川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』
デヴィッド・リーン監督『逢びき』の話から…林芙美子、シューベルトが好きな黒澤明…『未完成交響楽』につながりました。
隔週連載
第22回
19/4/16(火)
デヴィッド・リーン監督の『逢びき』は日本では昭和二十三年、1948年に公開され大評判になった。
作家にも影響を与えた。林芙美子の昭和二十五年の作品『茶色の眼』は、妻のいる中年の会社員が、同じ会社で働く、戦争で夫を亡くした未亡人と恋におちる物語で、明らかに『逢びき』の影響を受けている。
作品のなかにも『逢びき』の名が出てくる。
主人公の中川十一氏は、妻と倦怠期にある。子供はいない。同じ会社にいる相良さんという女性に好意を持つようになる。相良さんのほうも、十一氏にやさしくしてくれる。
そんな折、十一氏は若い社員に誘われて『逢びき』を観る。主人公の女性が相良さんに似ているように思う。『逢びき』のなかで二人が、三重接吻したことも憶えている。
ある昼休み、銀座に散歩に出た十一氏は、偶然、相良さんに会う。店内には音楽が流れていて相良さんは言う。「これ、ラフマニノフのピアノ協奏曲の第一番、私、とても好きなんですの……」。林芙美子は「第二番」ではなく、「第一番」と間違えて書いているが、『逢びき』の影響は明らかだろう。
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