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山本益博の ずばり、この落語!

お気に入りの落語、その十五『富久』

毎月連載

第41回

(イラストレーション:高松啓二)

うらぶれた長屋に一人住まい、酒好きの、芸達者でもない、年配の幇間久蔵が、暮れに買った富くじは…

『富久(とみきゅう)』は「富(くじ)の久蔵」の略で、江戸の名物、火事と富くじを扱った名作である。

現在、東京放送(TBS)主催で毎月三宅坂の「国立小劇場」で開かれている「第五次落語研究会」の前身、「第四次落語研究会」で八代目桂文楽がネタおろしの『富久』をしばしばネタ出ししながら、その都度、演目を変えたため評論家の安藤鶴夫から「今回も富休だった」と揶揄されたエピソードは有名である。結果、練り上げられた『富久』は文楽の十八番となった。

落語国では、「久蔵」があちこちの噺に登場する。『怪談牡丹灯籠』では栗橋宿の馬方、『紺屋高尾』では紺屋の職人、『試し酒』では近江屋の下男、『化物使い』では田舎出の若者。『富久』の久蔵も、金や地位のあるものが吉原の遊びで身を持ち崩して幇間(たいこもち)になったのではなく、そもそも身分の低い人間が幇間という職業に就いたと言えそうだ。『鰻の幇間』『幇間腹』『つるつる』に出てくる幇間と少し違って、『富久』の久蔵は、うらぶれた長屋に一人住まいする、酒好きの、芸達者でもない、年配の幇間である。
『落語登場人物事典』の「富久の久蔵」を見ると、久蔵の性癖に簡単に触れながら、一晩に火事の掛け持ちをするドラマチックなストーリーが書かれている。

「久蔵」
幇間。浅草阿部川町の長屋住まい。酒の上の失敗が絶えず、あちこちの旦那をしくじっている。それでも酒がやめられず、深川八幡の富くじを買い、大神宮のお宮にしまった際にもお神酒を飲み始めて寝込んでしまう。目が覚めると半鐘の音がして、芝神明辺りが火事だと知らされ、出入り止めとなった越後屋がその方角なので、寒さもいとわず火事見舞いに駆けつける。幸い火は回っておらず、「浅草からよく駆けつけた」と旦那に喜ばれ、出入りを許される。早速、火事見舞いの客の応対を買って出るが、酒が届くと、もう上の空。一人で酒を飲み、皿を割る失態を演ずる。真夜中に再び半鐘が鳴り、今度は浅草付近が火事。急いで戻ったが、家はまる焼けで、越後屋の居候になる。気兼ねをしながら過ごすうち、買った札が一番富に当たるが、「証拠の札がなければ駄目だ」と言われて半狂乱となる。鳶頭が火事場から大神宮のお宮を取り出していることを知り、富札の無事を確かめて安堵する。(布目英一)

文楽の『富久』は無駄な台詞をできる限りそぎ落とし、各場面で幇間の生活感や厳しい江戸の冬の寒さなどを台詞と動作で表し、写実に徹した名人芸だった。なかでも、一晩で火事の掛け持ちをする羽目になり、酒の酔いが覚めぬうちに、真冬の寒さ厳しい真夜中、提灯を掲げながら、自分の住む長屋へ戻る場面では、息を弾ませ、一目散にかける久蔵の姿に、しばし客席から拍手が起こったものである。

この文楽の写実芸を受け継いだのが、古今亭志ん朝で、
久蔵の悲哀を一層引き立てながら、随所に幇間ならではのお調子者の笑いを入れた『富久』に仕上げていた。

一方、立川談志の『富久』は、久蔵の心の内をドラマの展開に沿って披露するリアリズム。一晩の火事の掛け持ちは淡々と描き、そのクライマックスを千両富が当たった久蔵の場面に当てる。火事に遭って無一文になってしまった不幸が、千両富が当たった幸運で吹っ飛ぶ。しかし、それもつかの間、当たった札がないと千両は手に入らないと言われて落胆し、再びどん底に突き落とされる。なんてついていない人生、落ちこぼれの人間はどこまで行っても這い上がれない。自分に情けなく、世の中を憂いて、寒風の中、町中をトボトボと歩く久蔵。ここで、談志は右手で握りこぶしを作り、それに噛みついてみせた。口惜しさと恨み、つらみが、その仕草に象徴され、久蔵のやるせなさが伝わってきて、なんとも忘れられないシーンとなった。

このあと、富くじの札が保管されていることがわかり、久蔵はめでたく千両を手に入れる。貧者から長者になった久蔵、どんな晩年を送ったことだろう。

COREDOだより 柳家権太楼と桃月庵白酒の『富久』

「COREDO落語会」では、2014年10月28日の第1回に柳家権太楼師匠が『富久』を演じてくれた。年配の久蔵の姿が権太楼師匠に重なり、火事見舞いに届けれられた酒を飲みながら、見舞い客の応対をするところは見応えがあった。

さらに、2019年12月15日の第20回では桃月庵白酒師匠が『富久』を高座にかけてくださった。この日のCOREDO落語会は「お金を巡る師走の名作三題」と銘打って、「富久/白酒 芝浜/一之輔 文七元結/喬太郎」という番組を組んだ。超満員の大盛況で、プロデューサー冥利に尽きる落語会だった。白酒師匠は、いかにも酒でしくじりそうな、酒好きのしがない幇間を巧みに演じてみせてくれた。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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