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いま、最高の一本に出会える

平辻哲也 発信する!映画館 ~シネコン・SNSの時代に~

濱マイクの町、横浜・黄金町にある「ジャック&ベティ」 1日、最多14本の新旧作を上映!毎日が映画祭

隔週連載

第19回

19/9/8(日)

「横浜・黄金町」と聞いて、映画ファンが思い出すのは永瀬正敏主演、林海象監督による『私立探偵 濱マイク』シリーズ(1993〜1996)ではないか。濱マイクは黄金町駅近くの名画座「横浜日劇」の屋根裏に事務所を構え、事件に奔走する。02年にはテレビシリーズも放送され、ファンは長らく聖地巡礼を楽しんでいたが、「横浜日劇」だけでなく、TV版の舞台「松本コーヒー」もなくなってしまった。そんな町で、今も残っているミニシアターが「横浜ジャック&ベティ」だ。

元は戦後、接収され、米軍の飛行場として使用された跡地にオープンした「横浜名画座」(1952年12月25日)が発祥。名前の由来は、誰でも知っている昔の中学英語の教科書の名前から取った。教科書のように、町や人と親しむ映画館になってほしいとの願いが込められている。1991年にオープンし、西部劇やチャンバラ映画など男性向け中心のジャック館、ロマンス・ラブストーリーなど女性向け中心のベティ館という形で、横浜の名物興行師、福寿祁久雄(ふくじゅ・きくお)さんにより運営されていた。しかし、運営会社が解体したため、横浜日劇とともに2005年に閉館。地元からは復活を望む声が上がっていた。

階段にある今はなき横浜日劇を描いた看板。関内・松坂屋にあったものを譲り受けた
映画版『私立探偵 濱マイク』の美術に使われた看板。「東映名画座」は「ジャック&ベティ」の元の館名

そんな時に復活へ名乗りを上げたのが現在の支配人、梶原俊幸さんだ。横浜出身、慶応大学卒業後、ライブハウスに勤務。その後、学習塾、IT会社に勤務しながら、夜間制の大学で数学を学びながら、ネット上で学びの場を提供するサイトを運営していたという変わり種。横浜在住の大学の友人らと横浜で街づくり活動をする中、2006年の終わり、「ジャック&ベティ」の状況を耳にした。

支配人の梶原俊幸さん。好きな映画は『ニュー・シネマ・パラダイス』と『羅生門』

「映画館は建って15年くらいだったので、まだ古くはないし、ここで道を断ってしまったら、二度と映画館はなくなってしまう。できるところまで頑張ってやってみようと思ったんです」。館名もそのまま引き継ぎ、2007年3月、リニューアルオープン 毎月、映画の日(1日)に観客と語り合う「ジャック&ベティサロン」などで観客の声に耳を傾けながら、軌道に乗せていった。今では、映画料金が割引になるメンバーズクラブの会員数は1800人を超えている。

1階のチケット売り場では映画の予告編を上映

ジャック館は96席。ベティ館は115席。2010年に経産省の助成を受け、ベティ館が13年にはジャック館がデジタル化。2016年にはシートの更新を行った。上映ラインナップはロードショー、旧作合わせて、1日10〜14本上映。週末には舞台挨拶も数多く行われていて、毎日が映画祭といった賑々しい雰囲気だ。取材した時間帯は、信州を舞台に、老兄弟の絆を描いた柳澤愼一&高橋長英主演『兄消える』(西川信廣監督)、韓国映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』がそれぞれ上映され、どちらもシニア層を中心に盛況だった。

「去年は年間390本を上映しています。プログラムは、お客様に続けて観ていただけるよう工夫しています。一番入ったのは若松孝二監督の『キャタピラー』(2010年)ですね。当時、主演の寺島しのぶさんがベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)をお取りになって、話題になりました。若松監督は初日には欠かさず舞台挨拶をやってくれています。当時はビルの1階が中華料理店で、そこで打ち上げをやっていたんです」と梶原さん。

ジャック館
ベティ館

当初のきっかけとなった街づくりの一環となる企画も多数行っている。映画館のある若葉町は、戦後GHQの飛行場として使われ、接収解除後は伝説の居酒屋「根岸家」や美空ひばりさんの店ができるなど裏繁華街として知られ、90年代からは海外出身の人々が多く住み「日本一のタイ・ストリート」と呼ばれた多人種、多文化の街。「よこはま若葉町多文化映画祭2019」(8月24日〜9月8日)では移民、難民をテーマにした世界の秀作を上映。韓国・インチョンにある「ミリム劇場」とコラボレーションした「ミリム劇場×シネマ・ジャック&ベティ 同時上映展」(9月7日〜8日)という企画も行った。

近くの老舗パン店から入荷しているパンは毎日、売り切れる大人気

「今年6月にミリム劇場からお招きを受けたので、今度はこちらからお呼びしようというものです。韓国の独立系映画を日本初公開して、韓国のアートシアターの方にもご登壇いただきます。ミリム劇場は年配の方向けの283席の劇場。韓国は映画への助成が熱心で、旧作の鑑賞料金は200円なんです。こうした連携を今後も続けていこうと思っています」。

今後も「横浜中華街映画祭」(9月下旬から10月、横浜中華街 中華菜館 同發新館ホール)、「横濱 JAZZ PROMENADE 2019」(10月12〜13日)と連動したジャズ映画の特集上映、若手映画監督の輩出を目的とした「横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル2019」(12月7日)、関東学院大学との企画「横浜学生短編映像作品上映会」(12月14日)などイベントも目白押しだ。

「復活した時にはお客様から『横浜に住んでいれば、映画には不自由しないと思っていたのに、なくなってしまった。それが復活して嬉しい』という声をたくさんいただきました。だから、この劇場を残していきたいっていう強い思いはあります。その期待に応えられるよう残すためにいろいろ新しいことを取り入れたいと思います。今後も、幅広いお客さんに来ていただける映画館にしたいですね」と梶原さん。地域に根ざした映画館運営は、映画館づくりの“教科書”になりそうだ。まさに、ジャック&ベティの名前そのままに。

映画館データ

シネマ・ジャック&ベティ

住所:横浜市中区若葉町3-51
電話: 045-243-9800
公式サイト: シネマ・ジャック&ベティ

プロフィール

平辻哲也(ひらつじ・てつや)

1968年、東京生まれ、千葉育ち。映画ジャーナリスト。法政大学卒業後、報知新聞社に入社。映画記者として活躍、10年以上芸能デスクをつとめ、2015年に退社。以降はフリーで活動。趣味はサッカー観戦と自転車。

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