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印度カリー子 × 幸村しゅうが語る、スパイスへの飽くなき好奇心 「普通のご飯食べてもなんにも楽しくない」

リアルサウンド

21/3/25(木) 12:00

 東大院卒のスパイス料理研究家・印度カリー子の最新レシピ本『一肉一菜スパイス弁当』(世界文化社)と、第2回「日本おいしい小説大賞」を受賞した幸村しゅうの『私のカレーを食べてください』(小学館)。2作品ともカレーの日(1月22日)に発売され、各所で話題を呼んでいる。「リアルサウンド ブック」ではカレー&スパイスの魅力をテーマにオンライン対談を企画。両作品の見どころ、お気に入りのスパイス料理、スパイスの魅力、今後の展望についてなど、大いに語ってもらった。(編集部)

印度カリー子監修のカレーレシピを収録

ーーまずは幸村先生、第2回「日本おいしい小説大賞」受賞、おめでとうございます。

幸村しゅう(以下、幸村):ありがとうございます。去年はコロナ禍で受賞式もなかったので受賞の実感が湧かなくて……。受賞を電話で聞いたときも、ばんざいというよりは、ほっとしたというか。それからすぐ書き直しが始まったので、受賞を実感したのは本屋さんに行って自分の本を手に取ってやっと、という感じです。

ーー印度カリー子(以下、カリー子):実は超久しぶりに読んだ小説が幸村先生の本でした。そんな人間でも先生の本はするするするするー!って読めたので、これは本当に誰でも楽しめるだろうなと思います。

ーーお気に入りの登場人物はいましたか?

幸村:(主人公の)成美でしょ(笑)。

カリー子:成美以外考えられない(笑)。半分投影しちゃってますもん。

幸村:年齢も変わらないんですよね。

カリー子:変わらないんです。友達いないところとかも……(笑)。私は無駄に正義感が強いんですけど、成美も正義感が強くてカレークレイジーなところがあるので自分と重ねてしまいました。

幸村:カリー子さんよく、「友達が……」とかっておっしゃるけど、友達がいっぱいいてもやりたいことがない人より、やりたいことを持ってていつの間にか友達みたいな人が現れる、という方が幸せなんじゃないかと思いますよ。

カリー子:うん、そうですね。成美がみんなにカレーを振る舞うエピソードがあるじゃないですか。みんながおいしくないご飯を食べてる現状が、正しくないと思ったんでしょうね。それで厨房でなんとかカレーを作るという決断をする。そこはたぶん自分でもそうするだろうなと思いました。

幸村:カリー子さんが作ったら、みんな拍手してくれると思います。

カリー子:作ったカレーを想像しましたもん。成美きっと「チキンチェティナード」作っただろうなって。読んでる間、成美のことしか考えてなかった。だからずっと、楽しかったです。

幸村:ありがとうございます。

ーー幸村先生は本作が小説家デビュー作ということですが、書くにあたって、苦労された点などはありましたか?

幸村:20代のときに映画の助監督をしていて、その仕事をしながらシナリオを書いていたんですが全然芽が出ませんでした。その後、助監督から転職したんですが、箸を持つのも嫌になるくらい忙しくて、カレーばかり食べていたんです。料理に手をかけられる時間がなかったし、気持ちも向かなかった。いつか自分で本を書いてみたいという気持ちはずっとあったので、カレーの話なら書けるかな、と安直な理由で書いたんです。しばらく経って、たまたま「おいしい小説大賞」の存在を知って、そういえば前にカレーの話を書いたなあと思い出して、題材をスパイスカレーに書き直して応募しました。

 昔書いたものを読んで一番反省したのは、全然カレーがおいしそうじゃないということでした。これを「おいしい小説」にしなきゃいけないなと思って、カレーを食べ歩いたり、本を読んだりしました。スパイスカレーをまったく作ったことがない人は、ターメリックは知っててもクミンとかコリアンダーは知らない。だから主人公の成美という少女と一緒に、「じゅげむじゅげむ」みたいな感じで一からスパイスを覚えていくのも楽しいかなーと思いながら書きました。

 でも、グルメ本みたいにはしたくなかったんです。食べ物って体をつくるものなので、食欲とかお金のあるなし関係なく、旺盛に健全に食べられるもの、という風にしたかった。あとはふだん小説を読み慣れてない方にも読みやすいように17章に分けたり、ちょっと勢いのある表現も心がけました。

ーー応募作にする際に本を読んだりされたということですが、どんな本や作家を参考にしましたか?

幸村:椎名誠さんの助監督をしていたので、椎名さんの本はよく読んでいました。椎名さんの食べ物の描写ってすごくそそるんですね。あとはいろんなサイトの口コミとか、「この店行ってみたい」って思わせられる書き方をしている方の文章を参考にしました。

ーーなるほど。『私のカレーを食べてください』の巻末に、物語に出てくるカレーのレシピが載っていますが、こちらはカリー子さんが監修されていますね。

幸村:本の中に出てくるスパイスに間違いがないかカリー子さんにお伺いしつつ、どれをレシピにしようかという相談をしました。それで本の発売日に、カリー子さんのレシピを使って表紙と同じカレーを作ってTwitterにアップしたりもしました。

ーーすごいですね。難しそうです……。

幸村:いえいえ、全然。スパイスカレーのレシピって世の中にいっぱい出ていますけど、カリー子さんのレシピは初心者に非常に親切なんですよ。私、元々料理は得意じゃないんです。ちゃんとレシピ通り大さじ一杯量って作ることもあるんですけど、だんだん雑になります(笑)。

カリー子:私もすごいズボラなんですよ。感覚でレシピが書けるようになるには経験や知識がベースになくてはならないですが、レシピ作りは現場で起こっているんですね。机上でいくら綿密に設計しても、実際に作ってみると全然違ったりします。

黒胡椒振るような感覚でターメリック使ってみよう

ーーカリー子さんのお弁当レシピ本『一肉一菜 スパイス弁当』はスパイス1種類でもできるレシピもたくさん載っていますね。

カリー子:日常使いのためのレシピにしました。カレーのレシピが少ないのは、実際にカレーを職場に持っていける方って少ないだろうと思ったからです。印度カリー子でさえ、大学にカレーを持っていくとかなりいろいろなことを言われるのに、普通のOLさんが職場に持って行ったら好奇の目に晒されてしまうじゃないですか。でもやっぱりスパイス好きの人にとっては、普通のご飯食べてもなんにも楽しくないんですよ。

幸村:(笑)。

カリー子:「カレーじゃないのに超スパイシー!」みたいなおかずにしたかったんですよね。スパイスは調合されてなんぼって思われがちなんですけど、そうじゃないよ、黒胡椒振るような感覚でターメリック使ってみようよ、というところから幅広く載せました。

ーー幸村先生はお弁当を作ったりしますか?

幸村:作らないです。でもこの本に掲載されている料理は、夕飯のおかずとして作って食べています。実は今ダイエットしているんですけど、ダイエット料理って物足りないんですね。でもスパイスを使うと、満足度が非常に高い。よく作るのは「爽やかカルダモンチキン」、「ふわふわサラダチキン」。一番好きなのは「まるごとピーマンの肉詰め」です。

カリー子:わ〜。全然ダイエットじゃないですけど(笑)。

幸村:普通の肉詰めってソースとかケチャップで子どもっぽい味になっちゃったりするんですけど、これは肉をスパイスで揉み込んで、ピーマンに詰めて焼くので何もつけなくてもすごくおいしいです。

カリー子:これ私も超好きです。しかも冷凍保存できるんですよ。5つくらい作っておいて、1個1個食べるのがもうほんっとに幸せ。

幸村:私8個作っちゃった(笑)。大好きすぎて。

「タクコ」でスパイスカレーは作れる!?

ーーカリー子さんはそもそもどうしてスパイス料理研究家になられたのでしょうか?

カリー子:19歳の時に初めてスパイスカレーを作ったんですけど、その頃世間では本場を忠実に再現したものこそが至高であるっていう考え方が強かったんです。「チキンカレー」でも数多作り方がある。それだけアレンジ性が豊かっていうことは、ベースとなるものがあって、そこから発展させているに違いないな、と考えました。

 それこそ今、私が声を大にして「タクコ」、ターメリック、クミン、コリアンダーさえあればスパイスカレーは作れるよって言ってるのは、その数多あるチキンカレーのレシピに共通しているスパイスが「タクコ」だったからなんです。最小限の「タクコ」と、あとは玉ねぎ、トマト、ニンニク、生姜、鶏肉。どこのスーパーにでも売っている安い材料で作ってみたら、カレーができてしまった。

 自炊歴1年以下の貧乏学生が、普通のキッチンで、スパイスからカレーを作ってしまった時の感動たるや大事件ですよ! スパイスを調合しているときって、たとえ1:1:1でもなんだかすごく魔女感やワクワク感があったんです。

幸村:魔女感って、非常によくわかります。スパイスの瓶を並べて、一つ一つ舐めてみると、粉っぽくてちっとも美味しくない。むしろまずい。でもそれが混ざるとスパイスカレーになっちゃう。日本人てルゥに洗脳されてしまってますから、ルゥなしでカレーができちゃう驚きと喜びと感動っていうのはあると思うんですよ。それをカリー子さんは、すごーく裾野を広げて伝えてらっしゃるんじゃないかなと思います。

カリー子:そうかもしれません。私は19歳の時にスパイスというまったく磨かれてない原石を見つけたわけです。それまで将来の夢とか希望とかなくて、友達も少なかったし恋人もいなかったし、バイトもほとんどしてなかったし、サークルにも入ってなかったし、ホントにつまんない人生を送っていたんです。勉強しかしていなかったんですけど、スパイスカレーを作って初めて夢を持った。そしたらホントに毎日が楽しくて。新しいレシピを書いて伝えれば誰かが作ってくれるし……そういうのをずっと続けてたらいつのまにか肩書きがスパイス料理研究家に(笑)。

幸村:「できた!」っていう喜びや驚きって、すごく大きいよね~。

カリー子:たぶんそれは日常のキッチンで生まれてるから、なんですよね。いつものおうちにいて、新しい感覚や匂い、雰囲気、味、体験とか、それを一気に味わえるのがスパイスカレー作りなんだと思うんですよね。これはおいしいスパイスカレーをテイクアウトしても得られるものではない。味覚的な発見はありますけど、脳みそが歓喜する発見ではないんですよね。私がレシピばかり書いてるのは、一番最初の発見の感動が、キッチンにあったからです。その感動を共有したいのは、カレーを好きになろうとしている人ではなくて、普通の日本人の主婦なんです。なので、主婦の人が毎日作りたくなるような、作っていて苦にならないような塩や油の量とか、そういったところをケアしたレシピになっていると思います。

スパイスと生活する楽しさを知って欲しい

ーーお二人は今後どんな活動をしていきたいですか?

カリー子:最近取り組み始めたのはフードロスの問題。捨てられてしまう食材や規格外の食材にレシピで付加価値をつけるのが料理家ができることかな、と。

 もう1つは食育です。私、カボチャもセロリも春菊も鱈も苦手だったんです。でも全部自分でカレーにしたら、なんでもおいしく感じられた。嫌いな食材を使ってカレーを作ってみる。フライパン一個で、難しい工程もない。そしたら子どもたちも嫌いな食材が好きになれるかもしれない。

 3つめは障がい者の自立支援。私の会社のスパイスは障がい者の方に作ってもらっているんですが、まだ賃金はそれほど高くないんです。スパイス工場で働くことで、一般的な賃金が得られるようにしたい。自分の「食べる」ことへの興味とスパイスに関連性をもたせて社会的な意義のある活動にしていきたいなっていうのがこれからの目標です。

幸村:私は助監督をやったり、介護施設で働いたりしてきたのですが、忙しいと本を読む時間はなかなか作れません。無理やり捻出して、寝る前の30分しか本を読む時間がないような生活をしてました。その30分の読書というのは、私にとって救いだったんですが、だからこそ、読後感のいい本を求めていたんです。そういったほんの少しの時間を割いて読書してくれた人たちに「ああ、この本を読んでよかった」と思っていただけるような本を書いていきたいと思っています。

 もう1つ、私にとって『私のカレーを食べてください』は完結しているんです。でも「続きはどうなるの?」ってよく聞かれるので、続きを書いてみたいなという気もします。

カリー子:小説の続きを映画化で落とし込むのはどうですか(笑)。

幸村:そのときはカレーの監修は是非、カリー子さんにやっていただきたいな。

カリー子:ホントに、やりたい。もうもはや成美になりたいくらいですもん。演技勉強して。

ーー続編が生まれるかもしれないと思うとワクワクしてしまいます……! では最後に読者へのメッセージをお願いします。

幸村:ふだんは本を読まない人にも軽い感覚で読んでいただいて、最後に成美と同じように、胸に希望を持って、自分も一歩踏み出そうという気持ちになってもらえたら嬉しいです。

カリー子:スパイスは、ちょい足しで日常生活をガラリと変える魔法の調味料。発見がほしいな、最近つまんないなと思う時は、スパイスを始めるチャンスです。1種類のスパイスだけでもいいし、複数買えばカレーも作れます。体験としての「発見」というワクワク感や、香りを吸って得られるリラックス感など、スパイスと生活する楽しさをぜひ知って欲しいですね。

■書籍情報
『一肉一菜スパイス弁当』
著者:印度カリー子
出版社:世界文化社
発売日:2021年1月22日(カレーの日)
定価:1,540円(税込)
https://www.amazon.co.jp/dp/4418203214/

■書籍情報
『私のカレーを食べてください』
著者:幸村しゅう
出版社:小学館
発売日:1月22日(カレーの日)
定価:1,600円+税 
https://www.amazon.co.jp/dp/4093866058?

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