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楠木ともり、斉藤壮馬、イヤホンズ、田村ゆかり……声優ソングの多様性と可能性を味わえる4作

リアルサウンド

20/7/12(日) 10:00

 アニメ音楽周辺の注目新譜をキュレーションする本連載。今回は声優とアーティスト活動の関係性について考えさせてくれる作品をまとめて紹介します。声優といえば声が命の仕事なので、同じく声質や声による表現力が総体としてのイメージを大きく左右する歌手活動との相性が良いのは当然のことですが、そこに本人のパーソナリティや表現者としての資質、作詞家・作曲家・アレンジャーや制作スタッフを含めたチーム体制での制作環境といった要因が掛け合わさることで、唯一無二の個性が形作られていくことが、声優による音楽活動の魅力だと自分は考えています。そんな良さを改めて強く感じさせてくれたのが、ここでピックアップする4作品。声優ソングの多様性と可能性にぜひ触れてみてください。

楠木ともり『ハミダシモノ』

 最初に紹介するのは、『ラブライブ!』シリーズの虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会・優木せつ菜役などで知られる楠木ともりが、8月19日にリリースするメジャーデビューEP『ハミダシモノ』です。1999年生まれ、現在20歳の彼女は、2016年にソニー・ミュージックアーティスツ主催のオーディションで特別賞を受賞し、2017年に声優デビュー。翌2018年にはTVアニメ『メルヘン・メドヘン』の鍵村葉月役で早くもアニメ初主演を経験し、同年のTVアニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』でも主人公のレンを演じ、その夏には日本最大級のアニメ音楽イベント『Animelo Summer Live 2018 “OK!”』で同役のキャラクターソング「To see the future」を堂々とパフォーマンスしました。この7月からも、『魔王学院の不適合者〜史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う〜』と『デカダンス』(ともにTOKYO MXほか)の2作品でメインヒロインを演じるなど、若手最注目の声優の一人と言えるでしょう。

 そんな彼女、実は無類の音楽好きとしても知られ、中学時代は吹奏楽部でトランペット、高校時代には軽音楽部でボーカルを担当してきたほか、家族の影響で子どもの頃から昔の洋楽を含む様々なジャンルの音楽にも親しみ、過去に開催した単独ライブイベントではLiSA、ハルカトミユキ、阿部真央、KANA-BOONなどのカバーを披露したり、自身がパーソナリティを務める文化放送のラジオ番組『楠木ともり The Music Reverie』ではホール&オーツから藤井風まで新旧洋邦を問わない幅広い選曲でミュージックラバーぶりを発揮しています。

 さらに以前から音楽活動にも積極的に取り組んでおり、これまでにイベント会場向けのグッズとして2枚のCD作品を発表。いずれの収録曲も自身が作詞・作曲を手がけており(一部、共作曲もあり)、アーティスト活動に対する意欲を見せていました。<SACRA MUSIC>からのメジャーデビュー作となる今回のEPには、その過去作にも収録されていた自作曲「眺めの空」「ロマンロン」のリアレンジバージョンを含む全4曲を収録。先述のTVアニメ『魔王学院の不適合者』のエンディングテーマとなる表題曲「ハミダシモノ」は、藍井エイルやASCAらへの楽曲提供で知られる重永亮介が作曲・編曲を担当したエッジーなロックチューンで、“はみ出し者=マイノリティ”としての心情や“出る杭は打たれる”世の中に対する反発心を忍ばせた歌詞は、中学時代にいじめを受けた経験があるという彼女だからこそ書ける、心を揺さぶるワードに溢れています。

 夏の情景が目に浮かぶエモーショナルなギターロックに生まれ変わった「眺めの空」、変拍子のポストロック的なアレンジに乗せて自らのロマンや夢に殉ずる覚悟を描く「ロマンロン」、誰かになろうとするのではなく、自分自身を信じる気持ちを爽やかなフレイバーのロックサウンドで聴かせる「僕の見る世界、君の見る世界」と、カップリングも充実。20歳の瑞々しい感性に満ちた歌と言葉が、シンガーソングライターとしての彼女の輝かしい未来を期待させる作品になっています。

楠木ともり「ハミダシモノ」Music Video -Short ver.-
楠木ともり「眺めの空」-Lyric Video-
楠木ともり「ロマンロン」-Lyric Video-
楠木ともり「僕の見る世界、君の見る世界」-Lyric Video-
斉藤壮馬「ペトリコール」

 続いては、彼女と同じく<SACRA MUSIC>に所属する斉藤壮馬の配信シングル「ペトリコール」を紹介。大石昌良が書き下ろした華やかなポップソング「フィッシュストーリー」で2017年にアーティストデビューし、同年にはシングル曲「ヒカリ断ツ雨」でTVアニメ『活撃 刀剣乱舞』のオープニングテーマで初タイアップを経験するなか、2018年に発表したシティポップ〜ライトファンクなシングル曲「デート」では自ら作詞・作曲を担当、同年の1stアルバム『quantum stranger』では12曲中7曲、2019年のEP『my blue vacation』では全曲を自作するなど、徐々に音楽家としての才能を開花させていった斉藤。もともと読書家で趣味にギター演奏を挙げるなど音楽知識も豊富なだけあり、オルタナティブロックやシューゲイザー的なサウンドからアーバン&メロウなテイストまでをフォローする多彩な音楽性と、意味よりも情緒を重んじたリリカルな歌詞で、独自の路線を貫いてきました。

 その彼が、この3月に発表した配信シングル曲「エピローグ」でアーティスト活動の第1章を完結。そしてこの夏、3曲連続リリースとなる“季節のうつろい”と“世界の終わりのその先”をテーマにした『in bloom』シリーズが始動し、その第1弾楽曲として配信されたのが「ペトリコール」です。タイトルに冠されたペトリコールとは、雨が降ったときに地面から漂う独特の匂いを意味する言葉。ということで楽曲も“雨”がキーポイントになっていて、柔らかな雨音が全体を覆うなか、程よいメランコリーを感じさせるしっとりグルーヴィなサウンドと、斉藤壮馬の艶やかかつ優雅に踊る歌声がマッチした、梅雨時に聴くのにちょうどいいムーディな一曲になっています。

 ちなみに、冒頭からリフレインされる印象的なサックスのフレーズは藤田淳之介(TRI4TH)によるもの。他にも、ベースに越智俊介(CRCK/LCKS)、ピアノに渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)と豪華メンバーが演奏に参加しているほか、2番ではラップ風の歌唱が登場したり(斉藤が声を担当する『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』のキャラクター・夢野幻太郎とのリンクも感じさせます)、演奏陣によるインタープレイが高まりを生むアウトロのパートでは、子どもたちによるものと思しきコーラスが加わったりと、サウンド面での工夫も満載。また、イントロや間奏など曲の随所で聴かれるノイジーなギターは、斉藤本人がアレンジャーのSakuにアート・リンゼイの演奏動画を見せてリクエストしたとのことで(参考:原宿POP WEB)、そういったビジョンを描いて形にすることのできる音楽的な語彙力とセンスこそが、彼のアーティストとしての大きな武器なのだと感じました。

斉藤壮馬 『ペトリコール』 MV

イヤホンズ『Theory of evolution』

 前の二者が、自らアーティスト性を構築していくタイプだとすれば、高野麻里佳、高橋李依、長久友紀による声優ユニットのイヤホンズは、どちらかと言うと受け身。作品や楽曲ごとに制作チームから与えられた課題なりテーマを自らの声で表現することで、一歩ずつ成長を遂げてきたユニットになります。それは言いかえると、「声優」としての仕事の延長に「アーティスト」活動があるということ。なので彼女たちの活動の軸足はあくまで「声優」になるのですが、「声優」であることに自覚的だからこそクリエイトできる音楽を追求してきたのがイヤホンズであり、その現時点での集大成と言える作品が、7月22日にリリースされる3rdアルバム『Theory of evolution』なのかもしれません。

 “音楽の進化論”をコンセプトとした本作には、デビュー5周年を迎える彼女たちが様々な形で自身の進化を刻んだ全8曲を収録。わかりやすいところでは、2015年発表のデビュー曲「耳の中へ」と同年発表の「背中のWING」、2019年リリースの「わがままなアレゴリー」を、彼女たちの近年のライブのバッキングも務める月蝕會議の新アレンジで新たにレコーディング。曲名の最後に“!!!”が付いた新バージョンに生まれ変わっています。特に当時はメンバーの出演作『それが声優!』のキャラソンの色が強かった「耳の中へ」「背中のWING」の2曲は、5年の年月を経てイヤホンズとしてのスタンスを確立した3人が、自分の歌としてしっかり歌っているのがポイント。多重録音を駆使した聖歌隊のようなアカペラコーラスに心洗われる「わがままなアレゴリー!!!」も、素晴らしい出来栄えです。

 さらに、過去曲の進化系とも言えるような楽曲も。過去には大槻ケンヂや串田アキラとコラボしたりと、意外と熱血系の曲も多い彼女たちらしいゴシックメタル曲「渇望のジレンマ」は、同系統の「予め失われた僕らのバラッド」やJ.A.シーザー提供の異色曲「ウィッチクラフト《テオフィルの奇蹟》」の延長にあるであろうサウンドに。そして、前作のアルバム『Some Dreams』(参考:イヤホンズ、牧野由依、TrySail、宮本佳那子……声優アーティストの“おもしろさ”感じる新作4選)収録曲のなかでも大きな話題を呼んだ「あたしのなかのものがたり」と同様に、演劇的な手法とラップの要素が合わさった彼女たちにしか成し得ない楽曲が「記憶」です。メンバーはこの曲のなかで一人の女性の記憶の断片をそれぞれに演じながら歌唱。花火の音や雑踏、様々な生活音・環境音がサウンドに組み込まれ、それらがトリガーとなり、あるいは積み重なって、やがてひとつの楽曲になるという、何とも複雑な構造を持っています。作詞・作曲・編曲を手がけた三浦康嗣(□□□)は、自身のTwitterに「約10年前の□□□のアルバム『everyday is a symphony』を1曲に凝縮しました」(参考:Twitter)と投稿していますが、日常音のフィールドレコーディングを解体・再構築することで新しいポップスを創造した『everyday is a symphony』のアイデアに、「声優」たちの演技・表現力を融合させることでさらに先鋭化を推し進めた、まさに“音楽の進化論”を感じさせる一曲と言えるでしょう。

イヤホンズ「Theory of evolution」試聴Trailer
イヤホンズ「記憶」
田村ゆかり『Candy tuft』

 最後は、田村ゆかりのニューアルバム『Candy tuft』をピックアップ。田村ゆかりと言えば、一聴で彼女とわかる特徴的な声質の持ち主として知られ、その甘い歌声とロリータ系を中心とした可愛らしいファッション、「ゆかり王国の姫」として王国民(ファン)の盛大なコールと共に作り上げるファンタジックなステージによって、女性声優のアーティスト活動のある種のひな形を作り上げた存在。その影響力は(音楽性は異なりますが)水樹奈々に並ぶ、と言っても過言ではありません。彼女自身は作詞・作曲を行いませんが、20年以上に渡る音楽活動でブレることなく貫き続けているラブリーな世界観は、本人のタレント性やセルフプロデュース能力によるところが大きく、その意味でもアーティストとしての存在感は抜群です。

 2017年に立ち上げた自身のレーベル<Cana aria>からの初めてのフルアルバムとなる本作には、多彩な作家陣の手による全10曲を収録。一般的に彼女の楽曲はガーリーなイメージが強く、また実際にそうではあるのですが、当然のことながらその表現の仕方は多種多様で、本作でも様々な表情の彼女を楽しむことができます。リード曲となる「Catch me Cats me」は、フィリーソウル〜ディスコのテイストがほんのり香るダンサブルなナンバー。アルバムの幕開けを飾る元気いっぱいのパワーポップ「Only oneのあなたのせいよ」と共に、園田健太郎が作曲・編曲を手がけています。スウィンギーなエレポップ「BITTER SWEET HOLIDAY」は、彼女の近作ではお馴染みのRAM RIDERが提供。ひたむきな言葉に切なさが募るバラード「嘘」は奥華子のペンによるもので、他にも白戸佑輔による幻想的なミディアムナンバー「新月のpollen」、ワルツ調の優美な「楽園巡礼〜Pilgrim of Eden」など、しっとり聴かせる系の楽曲における艶味を帯びた歌唱表現も絶品です。

 10曲中8曲を手がけた作詞家・松井五郎の奥ゆかしい歌詞もあって、愛らしさも情念も乙女心も詰まった田村ゆかり流のラブソング集に仕上がった本作。ストックを含め数百曲にもおよぶデモのなかから自分で歌いたい曲を選び(参考:ナタリー)、自ら曲のイメージに沿った歌詞の発注を行い、フォトブックレットなどのビジュアル周りも込みで、「田村ゆかり」という完成されたブランドをパッケージにする。その徹底した世界観の構築ぶりに、本当の意味での「アイドル」を感じずにはいられません。

田村ゆかり「Catch me Cats me」Short Ver.

■北野 創
音楽ライター。『bounce』編集部を経て、現在はフリーで活動しています。『bounce』『リスアニ!』『音楽ナタリー』などに寄稿。

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