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三谷幸喜は意図しなかった!? 『記憶にございません!』寓話だからこそ生まれてしまう現実との比較

リアルサウンド

19/10/4(金) 8:00

 三谷幸喜の最新映画『記憶にございません!』が好調だ。9月13日に公開されて以降、三週連続で興行収入ランキング一位を獲得している。

 本作の他にも、今年は『翔んで埼玉』、『マスカレード・ホテル』、『コンフィデンスマンJP』とフジテレビ関連の映画が立て続けにヒットしている。この三作に流れる娯楽映画のテイストは、90年代のフジテレビのドラマが作ってきたもので、その源流をたどるとやはり『王様のレストラン』や『古畑任三郎』といった三谷幸喜・脚本、石原隆・企画のドラマにたどり着く。その意味でも、フジテレビが今まで作ってきた娯楽映画の集大成が本作だと言えるだろう。

 物語は、記憶喪失の男が総理大臣の黒田啓介(中井貴一)だとわかるところからはじまる。記憶喪失の黒田は秘書とSPに囲まれながら、次々と公務に対応していく。主人公が記憶喪失であるため、観客は黒田の立場になって「もしも自分が同じ立場だったら?」と考えてしまう。つまり、総理の立場を擬似体験できるシミュレーションゲームのような作品だ。

【写真】個性の強い登場キャラ

 パンフレットに収録されたPRODUCTION NOTESによると、「ごくごく普通の人間が、突然総理大臣になったらどうなる? という話をいつかやってみたいなという思いが昔からありました」と三谷は着想のきっかけを語っている。日本の政治の世界で一般人が総理になることはあり得ない、ファンタジーじゃないと無理だと思っていたが、大統領のそっくりさんが本人と入れ替わる映画『デーヴ』を見て、記憶を失ったことにすればいいと気づいたという。

 コメディの中にあるサスペンス要素として記憶回復にまつわる話は終盤まで引っ張られるが、本作において記憶回復はあまり重要ではない。それより大事にされているのは、ダメな総理大臣でダメな父親であった黒田が自分の過去の振る舞いを反省し、人生をやり直そうとする姿勢である。

 黒田は、自分に愛想を尽かして秘書と不倫をしていた妻との関係を修復しようと腐心し、逮捕された息子とも話し合おうとする。このダメなお父さんの再生劇と政治の世界で理想を見失っていた総理としての黒田がもう一度、国民のために正しい政治をしようと奮起する姿が、同じものとして重ねられている。つまり、官邸を舞台にしたホームドラマだったことこそが、幅広い層に支持されている理由ではないかと思う。

 一方、政治モノとしてはどうなのか? 同パンフレットに収録されたインタビューの中で三谷は「僕が作るコメディって、パロディの要素はほとんどないし、風刺喜劇でもないんですね。特に風刺は苦手。主義主張のために、自分の作品を使いたくないんです。だから今回も現実の政界を批判する気は最初からなかった」と語っている。

 確かに本作は、現代日本の政治状況を風刺した作品ではない。黒田の支持率は2.3%。劇中に登場するアメリカ大統領は木村佳乃が演じる日系人の女性であり、現在とはだいぶ違う世界だ。その意味でシチュエーションコメディの舞台装置として政界が選ばれているだけで、現実と切り離された寓話とも言える。

 だが、三谷は意図していなかったのかもしれないが、寓話だからこそ現実の日本の姿と比較しながら観てしまうという、歪んだ鏡のような効果が生まれているのが、本作の面白さであり恐ろしさだろう。はっきり言って、映画の世界の方が、消費税が10%になった今の日本よりも、マシな世界である。

 同時に、政治を題材にしたことで、三谷の中にあるプリミティブなものが滲み出ているのも本作の魅力である。黒田は小学生時代の恩師・柳友一郎(山口崇)を官邸に呼び、政治を一から教えてほしいと頼む。

 三権分立や憲法の3原則(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)について嬉しそうに話す黒田の姿は、いい年の大人、しかも総理大臣が初歩の初歩の話をしているというギャグなのかもしれないが、この学び直そうという姿勢にこそ、一番希望のようなものを感じた。

 本作のプロトタイプと言える1997年のテレビドラマ『総理と呼ばないで』(フジテレビ系)の最終話でも、田村正和が演じる総理が退陣会見の場で日本国憲法の前文のさわりを自分の言葉で話した後で「政治を見捨てないでほしい」と熱弁するのだが、なんだかんだ言って三谷は戦後民主主義と日本国憲法を信頼している。だからこそ、こんな前向きな映画を作ったのだろう。

 陪審員制度を題材にしたハリウッド映画『十二人の怒れる男』への返歌と言える初期の代表作『12人の優しい日本人』から現在に至るまで、三谷の作品にはクラシカルなハリウッド映画に対する憧れと敬意がある。それは、アメリカから与えられた日本国憲法に対する愛情と極めて近いものだ。

 日本国憲法はハリウッド映画のセットのような書き割りの世界だったかもしれないが、それでも今までうまくやってきたじゃないか。だったら、私たちは、このお芝居を演じ続けようじゃないか。そんな想いが、消費増税分ぐらいは込められた映画である。

(成馬零一)

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