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『チェルノブイリ』と『ジョーカー』の深い関係を 「ショーランナー」と「音楽」から掘り下げる

リアルサウンド

19/10/25(金) 15:30

 『チェルノブイリ』(「スターチャンネル」が独占日本初放送&配信中)エピソード4には「ジョーカー」が登場する。爆発事故で建屋の屋上に飛び散ったまま放置されている炉心の残骸を排除するため、西ドイツの警察からわざわざ取り寄せた作業ロボットの名前だ。ものものしく登場したその「ジョーカー」だったが、毎時21000レントゲンの放射線量が計測されている現場では、マイクロチップの回路が一瞬で破壊されてまともに作動することさえできない。現場の責任者であるソ連閣僚会議副議長ボリス・シチェルビナは、西ドイツ政府に建前の放射線量を伝えたソ連政府上層部に対する怒りを爆発させることになるのだが、『チェルノブイリ』と「ジョーカー」のリンクはそれだけでない。

【動画】『チェルノブイリ』予告映像

 『チェルノブイリ』でショーランナー(製作総指揮と脚本)を手がけているのはクレイグ・メイジン。『最終絶叫計画』シリーズや『ハングオーバー!』シリーズのようなコメディ映画の脚本を手がけてきたアメリカ人の脚本家だ。数少ない非コメディ作品である『スノーホワイト/氷の王国』(2016年)も含め、これまで関わってきたのは続編作品ばかり。過去のフィルモグラフィーからは、「1作目がヒットした映画の続編を引き継いでくれる、器用なコメディ畑の脚本家」以外の印象はなかなか持ちようがない。そんな比較的軽んじられてきた脚本家が、リミテッドシリーズ部門(1シーズンで完結するテレビシリーズ)の作品賞を含む、エミー賞10部門を独占する2019年を代表する傑作テレビシリーズを手がけたことになる。

 同じような話を最近聞いたことがないだろうか? そう、映画界では現在、これまで比較的軽んじられてきたコメディ畑の監督トッド・フィリップスが『ジョーカー』によって世界中で旋風を巻き起こしている。1971年に同じニューヨーク・ブルックリンで生まれたメイジンとフィリップス、『ハングオーバー!』シリーズの2作目と3作目で共同脚本家として密接にタッグを組んでいたこの2人は、その6年後にそれぞれテレビシリーズの世界と映画の世界で同じ時期に最重要クリエイターになったことになる。自分は『ハングオーバー!』シリーズをこよなく愛してきた観客の1人だが、『チェルノブイリ』と『ジョーカー』を実際にこの目で見るまで、2人のここまでの大躍進はまったく予想も予測もできなかった。

 1986年4月26日にソビエト連邦キエフ州のチェルノブイリ原子力発電所で起こった未曽有の事故の現場と、その裏側を5つのエピソードで克明に描いた本作『チェルノブイリ』の作中には、もちろんコメディの要素は基本的にまったくない。なにしろ、物語は現場で事故調査を担当した科学者の自殺で幕を開けるのだ。もしこの極めて陰惨で残酷で悲痛なテレビシリーズにコメディ要素があるとしたら、作中で次から次へと起こる出来事が人道的にも政治的にも映像的にもあまりにも酷すぎて、途中から視聴者がもはや「笑うしかない」ような状況まで追い込まれることだ。トゥマッチな「シリアスさ」において観客を追い込むそのような作品の構造に、「表現が制限されるようになったこの時代、コメディで語れることがなくなってきた」と語る同志フィリップスの『ジョーカー』との類似を指摘することも可能だろう。

 メイジンは、脚本家仲間であるジョン・オーガストとポッドキャストの人気番組『Scriptnotes』を長年配信している。2011年8月(ちょうど彼が『ハングオーバー!』2作目を手がけていた時期だ)から毎週欠かさず火曜日、現在まで422エピソード(!)を重ねている同番組で彼らは脚本執筆について、そして脚本家から見たリアルタイムの映画界&テレビ界のトレンドや作品自体について、時にはゲストの同業者(『ゲーム・オブ・スローンズ』のデビッド・ベニオフやD・B・ワイス、『ブレイキング・バッド』『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のライアン・ジョンソン、『オザーク』のジェイソン・ベイトマンなど)を招いて、長い時は2時間近くにわたって語り合ってきた。また、番組全体がショー仕立てとなって、脚本家としての実験の場にもなることもある。そんな「映画/テレビシリーズ関係者なら必見、でも他に誰が聞いてるの?」な超コアな番組で8年間喋り続けてきたメイジンが辿り着いた、脚本家としての現時点でのロジカルな答えが『チェルノブイリ』の作劇であるならば、本作は単純な「タブーに挑んだ実録スタイルの社会派ドラマ」ではないということになる。

 実際に『チェルノブイリ』全5エピソードの作劇はいわゆる脚本術の基本セオリーを大きく踏み外したもので、自分が最も驚きと興奮を覚えたポイントもそこにあった。事件当日の経過を『24』のようにリアルタイムで追っていくエピソード1。作品のメインキャラクター3人がようやく正式に登場し、ゴルバチョフとの会議を中心に政治劇としての側面が強調されるエピソード2。メインキャラクターの周辺でKGBが蠢き、スパイ劇の様相を帯びてくるエピソード3。バリー・コーガン演じる新しいキャラクターに焦点が当てられ、事故後の処理を巡って『ゲーム・オブ・スローンズ』や『ベター・コール・ソウル』のように同時進行で交わることのない複数の物語が進行するエピソード4。事故の責任を巡って法廷劇として幕を閉じるエピソード5。全エピソードの演出をスウェーデン人監督ヨハン・レンクが手がけていることもあって、作品のルックやリズムに統一感は保たれているものの、実はエピソードごとにジャンルが異なるという、かなり大胆なストーリーテリングのテクニックが駆使されているのだ。

 最後にもう一つ、『ジョーカー』との重要なリンクを。『チェルノブイリ』と『ジョーカー』は、アイスランドの作曲家/チェリスト、ヒドゥル・グドナドッティルの劇伴作曲家としての、それぞれテレビシリーズにおけるデビュー作、そして映画における事実上の単独デビュー作である。昨年亡くなった同郷のヨハン・ヨハンソンに導かれて本格的に映画音楽に関わるようになり、アカデミー音響編集賞を受賞した『レヴェナント: 蘇えりし者』(2016年)でも坂本龍一を作曲・チェロ演奏でサポートする重要な役割を果たしていた現在37歳のグドナドッティルは、エミー賞で最優秀音楽賞を受賞した『チェルノブイリ』と、ヴェネチア国際映画祭で最優秀音楽賞を受賞した『ジョーカー』によって、一躍世界で最も注目される映画音楽家となった。『ジョーカー』を「映画における事実上の単独デビュー作」とするのは、初めて単独でクレジットされた『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』(2018年)が、前作『ボーダーライン』でヨハンソンが手がけたメインテーマ(近年多くの映画音楽家から模倣されている、映画音楽の歴史を変えた名曲「The Beast」)を引き続き使用していたから(映画そのものも同年に亡くなったヨハンソンに捧げられていた)。『ジョーカー』はグドナドッティルが映画音楽家として完全に独り立ちしてから初の作品であり、順番ではその前となる本作『チェルノブイリ』で、初めてドキュメンタリー以外の作品の劇伴を単独で手がけたことになる。

 『チェルノブイリ』におけるグドナドッティルの音楽は、ヨハンソンが映画音楽に持ち込んだ手法を正統に引き継ぐものだ。旋律を聴かせるのではなく、無機質な低音をサブリミナル的に響かせて、作中の状況音と一体化した楽曲。無音の時間を最大限に生かして、ここぞというタイミングで立ち上がる強烈な音圧。『チェルノブイリ』においてトラウマ的に脳裏に刻まれる「音」は発電所内で鳴り響く警報の音だが、グドナドッティルの音楽は、しばしばその警報を擬態するかのように最も嫌な音程と最も嫌なタイミングで挿入されて、恐怖を増幅していく。『ジョーカー』ではヨハンソン仕込みのそうした手法をさらに発展させた新境地を切り拓いているグドナドッティルだが、いずれにせよ両作の芸術的達成に彼女の音楽は不可欠なものだった。

(宇野維正)

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