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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

シネマヴェーラ渋谷、新東宝特集『唐手三四郎』と「若尾文子映画祭」で観た『永すぎた春』。

毎月連載

第28回

20/11/2(月)

特集「玉石混淆!? 秘宝発掘! 新東宝のディープな世界 アンコール&リクエスト」のチラシ

『唐手三四郎』
シネマヴェーラ渋谷 特集「玉石混淆!? 秘宝発掘! 新東宝のディープな世界 アンコール&リクエスト」(9/26~10/16)で上映。

1951(昭和26)年 新東宝 69分
監督:並木鏡太郎 原作:石野径一郎 脚本:飯島憲一郎/瀬戸口寅雄 撮影:平野好美
出演:岡田英次/月形龍之介/清水将夫/藤田進/川喜多小六(雄二)/浜田百合子/坪内美子/香川京子/大谷伶子

太田ひとこと:浜田百合子ってこんなに女の魅力があったのか。一目ぼれしました。

東都大学唐手部の岡田英次は藤田進の道場で稽古している。その中に川喜多雄二、香川京子もいる。川喜多は秘かに思う下宿先の娘・大谷伶子と岡田が仲良さげにしているのを見て嫉妬し、稽古中に岡田に本気で挑み、はずみで腕を折られて入院。見舞いに来た岡田にもそっぽを向く。

岡田は入院費をかせぐため港湾労働のアルバイトを始め、あるとき船上の人足の大喧嘩に割って入って止める。ボスの清水将夫はその腕をかい、自分のところで働けとまとまった金を渡す。清水の裏の顔は麻薬の密貿易で、その用心棒役と知った岡田は「この仕事は断る、金はいずれ返す」と言うが、もう一人の酔いどれ用心棒・月形龍之介に唐手で倒される。岡田はその月形が、自分の師・藤田進が話していた秘拳「三角飛び」の持ち主と知り、家を訪ねて教えを請うが断られ、藤田進との因縁も知る。藤田と月形は同門で唐手を修業する同士だったが、月形が惚れた坪内美子を争った野試合決闘で月形は片腕を失い、復讐の機会を待っていたのだ。

坪内は藤田・月形の仲を気づかってどちらにも身を隠して結婚したが夫は戦死。貧乏に苦しんでおり、援助するとの甘言で娘の大谷伶子が連れられたのは旅館で、二号にするつもりの清水将夫が待っていた。知った岡田は清水のところに乗り込み大谷を返すよう要求、待っていた月形と決闘となる。

文芸作『樋口一葉』(1939年 主演:山田五十鈴)、痛快作『魚河岸帝国』(1952年 主演:田崎潤/山村総)で注目している並木鏡太郎作品にとびついた。

他愛ない話と言うなかれ。岡田、月形が沖縄出身という設定がユニークで、岡田が清水に連れられた居酒屋は沖縄の花の名「梯梧(でいご)」で、三線にのって沖縄舞踊が踊られている。月形はその故郷酒場にとぐろを巻いている背中で登場。女将・浜田百合子は沖縄風の高い髪形で大人の色気をたたえ、ハンサム学生岡田に一目ぼれするが、最後は岡田を助けつつ身を引いて沖縄に帰るもうけ役。

バックであやつる冷静な悪が決まり役の清水将夫が、ここでは最後に夜の波止場で拳銃を撃って走り回り、大警官隊に包囲される大立ち回りを見せる。

プロローグと本題は、女をとられたと誤解して決闘を挑むが負けて大怪我を負う話。もちろん藤田進と月形龍之介の野試合決闘は、黒澤明のデビュー作『姿三四郎』(1943年)のまんま。月形をずっと探していた藤田は手をさしのべるが月形は拒否。そのまま倉庫裏での戦いとなり、こんどは藤田が怪我を負う。

全編が唐手であるところが見ものだ。取っ組み合う柔道と違い、唐手はぴたり静止した「型」が一瞬、手や足を繰り出して交戦、また次の「型」で静止して睨み合うのは、全く映画的だ。船上の大喧嘩に止めに入った岡田は、からみつく相手に目もくれず、拳、肘、突き、蹴りの一閃で次々になぎ倒す。沖縄武道「唐手」の迫力はブルース・リーの如し。

それが、こういう乱闘アクションはとは全く縁がないはずの甘いインテリ二枚目・岡田英次が、白い空手着で髪振り乱して演ずるおもしろさ。一方、片腕となった月形は着物に袴。大物らしく静かに威圧感をみせると思いきや、低く構えたり、高く跳び蹴ったりの大アクション。決闘は波止場から海に延びた一本の細い防波堤に移って、その長い対決は手に汗にぎる。最後に倒された月形は苦しげに「お前、三角蹴りを会得したな」とつぶやく。その肝心の「三角蹴り」が、この当時では特撮ができなかったのかワンカットで写らない(跳ぶところと着地するところだけ)のは残念だけど。

並木鏡太郎は適確なカメラ位置で画面をつくり、俳優も単純に役に徹して、映画作りがとてもうまい。どうやって終わりにするかと思っていたが、浜田百合子、そして月形も乗る船が沖縄に帰ってゆくラストシーンだった。これでよい。

解説ちらしによるとオリジナル本編は75分だが、現存60分の上映だそうだ。そのためか、沖縄酒場で花売りをしたり、波止場をうろうろしてならず者に捕まり、岡田に助けられる香川京子(この後の二人の波止場ショットはここだけ本来の岡田・香川にふさわしいロマンチックさがあって別映画みたい)は、どういう人か不明だが、ラストシーンでそれがわかるとアッと驚く。じっさい観客はかるくどよめいた。その正体は絶対言えません。

並木鏡太郎作品はまだたくさんある。どこかで上映してくれないか。

『永すぎた春』ー三島由紀夫の巧みな通俗小説を田中重雄監督が思い切りおしゃれに映画化

特集「若尾文子映画祭」のチラシ

『永すぎた春』
角川シネマ有楽町 特集「若尾文子映画祭」(9/25~10/22)で上映。

1957(昭和32)年 大映 95分
監督:田中重雄 原作:三島由紀夫 脚本:白坂依志夫 撮影:渡辺公夫 美術:柴田篤二 音楽:古関裕而
出演:若尾文子/川口浩/川崎敬三/船越英二/北原義郎/沢村貞子/角梨枝子/八潮裕子/丸山(美輪)明宏

太田ひとこと:角梨枝子の大人の女の濃い味の魅力。誘惑されてみたい。

東大生の川口浩は、赤門前に昔から続く古書店の看板娘・若尾文子と結婚したい。川口の家は立派な実業家で、母・沢村貞子は家柄の違いを言って反対していたが、次第に若尾を気に入り、大学卒業後を条件に婚約する。

将来が決まって安心した川口は、熱心に結婚実現を願った緊張感を失ってきた。知り合いの画家・川崎敬三の個展に行くと、女好きの川崎の愛人の商業デザイナー角梨枝子に誘惑され、川崎はそれをにやにや見ている。

川口は若尾と結婚するまでは清い関係でいようと決めていたが、若いゆえ、大人の女の誘いに迷い、同級生・北原義郎に相談すると「それもいいだろう」と答える。しかし川口が訪ねた角梨枝子の高級マンションに、やや遅れて若尾を連れて乗り込み「さあここで、自分の本心を言え」と消え、川口は角に決別を告げる。帰り道、若尾はほっとしつつも「どうして私に言ってくれなかったの、今すぐどう」と訴えるが、川口はじっとこらえ、若尾は淋しげに去る。

川口の兄で人の良い船越英二は盲腸で入院、世話する看護婦・八潮裕子に一目ぼれして退院したがらない。見舞いの若尾はなんとなく危うさを感じたが黙っていた。はたして八潮の母は、若尾に気のある川崎に「紹介する」と席を設けて謝礼をねだったり、美人娘をタネに強請をする常習だった。船越は若尾を連れて八潮の家に行き、実態を知って席を蹴る。

婚約期間中にいろいろを見た二人に、卒業まではと言っていた川口の父も折れ、式をあげることにした。披露宴を抜け出した川口は卒業試験にかけつけ、ウエディングドレスの若尾も後を追い、永すぎた春も終わった。

冒頭「春」のタイトルになにやら詩がつき、以降「夏」「秋」「冬」と四章に分けた構成がしゃれている。

「春」。両家の親の顔合わせの席。老舗古書店の学者肌の父と、世間に慣れていささか早とちりの沢村は、同時に口を開いては黙り込み、以降「ごもっともです」の繰り返しで会話が成立しなく川口・若尾は吹き出すばかり。新聞に「老舗古書店に詐欺被害」云々の小さな記事が出て、沢村は「新聞種になるような家とは」と断固決別を夫に言うが、これを見ろと渡された新聞には夫の会社の横領事件が大きく報じられ、沢村はあわてて猫なで声で川口の母を歌舞伎に誘う。

「夏」。川口に個展に誘われおしゃれして来た若尾を見て、ベレー帽にパイプの川崎はさらさらとスケッチを始めたが、書いているのは「ハダカニシタイ」の文字。「先に入っててね」とメモを残して部屋に誘惑した角は、婚約者が現れて面目まるつぶれと思いきや「ふふん」とかわす。

「秋」。川口が開いてやった若尾の誕生パーティーで、川崎が若尾とばかり踊るので機嫌をわるくする。売れない小説を書いている船越は、父の前で悪びれずに結婚話失敗に頭をかき、酒に酔ってマンボを踊り出す。じっと見ていた父は「若尾を連れて怪しげな女の家に乗込んだのは、世間を見させたんだろう」とつぶやく。

「冬」。学生結婚の披露宴に並ぶお偉い東大のセンセイがえんえんと「結婚とは」と演説するのを尻目に二人は抜けだす。

女好きの川崎、人の良い船越。大映を代表する男優二人をいかにも典型的に使うのがよく、えんえんとマンボを踊る船越の後ろ姿にあるものを、ちゃんと台詞で表す奥深さも。

育ちはよいだろうが頼りない純情の川口、控えめに男をじっと見る目がアップをもたせる若尾はぴたり。各章に登場するシャンソン喫茶はいつも美輪明宏がながく歌ってアクセントをつくる。中原淳一(人気女性ファッション誌「それいゆ」編集長)考証とある衣装は皆おしゃれに目を楽しませる。画面はつねにモダンで美しく、とりわけ角のマンションを出た川口・若尾が歩く、遠く電車踏切りが見える夜道のセットはソフトフォーカスがじつに美しく、降りる遮断機が二人の溝を暗示しても、危機感はない甘さがにじむ。

戦前から活躍し、戦後は大映プログラムピクチャーでいつも工夫のある映画つくりを見せる田中重雄は、かかれば必ず見に行く監督の一人。22本を見たがベスト5は『南十字星は偽らず』『東京の瞳』『東京おにぎり娘』『夜は嘘つき』『実は熟したり』。本作は三島由紀夫の巧みな通俗小説を思い切りおしゃれに映画化して言うことなし。いつからか画面に「花瓶の花」を入れるのがこの監督の癖と思い始めたがここでも頻出。

明朗大映印そのもの、カップルで見るのに最適です。

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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