メジャーリーガ大谷翔平の2021年シーズンはまさに記録づくめ。投打二刀流の価値と凄さを世界中に知らしめたことが長く記憶されるに違いない。二刀流のスーパースターはクラシック界にも存在する。アルゼンチン出身のイスラエル人指揮者でピアニストのダニエル・バレンボイムだ。

1942年にロシア系ユダヤ人移民の子としてブエノスアイレスに生まれたバレンボイムは、10年後にイスラエルに移住。その才能は素晴らしく、7歳の時に初めてのリサイタルを成功させ、直後に名指揮者イゴール・マルケヴィッチの指揮のクラスを受講。その後パリに渡って名教師ナディア・ブーランジェに師事し、彼女の下で和声学と作曲を学んだ逸材だ。それにしても、ここにもブーランジェが関わっていることに驚かされる（本連載第16回「20世紀のクラシック界を変えた名教師の肖像 “マドモアゼル”　ナディア・ブーランジェ」参照）。

クラシック界も野球界同様、プロの世界の頂点に君臨するのは極めつけの才能ばかりだ。その中において、ピアニスト並みにピアノが上手い指揮者や、指揮者に転身した一流ピアニストは何人も存在するが、指揮者とピアニストを世界最高峰のエリート・レベルで同時にこなしてきたのはバレンボイムだけだ。それを20代から80歳近い現在に至るまでずっと続けてきたことは驚異的だ。

そのバレンボイムの輝かしい軌跡の中でも特に印象的なのが、伝説のチェリスト、ジャクリーヌ・デュプレ（1945-1987）との結婚（1966年）と共演だろう。若き天才ふたりによる素晴らしい演奏は、多発性硬化症という難病によって演奏能力を奪われ、若くしてこの世を去ったデュプレの思い出とともにアルバムに刻まれている。

ユダヤ人であるバレンボイムならではの活動にも注目したい。パレスチナ系アメリカ人文学研究者エドワルド・サイード（1935-2003）と共に設立した「ウエスト＝イースタン・ディヴァン管弦楽団」は、激しく対立するアラブとイスラエル出身の若者たちによる混成集団だ。異文化への理解の象徴であるゲーテの著作『西東詩集』にちなんで命名されたこのオーケストラは、まさに“異文化を理解し共存する”というサイードとバレンボイムの想いが託された存在だ。サイードの死後もバレンボイムの指揮のもと、素晴らしい演奏を聞かせてくれていることは嬉しい限り。折しもこのオーケストラを題材とした映画『クレッシェンド～音楽の架け橋』が、2022年1月28日から全国公開予定なので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

ピアニストとしてのバレンボイムの凄さも見逃せない。多忙な人気指揮者としての旺盛な活動を行いながらピアノ・リサイタルを開き、アルバムを出し続けている姿は超人的だ。しかもそのレベルの高さが半端でないことは言うまでもない。ちなみに発売されたばかりの最新アルバム「ベートーヴェン：ピアノ・ソナタ全集」は、なんと5回目の全曲録音なのだから恐れ入る。

筆者がナビゲーターを務める「J-waveモーニングクラシック」では、バレンボイムの誕生日に当たる11月15日から4日間に渡ってダニエル・バレンボイムを特集。ジャクリーヌ・デュプレとの共演や、「ウエスト＝イースタン・ディヴァン管弦楽団」との名盤。そしてバレンボイムが愛してやまないワーグナーとベートーヴェン作品などを紹介する予定だ。クラシック界が誇る真の二刀流の素晴らしさをぜひご堪能いただきたい。

「J-waveモーニングクラシック」
https://www.j-wave.co.jp/original/tmr/classic/

映画『クレッシェンド～音楽の架け橋』
https://lp.p.pia.jp/shared/cnt-s/cnt-s-11-02_2_4a393ae9-9990-44f3-b1bf-a24952b99937.html

プロフィール

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。

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