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『イエスタデイ』が描く、世界を塗り替える音楽の力 名匠2人による“ビートルズを知らない世界線”

リアルサウンド

20/4/22(水) 19:00

 コロナウイルスで激動の社会状況下ですが、皆さん、無事に映画は楽しめているでしょうか? 映画館は休業し自宅にいることが求められている現状にあまり根詰めていても仕方ないけれど、だからといって社会状況とかけ離れたものを気晴らしに観ているだけというのも辛い、という方には特におすすめしたい作品をひとつ紹介する。

【特別映像】エド・シーランが語る『イエスタデイ』 ザ・ビートルズの名曲が彩る

 昨秋日本で公開になった『イエスタデイ』。鬱屈とした気持ちを吹き飛ばすようなコメディ、愛すべき音楽の素晴らしさに涙できる、ロックでポップなファンタジー作品であり、監督は『スラムドッグ$ミリオネア』『トレインスポッティング』のダニー・ボイル、脚本は『ラブ・アクチュアリー』『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』『ノッティングヒルの恋人』などラブコメディの名匠、リチャード・カーティス。そしてテーマはなんと言っても、“あの”世界中誰もが知るビートルズ。しかし今回、この英国映画界を代表するふたりが組んで手がけたのは、登場する人々のほぼ誰もが“ビートルズを知らない世界線”のお話だ。

 主人公のジャック・マリクは英国のサフォークでなかずとばずのシンガーソングライターをしているが、ある日、全世界で12秒間の停電が起きた時に事故に遭い、その後、目を覚ましてみるとそこは誰もビートルズを知らない世界になっていた。自分の記憶には確かに存在していてさらりと口ずさめるのに、持っていたはずのレコードもなければ、インターネットを検索したとてカブトムシしか検索結果に上がってこない。そんな世界の中でジャックがビートルズの名曲を歌えば、世界はどんどん熱狂し、SNSなどでも話題沸騰、一気に彼は世界のスターダムにのし上がっていくが……!? というパラレルワールドが描かれているが、とにかく細部までビートルズ愛、英国音楽と文化への愛が詰め込まれていてそれだけで拍手喝采、心があたたまる。

 しかもなんと、現行の世界的なポップス界を牽引する存在のひとりである“あの”エド・シーランが本人役で登場するのだが、もうその設定の全てにもいちいち笑ってしまう(ちなみに、この映画の主人公のジャックが住むサフォークという郊外の平和な町は、エド・シーラン自身の出身地でもある)。映画の前半、特に英国を中心にストーリーが展開するうちは、少なくとも3分に一度はくすっと、どころか声を上げて笑うポイントが仕掛けられているように感じられたし、日本でも名だたるスターが登場するカープールカラオケの映像などで恐らく知っている人も多いであろうアメリカの番組『ザ・レイト・レイト・ショー』や、エド・シーランのウェンブリースタジアムでのライブが再現されている場面など、圧巻の音楽劇でもありショービズの世界を描いた作品としての顔も持つ。英国人にとっての素朴さもある音楽、そして米国ならではのワールドワイドな音楽ビジネスとスターダムへの夢の道。その間で、自分だけが記憶を頼りにビートルズの名曲の数々を披露するだけで、世界がどんどん熱狂していくというこの滑稽さ。

 個人的には、「Eleanor Rigby」の歌詞のくだりが思い出しにくい……という辺りなどが本当に「わかる!!」と膝を打ったが、おそらくこの作品を観ている人たちは誰もが皆、それぞれにちょっとずつ、くすっと笑ってしまう部分に出会うことだろう。加えて、先日、日本の地上波テレビで放送となっていた実写版『シンデレラ』の主演でもあるリリー・ジェームズがヒロインを務めているのもまた観ていて飽きない。

 世界中がひとつの同じ事象に向けてひたすらに思考していると言っても過言ではないこの非常に特殊な2020年の今だからこそ、世界中の誰もが知っているはずの存在をもし自分だけが知っていたらという全くこれまでに体験したことのない状況を、全員で想像してみるのは興味深いことだ。何度も書くように「もし、世界にビートルズが存在していなかったら」がこの『イエスタデイ』のたったひとつのテーマだが、それと同様に「もし今、○○が存在していなかったら」「もし今まで当たり前にあった○○がこの先の世界になくなったら」とあらゆる事象に置き換えて想像してみるのに、これほど適したタイミングもないかもしれない。この地球全体を覆う大きすぎるほどのテーマに遭遇した私たちは、このコロナ禍によって、何を失うのか。何が忘れられていくのか。変わった世界の後では何が普遍としてして残り、そしてその先には、何が生まれるのか。

 今、私たちに求められるのは、これまでに誰も体験したことのない世界を生きるための、想像力だ。あらためてこのタイミングで『イエスタデイ』を観ると、そんなことすら考えさせられるのだった。普遍が大転換してしまった世界とは一体どんなものだろうか。たった1カ月前、むしろ“昨日”のことすら思い出しにくいほどの激動の今だからこそ、笑って想像力も掻き立てられる映画『イエスタデイ』を是非観て楽しんで、たまに少し恐ろしさも感じてみてほしい。

 ちなみに「もし、ビートルズがいなかったら、あのバンドもいないはず」ということの象徴として作中にあるバンドが触れられているが、ダニー・ボイル監督が次回作で手がけるのはまさにそのバンドだというから、また一興といったところだ。音楽は一夜にして世界を塗り替えることができる力を持った存在である。そんなことを考えながら、この状況下を生き抜いて、またダニー・ボイルの新作にも出会いたい。

(鈴木絵美里)

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