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椎名林檎の今だからこそ聴いてほしい作品たち ソロ活動再開以降のキャリアから現在地を辿る

リアルサウンド

18/6/30(土) 10:00

 椎名林檎が、デビュー20周年目にしてついにサブスクリプションを解禁した。鮮烈なデビューから活動休止までの5年間、実験を繰り返し唯一無二のバンドを作り上げた東京事変活動期の8年間……椎名林檎は常に音楽的進化を遂げながら、シーンに刺激を与えてきた存在だ。2012年頃からは、さらに圧倒的な熱量でインパクトのある作品を次々と世に放っている。その挑戦的なアティテュードからは、音楽を純粋に楽しむというより、シーンを牽引しなければならないという使命感がひしひしと伝わってくる。社会に対する強いメッセージ性を備えた楽曲群は、そうした使命感の表れといえよう。ソロ活動再開以降のキャリアから、彼女の現在地を明らかにするとともに、今、サブスクリプションで聴くべき作品を探ってみたい。

(関連:椎名林檎の歩みにも通じる“越える”というテーマ 円堂都司昭『アダムとイヴの林檎』評

 ソロ活動を本格的に再始動したのは10周年を迎えた2008年から。周年記念企画に伴うベストアルバムや本の発売、ライブの開催など、東京事変よりもソロ活動に比重が置かれた。2009年になると椎名林檎は、ドラマのタイアップ曲(「ありあまる富」)やCM出演など、これまでになかった形でのメディア露出も行うようになり、TOKIOやPUFFYといったアーティストのプロデュース業も積極的に務めるようになる。

 2009年リリースのアルバム『三文ゴシップ』は、活動休止前のロックサウンドとは路線を変え、ジャズやR&Bなどブラックミュージックの濃度が高い作品だった。「10年頑張ったら、“いろいろ解き放ってもいいですか?”っていう気持ちが私の中にはあったというか、10年経ってみたらもう疑う人も少ないだろうし、こっちも疑わなくていいんじゃないかなって」「10周年を経て解放されているせいか、レコーディングはホントに自由にやらせていただきました」(OKMusic)と本人自身も語っているように、この頃は自分のやりたいことに忠実になって活動していた時期だったのだろう。

 大きな転機となったのが、東京事変が解散した2012年だ。解散後、椎名林檎はバンドに注いでいた音楽への情熱を、自身に向けている。まず挙げられるのが、凄腕プロデューサーたちとのコラボ作品のリリース(コラボベスト『浮き名』、セルフカバー『逆輸入 ~港湾局~』)だ。冨田 恵一や小林武史、前山田健一……クレジットに記載されている人物は、それぞれ個性が異なる音楽性を持ったJ-POPシーンの大御所たち。決まった相手との楽曲制作が多かった椎名林檎は、鎖国を解くかのように多種多様な人物とタッグを組んだことで、バラエティに富んだ音楽的アプローチを身に付けていく。

 そうした万全の準備の上で作られたのが、2014年にリリースした傑作『日出処』だ。抽象的な表現が多かったこれまでの作品に比べ、はっきりと現代社会を批評した歌詞、ポップでキャッチーなメロディに、どこまでも真撃でストレートなロックサウンド、それぞれの楽器が織り成すグルーヴ……1曲1曲が濃密でありながら、さらっと聴ける聴きやすさも兼ね備えている。『日出処』は、鋭いメッセージ性を備えつつも、音楽好きだけではなく幅広い層のリスナーに届く作品に仕上がった。この作風で制約が多いポップスと真っ向から向き合うのは、椎名林檎にとっても大きな挑戦だったに違いない。

 その後も椎名林檎は、「おとなの掟」、「目抜き通り」、「人生は夢だらけ」など、極上のポップソングを立て続けに手がけた。一方、楽曲のポップさとは裏腹に、メッセージの鋭さにはさらに磨きがかかっている。特に「人生は夢だらけ」の〈この世にあって欲しい物を作るよ〉〈こんな時代じゃあ手間暇かけようが掛けなかろうが終いには一緒くた〉というフレーズには、インターネット以降の社会に対する椎名林檎のシニカルな視点を垣間見ることができて痛快だ。

 なぜ、椎名林檎はこうしたスタイルでポップスに向き合おうとしたのか。理由の一つとして、宇多田ヒカルの不在があったのではないだろうか。椎名林檎は度々インタビューで、宇多田ヒカルの話題に触れ、復帰を切に願ってきた。また、宇多田ヒカルがいないことに対して、『日出処』リリース時のインタビューでは、「シーンが心配という感じかな。今は特にね」(ナタリー)とも語っている。1998年にデビューして以降、椎名林檎と宇多田ヒカルは共にJ-POPシーンを代表する歌姫として第一線を走ってきた。互いに意識しあっていた存在が活動休止したことへの危機感こそが、椎名林檎の使命感に火をつけたように見える。濃密な楽曲からは、そんな彼女の強い意思を感じるのだ。今年、揃ってデビュー20周年となる彼女たちが存在するJ-POPシーンは、今後ますます面白いことになっていくだろう。先日発売された宇多田ヒカルの最新作『初恋』が傑作だったゆえに、椎名林檎の新作にもつい期待が高まってしまう。

 初期の椎名林檎楽曲は、現在も大多数のリスナーに聴かれ続けている。Apple Musicダウンロードランキング(2018年6月26日時点)を見てみると、『無罪モラトリアム』28位、『勝訴ストリップ』71位となっており、一方『日出処』は90位という順位だ。リリースされたばかりのカバーアルバム『アダムとイブの林檎』でも、「正しい街」「丸の内サディスティック」「本能」……と初期の楽曲が並んでいる。だが、彼女の初期のイメージを追い続けるだけでは、あまりにもったいない。椎名林檎は今なお、ミュージシャンとしての最高地点を更新し続けているのだから。かつて『無罪モラトリアム』や『勝訴ストリップ』に夢中になったものの、最近の椎名林檎は聴いていないという人は、まずは『日出処』から近年のソロ作を聴いてみてほしい。(北村奈都樹)

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