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樋口尚文 銀幕の個性派たち

石橋蓮司、いぶし銀のアウトロー渡世(後篇)

毎月連載

第58回

20/9/17(木)

『一度も撃ってません』(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

意外や児童劇団の子役から出発して60年代の主に東映のプログラム・ピクチャーでは「個性派」というより「脇役」「端役」の位置に甘んじていた石橋蓮司は、同じく60年代の撮影所の娯楽作で華々しく主役に抜擢されながらお定まりの人物設定と筋書に辟易して東映の岡田茂社長とぶつかってクビになった緑魔子と同志的に結ばれて、30代を迎える前後からは演劇に演技の面白味を見出そうとした。

清水邦夫、蜷川幸雄、蟹江敬三らと組んだ現代人劇場を経て、石橋は緑魔子と劇団「第七病棟」を立ち上げ、やや季節外れになってきたアングラ演劇の掉尾を飾った。そして、石橋が銀幕に「脇役」で色を添えるにとどまらない爪痕を残しはじめたのも、この頃のことである。まさに「第七病棟」を結成して勢いづいた1976年、石橋は日活ロマンポルノの異才・田中登監督の野心作『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』で虚無的な高等遊民ふうの青年が遊戯的殺人にのめってゆくさまを鮮やかに演じた。

もちろん71年のATG作品『あらかじめ失われた恋人たちよ』や74年の同じくATG作品『竜馬暗殺』でも石橋のアウトロー演技は異彩を放っていたが、『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』は大正期の頽廃とニヒリズムから暗い犯罪の情熱にのめってゆく主人公を石橋が嬉々と演ずることによって、作品世界を懐古趣味に陥らせず、シラケながらくすぶる70年代の若者像にも通底するアクチュアルさを獲得した。石橋の演技も、それが支えた作品世界も、記者や評者たちから大いに評価された。

続いて1979年の中上健次原作、神代辰巳監督の日活ロマンポルノ作品『赫い髪の女』ではふたたび『屋根裏の散歩者』の宮下順子と共演、人生の辺境にあるダンプカーの運転手を渾身の演技で造型してみせた。このうらぶれた性=生の涯に行き着いたカップルを、石橋蓮司は言葉少なく、しかし圧倒的な説得力をもって演じきった。

これら銀幕での目覚ましい評価がきっかけで、石橋にはあまたの映画、テレビをまたいでのオファーが舞い込むようになったが、ケッサクだったのはそれらが「個性派」を通過して、変質者や異常者のたぐいばかりであったことだ。そんななかでバイプレーヤーとしての円熟味を増していった石橋が、ちょっと毛色の違う面白い役に出会ったように思えたのが、1994年の深作欣二監督の傑作『忠臣蔵外伝 四谷怪談』だった。この作品で石橋が扮したのは吉良家の重臣・伊藤喜兵衛で、取り潰しとなった赤穂藩からはぐれた浪人の民谷伊右衛門を孫娘の婿に迎えようと画策する。

この異色の冒険作にあって深作欣二はオルフの『カルミナ・ブラーナ』をバックにオペラティックな演技を求め、伊藤喜兵衛も正調の『忠臣蔵』ではお目にかかれないデフォルメされた喜劇性と毒気を発散していた。佐藤浩市の伊右衛門も白塗りの道化のように描かれていたが、彼を篭絡せんとする石橋蓮司の表現も明快に振りきれているので、邪悪なたくらみ多き役なのに全く憎めないのであった。

思えばこのあたりから石橋に求められる役柄は陰気な、もしくは殺気じみたアウトローのみならず、くだんの喜劇性と毒気を含むものが増えてきた。『忠臣蔵外伝 四谷怪談』以降でそんな印象を残した典型例が2013年の北野武監督『アウトレイジ』での組長役だろう。思いきりやくざ社会のやりとりで凄みをきかせていたかと思えば、歯医者での治療中に襲撃を受け、口腔内をドリルでざくざく切られた後、いきなり顔に大きな治療用ギプスを装着させられている、という転調が観客の爆笑を呼んでいた。こんな展開がさまになる俳優というのも、なかなかいないと思う。

右から二人目が石橋蓮司
『一度も撃ってません』(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

こうして50代から79歳の現在に至るの石橋は、笑いと毒をもって自他の演技を活気づける存在として、改めて数々の作品に引用されていった。そしてそんな石橋に久々の主役を頼み、持ち味を全開させたのが阪本順治監督の新作『一度も撃ってません』だ。ハードボイルドの世界にあこがれてキメキメの作家が本当の裏街道の怖さに巻き込まれてゆくコメディだが、丸山昇一の行き届いた脚本が醸すセントラル・アーツ的な匂いのなかで、石橋が同志の「個性派」の猛者たちと愉しげに共演しているのが素晴らしかった。

最新出演作品

『一度も撃ってません』

『一度も撃ってません』
2020年7月3日公開 配給:キノフィルムズ
監督:阪本順治
脚本:丸山昇一
出演:石橋蓮司/大楠道代/岸部一徳/桃井かおり/佐藤浩市/豊川悦司/江口洋介/妻夫木聡/井上真央/柄本明/渋川清彦/小野武彦/柄本佑/濱田マリ/堀部圭亮

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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