を後ろから出すことになったんです。リハーサルではうまくいったんですが、本番では風圧が高くなってしまい、その強烈な風で北島さんが吹き飛ばされそうになったんです。北島さんは高校時代ラグビーで鍛えた身体でなんとか踏ん張り、そのシーンは逆光でしたのでテレビ画面ではわからなかったと思います。私は舞台袖で見ていてハラハラしましたが、幸い北島さんに怪我はありませんでした。

ほかにも背中が汗だくになるようなことはありましたが、幸い本番ではミスはなかったです。でも終わってから3日間は興奮状態で寝られなくて。「紅白」の舞台は、いかに普通じゃなかったということですよね……体によくなかったなあ(笑)。でもアナウンサーとして「紅白」のステージに6年連続で立てたということは、アナウンサー冥利に尽きありがたいです。

裏方の職人たちが技術の極みをお披露目する場

私は6年間総合司会を務めたあと、平成19年の定年退職まで「紅白」の“アナウンサー監督”としてラジオアナウンサーの監督もしていたんです。ラジオ中継の準備は、29~31日午後3時まで行われるリハーサルの様子をビデオで撮影し、それを観ながら前奏や間奏の秒数を記録し、そこにどんなコメントを入れ込んでいくか、深夜まで詰めていきます。歌に被らないように、前奏の部分で着ている衣装や表情を伝えるのです。ラジオ担当のアナウンサーは、無駄のない言葉を選び、十数秒にはめ込んでいく。それは一聴の価値ありですよ。

歌手の皆さんは、「紅白」の出場者に選ばれた誇りを胸に準備をします。裏方も同じように誇りを持って、1分1秒に命を懸けているんです。本番中、舞台裏では大道具、小道具スタッフの怒声罵声が飛び交います。時間との戦いですし、怪我をしてはならないからです。舞台スタッフはセットの豆球1つにでも心血を注いで準備します。そういう放送の職人たちが集結する場所が「紅白」なんです。職人たちがそれぞれ、術の極みをお披露目する場でもあるんです。「うたコン」が毎回生放送でやっているのは1年の集大成である「紅白」に向け、スタッフがその“刀”を研いでいるからなのです。

今年の注目は丘みどり、純烈

今年の出場者で私が注目しているのは、2回目の出演となる丘みどりさん。彼女はどんな曲でも見事に歌い上げる歌手です。去年は亡くなったお母さんの写真を胸に収めて歌い上げていて、ステージを終えたあとの手は小刻みに震えていたそうです。

2回目の今年は少し余裕ができると思います。どんな衣装で、またどんな表情で歌うのか楽しみです。

白組で注目しているのは純烈。彼らはデビューして11年、今回やっとつかんだ栄光です。純烈は、私が司会をしている「宮本隆治の歌謡ポップス☆一番星」という番組に3回出てくださったのですが、その中で「どうやったら『紅白』に出られるんですか?」と質問されたことがあります。私は「皆さんから愛されることと、ヒット曲だよ」と言いました。そして最近、温泉センターで彼らのステージを観たのですが、明らかに“進化”していたんです。ファンは20代からおばあちゃんまで幅広い年齢層の女性。純烈の平均身長は182cmと大型、トークも絶妙なので、ファンはきっと青春時代の初恋をメンバーの誰かに投影しているんだと思います。酒井一圭リーダーはまとめ役。白川裕二郎さんは甘い声で歌い上げ、小田井涼平さんも歌が上手だし、友井雄亮さんはダンスがうまい。後上翔太さんはルックス抜群。メンバーは元戦隊ヒーローや元力士などで、それぞれ第二の人生を歌に懸け、団結してやってきました。そこが魅力ですね。丘みどりさんもそうでしたが、自分が司会している番組から巣立った歌手が大舞台に立つことは心からうれしいですね。

宮本流・紅白の楽しみ方

総合司会を務めて以来、テレビで「紅白」は観ないんです。当時を思い出してドキドキして精神衛生上よくないので、ラジオで聴いています(笑)。永六輔さんも“紅白ラジオ派”で、テレビの音を消してラジオを聴きながら楽しんでいたそうです。新しい「紅白」の楽しみ方として、この方法をお勧めします。ラジオ担当のアナウンサーが、適格に実況中継をしますので面白いと思いますよ。

昔の「紅白」は家族で歌える曲が多かったので家族みんなでこたつを囲み、ミカンを食べながら「紅白」を観るという家庭が多かったと思います。最近の「紅白」は“日本の最先端の曲を集めたデパート”といった印象で、観ればこの1年の音楽の動きが全部わかるような番組になったのではないでしょうか。家族全員で「紅白」を観ることはなかなか難しいかもしれませんが、大晦日はぜひ「紅白」を観ながら、おじいちゃんやおばあちゃんを思い出したり、故郷に思いを馳せたりしてほしいと思います。私の場合は今年も家族とは別に、1人、ラジオで「紅白」を楽しみます。

宮本隆治(みやもと りゅうじ)

福岡県出身の68歳。1973年にNHK入局し、「NHK歌謡コンサート」「思い出のメロディー」「NHKのど自慢」など数々の名物番組の司会を担当した。「NHK紅白歌合戦」では1995年(平成7年)から6年間連続総合司会を務める。同局エグゼクティブアナウンサーを経て、2007年4月、定年退職を機にフリーアナウンサーに。CS歌謡ポップスチャンネル「宮本隆治の歌謡ポップス☆一番星」、BS11「歴史科学捜査班」、テレビ東京「池上彰の現代史を歩く」、テレビ西日本「CUBE」にレギュラー出演中。

取材・文・構成 / 中村佳子(音楽ナタリー編集部) 撮影 / 阪本勇

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