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池上彰の 映画で世界がわかる!

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』―この作品を理解するために知っておきたい東ドイツについて

毎月連載

第35回

かつて「東ドイツのボブ・ディラン」と呼ばれた人気のシンガーソングライターのゲアハルト・グンダーマンは、東西ドイツ統一後も人気を保っていましたが、実は秘密警察のスパイでした。実在の歌手の衝撃的な事実を映画化したのが、この作品です。

映画は、東ドイツ時代と統一後のドイツを行き来しながら展開します。

この作品を理解するためには、1990年に消滅した東ドイツ(正式名称はドイツ民主共和国)のことを知る必要があるでしょう。東ドイツが消滅して既に30年も経っているからです。

第二次世界大戦で敗北したドイツは、西半分をアメリカ、イギリス、フランスによって占領され、民主主義国家として再出発します。一方、東半分はソ連によって占領され、ソ連流の社会主義国家になっていきます。

旧ソ連時代、ソ連国内にはスパイ組織KGB(国家保安委員会)のネットワークが張り巡らされ、反政府活動を監視していました。同じように東ドイツには「シュタージ」(国家保安省)が国内にスパイ網を張り巡らしていました。多くの東ドイツ国民がシュタージの協力者にされ、身の回りの人々の言動を監視して密告することが奨励されました。協力者になることを断ると、自身が危険人物とみなされかねないため、渋々協力しなければならなかったのです。

ソ連式の社会主義体制を取ることになったため、東ドイツは西ドイツに比べて貧しく、グンダーマンは、西側へのコンサートツアーを認めるというエサによってシュタージの協力者にされてしまいます。

グンダーマンがたとえ話として言及する「トラビ」とは、東ドイツ製の乗用車「トラバント」のことです。東ドイツでは人気の車でしたが、西ドイツの自動車に比べると、極めて貧弱なものでした。政府の幹部が西側の車に乗っていることにグンダーマンが怒りを爆発させる背景には、東ドイツの貧しさがあるのです。

グンダーマンは炭鉱労働者として働きながらシンガーソングライターとしてバンド活動をしていました。彼が働く炭鉱は、日本にいる私たちから見ると異質な印象を受けるかも知れません。日本の炭鉱は、地下に埋蔵されている石炭を掘り出すのですが、ここの炭鉱は露天掘り。石炭が地表に露出しているから可能なのです。

東ドイツは「ドイツ社会主義統一党」(SED) による事実上の一党独裁でした。「事実上の」と表現するのは、SED以外に4つの政党の存在が認められていたからです。ただし、4政党ともSEDの指導に従うものでしたから、「独裁政権ではない」という言い訳のために存在が許されていただけです。

東ドイツで出世するためにはSEDの党員になるしかありませんでした。グンダーマンも審査を経て党員になりますが、上司に忖度することなくはっきりと職場の問題点を指摘するため、結局は除名されてしまいます。

東西ドイツの統一によって生まれた深刻な問題

ドイツが統一された後、大きな問題になったのが、解体されたシュタージが保管していた膨大な資料が閲覧できるようになったことです。人々は、自分がスパイされていたかどうかを知りたがります。その結果、思いがけない人がスパイだったことがわかったりして大スキャンダルが持ち上がります。

また、他人に告発される前に自ら協力者だったことを告白する人たちも出て来ます。

こんな告白を聞いた人たちは、どのような反応をするのでしょうか。「実は自分も……」と告白する人もいれば、「裏切り者」と糾弾する人も出て来ます。そんな空気の中で、グンダーマンは過去を告白する道を選びます。その告白を聞いた人たちは、どのような態度をとるのでしょうか。

東西ドイツの統一は、世界から歓迎されましたが、旧東ドイツでは深刻な社会の亀裂をもたらしたのです。人間とは複雑で弱いもの。この映画は、そんな人間を描き出します。

掲載写真:『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』
(C) 2018 Pandora Film Produktion GmbH, Kineo Filmproduktion, Pandora Film GmbH & Co. Filmproduktions- und Vertriebs KG, Rundfunk Berlin Brandenburg

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』

5月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開!

監督:アンドレアス・ドレーゼン
脚本:ライラ・シュティーラー
音楽:イェンス・クヴァント
出演:アレクサンダー・シェーア『ソニア ナチスの女スパイ』/アンナ・ウンターベルガー

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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