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佐野元春を成立させるクリエイティブのかけら

まだ答えはわからない。 あるとしたらそれは自分の新しい曲の中にあると思う。

全14回

第14章

2017年、佐野はTHE COYOTE BANDとの4作目のオリジナルアルバム『MANIJU』をリリースする。タイトルの“MANIJU”とは禅の言葉で、誰しもの心に宿る厄除けのまじないの珠を指す。前作『BLOOD MOON』でのバンドグルーブを踏襲しながら、サイケデリックな領域に踏みこんだ、レトロモダンなポップアルバムだ。

最新作の『MANIJU』は最高だ。でも正直に言って、これがどういうアルバムなのかまだ客観的には語れない。

雑誌やラジオ番組で、アルバムについて尋ねられ、ひと通りの説明をした。ここのところずっと禅の哲学が気になっている。多分最近のソングライティングにも影響が出ていると思う。

でも『MANIJU』には自分でも説明のつかない何かを感じている。自分で作っておいておかしな話だが、表層的な言葉ではくくれない、それは自分の手に余る得体のしれない感覚だ。

新たなピュアネスを表現した「天空バイク」、そして「純恋(すみれ)」。思えば佐野元春の新作は折に触れジャーナリストから“みずみずしい”という言葉で形容されてきた。

意図的にみずみずしくしようとは思っていないけれど、素直な気持ちで曲を書いていると自然にそこに辿り着く。特にステージで歌っているときはそうだ。

ポップ音楽はそれでいいと思う。眉をしかめた表現より、「天空バイク」や「純恋(すみれ)」のような無邪気なポップ表現に僕は賭けたい。今のところはそう思っている。

むしろ『MANIJU』についてはファンのほうがよく理解している気がする。ファンと話せば、もっと別の切り口から話せることもあるかもしれない。自分の音楽を自分で説明するのは好きじゃない。僕の音楽を楽しんでもらって、それぞれに感想をもらうのがうれしい。

その言葉通り、Moto's Web Serverでは近年、作品のリリース時にライターや評論家、リスナーの意見をたびたび募り、特設ページで公開してきた。1枚のアルバムに十人十色の感想が寄せられ、議論が活発になる。この循環を佐野は殊更に重視している。

評論は大歓迎だ。自分の作品に言葉を与えてもらえるなんて光栄なことだ。なかには本質を突いたような評論もあってびっくりする。

現代は「批評」が成り立ちにくいと感じている。そこにはいろいろと理由があると思う。とにかく批評の精神は大事だ。どうか衰退しないでほしい。そのためにも創作者は良い作品を作り続けなければならない。彼らが何か言葉を出さずにはいられないような作品を作ること。それもアーティストの役割だろうと僕は思う。

『BLOOD MOON』以降、佐野は驚異的なペースで作品をリリースする。特に注目するのは『MANIJU』から1年も経たないうちに発表された『自由の岸辺』(2018年)だ。『自由の岸辺』は、2011年の『月と専制君主』に続くセルフカバーアルバムだが、その内容は、オリジナルよりさらに普遍性を増した「新曲集」のように聴こえた。

『月と専制君主』と『自由の岸辺』は、巷によくある「セルフカバーアルバム」にはしたくなかった。「SOMEDAY」や「ガラスのジェネレーション」は入っていないけれど、これもまた自分のある一面だ。

バッキングバンドはThe Hobo King Band。ほぼ毎年行ってきた東京と大阪のBillboard LIVEでのライブがきっかけだ。自分のレパートリーをジャズ、フォーク、ブルースといったアーシーな音楽による再解釈をして演奏してみた。

『月と専制君主』と『自由の岸辺』は流行りのサウンドではない。アコースティックギターやウッドベース、ウーリッツアーやハモンドオルガンといった、生楽器を生かした「シック」なサウンド。そんな大人っぽい洒落っけを楽しんでくれたらうれしい。

またいつか、シリーズ3枚目のアルバムを届けることになると思う。今の自分はCOYOTE BANDでロックして、The Hobo King Bandとジャミングする。そんな感じだ。

続く2019年、佐野はTHE COYOTE BANDと共に配信シングル「愛が分母」をリリースする。『フルーツ』以来、およそ23年ぶりのレコーディングとなるスカパラホーンズ(NARGO/ 北原雅彦 /GAMO/ 谷中敦)を交えて鳴らされた爽快なスカチューンだ。

ロックフェスで新しいオーディエンスの前で演奏するのは楽しい。この年、北海道で行われるフェスでたまたま東京スカパラダイスオーケストラと出演日が重なった。スカパラホーンズとは以前、一緒にツアーしたことがある。そのフェスでもう一度共演しようという話になって書いたのが、この「愛が分母」だ。悪天候のため中止になったのが残念だ。そのうち実現したい。

さらに同年10月、佐野はオリジナルアルバム『或る秋の日』をリリースする。本作にはTHE COYOTE BANDの名もThe Hobo King Bandの名もクレジットされていない。ひとりのシンガーソングライターとしての佐野元春個人名義のアルバムである。シングルとして配信された「君がいなくちゃ」を含む8曲に描かれていたのは、いずれも人生の晩秋を生きる男女の深淵な味わいに満ちたラブストーリーだった。

『或る秋の日』は、ほとんど宣伝しなかったけれどよく売れた。しかも予想以上に多くのファンが気に入ってくれた。

このアルバムはどちらかというと私的な作品だ。バッキングはTHE COYOTE BANDが協力してくれた。コヨーテとのバンドアルバムには収録しなかったシンガーソングライター傾向の曲を集めた。

同作では人生の晩秋にあたる人たちの日常を唄ってみた。映画でいえば小津安二郎やエリック・ロメールの世界だ。

DaisyMusicの設立から14年の歳月を駆け抜けてきた。新しいバンドの結成。アルバムのリリース。レーベルの運営。すべてを円滑に進め、なおかつ表現者としての活動も曇りなく継続していく。佐野の砕身も並大抵ではなかったはずだ。事実、『或る秋の日』のアルバム帯に載せられていたキャッチコピーは「愛も闘争もひとやすみ」だった。

確かに愛も闘争も疲れる。これまで出してきたバンドアルバムではずっとファイティングポーズを取ってきた。でもそればかりじゃ身が持たない。「少し休ませてくれよ」という気持ちになる。

一方、『或る秋の日』では、普段自分が描く主人公よりも弱くて人間臭い人が主人公だ。ロバート・デ・ニーロがタフなギャング映画の合間にロマンティックコメディを演じたように、僕も少しだけ気を抜いて曲を書いてみた。きっと自分の中で緩急のバランスを取っていたんだと思う。

そして2020年。佐野にとってデビュー40周年の年だった。大規模なツアーを予定していたが、その計画はコロナ禍という未曾有の事態によって阻まれてしまった。彼はここでもすかさずアクションを起こす。4月9日、THE COYOTE BANDと共に「この道(Social Distancing Version)」を緊急リリースしたのだ。行政側から自粛要請が出た2日後のことだった。

コロナ禍という状況を迎えて、いまこの時にソングライターである自分は何ができるかを考えた。映像はバンドメンバーがそれぞれの家で演奏したビデオを集めて編集した。

実はコロナ禍による自粛期間に入る前、佐野はアニバーサリーイヤーを飾る、新作オリジナルアルバムの準備を進めていたという。

何曲かもうレコーディングを済ませていた。ところがコロナ禍になって、自分の中で、以前に書いた曲があまり響かなくなってしまった。今は改めて新しい曲を書きはじめている。まだ試行錯誤しているけれど、2021年には新作アルバムを発表したい。

先行きが見えないコロナ禍のなか、佐野は「この道(Social Distancing Version)」に続いて「エンタテイメント!」、「合言葉 - Save It for a Sunny Day』と、この時代に生きるリスナーを励まし、勇気づけるシングルをリリースする。さらには40周年記念イベント「Save It for a Sunny Day」をオンライン上で開催。「コロナ禍が明けた後の新しい日のために、今ある夢や計画を大事に」というメッセージのもと、秘蔵映像によるフィルムフェスティバルや記念グッズの販売、元春レイディオショーなどを展開した。この収益は新型コロナ感染拡大の影響で困窮するミュージシャンやコンサート制作スタッフなど、音楽制作者支援の基金に役立てられた。

このコロナ禍を生きる人たちに、自分から一球、また一球と球を投げている。十分ではないけれど、音楽を通じてキャッチボールができている。そんな手応えを感じている。

コロナ禍への自分の思いは「合言葉 - Save It for a Sunny Day」の歌詞、「古い世界 / 蒼い未来 / どこにも行けない」。このラインにすべての想いを込めた。自分ではなかなかいいライミングだと思っている。まぁ敢えて説明しなくたって、ファンはきっと直感的に意図を感じてくれているだろう。

NHKのTV番組『SONGS』におけるインタビューで、佐野は「娯楽の先の表現に行きつきたい」と語った。佐野にとってエンタテインメントとは何か。

娯楽=エンタテインメントの先にはアートがある。そう僕は思う。子供の頃にディズニーや手塚治虫の漫画を楽しみ、十代でポップ音楽に目覚めた。いい本や映画に出会うたびに「この先はどうなっているのだろうか」と、深い森に分け入っていった。自分にとってエンタテインメントとは、表現や文化の入り口に続く金鉱のようなものだ。

そしてロックンロールは鳴り響く。森の先へと分け入る探究心が衰えることはない。

コロナ禍を通してわかった。もう昔には戻れない。それを前提に、これから先どんな表現をしていくか、それを探している。

佐野はジャパニーズポップ/ロックの黎明期から40年を経た今日まで、日本語ポップロック表現の可能性を広げ、今もなおシーンの最前線で走り続けるアーティストだ。文学的な領域に分け入り、多様な音楽ジャンルをまたぎながら、高い先進性と実験性をもって言葉とメロディとの融合を果敢に行ってきた功績は大きい。佐野の40周年を記念してリリースされたふたつのベストアルバム、『佐野元春グレイテスト・ソング・コレクション 1980 - 2004』と『ジ・エッセンシャル・トラックス 佐野元春 & ザ・コヨーテバンド 2005 - 2020』からも伝わってくるのは、佐野のソングライターとしてのブレのなさだ。その信念はどこからくるのだろうか。

僕にとって音楽を続けるという行為は自己満足でも慈善事業でもない。自分に誠実であること。そして、それを証明し続けることだ。迷子になったり、虚無的になったり、時には偽善的になったりすることもあるけれど、できるだけいつも自分自身でいたいと思う。その思いはこれからもずっと続いていく。まだ答えはわからない。あるとしたらそれは自分の新しい曲の中にあると思う。

最後に佐野にとっての座右の銘を届けて連載を閉じたい。

僕の座右の銘は「あわてて落ち着け」。米国のコメディ『The Three Stooges』(邦題:『三ばか大将』)で、石頭のカーリーがつぶやいた言葉。「これだ!」と思ってずっと大事にしている。人生でパニックに陥りそうになるときは、いつもこの言葉を自分に言い聞かせている。ロックンロールの本質かもしれない。どう思う?

取材・文/内田正樹
写真を無断で転載、改変、ネット上で公開することを固く禁じます

当連載は、今回で最終回です。ご愛読ありがとうございます。 ご感想をぜひコメント欄にお寄せください。

プロフィール

佐野元春(さの もとはる)

日本のロックシーンを牽引するシンガーソングライター、音楽プロデューサー、詩人。ラジオDJ。1980年3月21日、シングル「アンジェリーナ」で歌手デビュー。ストリートから生まれるメッセージを内包した歌詞、ロックンロールを基軸としながら多彩な音楽性を取り入れたサウンド、ラップやスポークンワーズなどの新しい手法、メディアとの緊密かつ自在なコミュニケーションなど、常に第一線で活躍。松田聖子、沢田研二らへの楽曲提供でも知られる。デビュー40周年を記念し、2020年10月7日、ザ・コヨーテバンドのベストアルバム『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』と、24年間の代表曲・重要曲を3枚組にまとめた特別盤『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』がリリースされた。佐野元春 & THE COYOTE BANDの新シングル「合言葉 - Save It for a Sunny Day」iTunes Storeで販売中。

『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』
『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』

佐野元春 & THE COYOTE BAND TOUR 2020「SAVE IT FOR A SUNNY DAY」

12月19日(土)京都・ロームシアター京都 開場17:00 / 開演18:00
12月21日(月)大阪・フェスティバルホール

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