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Kan Sanoが追求するサウンドのオリジナリティ 全てを一人で作り上げた『Ghost Notes』を語る

リアルサウンド

19/5/22(水) 7:00

 鍵盤奏者Kan Sanoによる、通算4枚目のアルバム『Ghost Notes』がリリースされる。

 前作『K is s』からおよそ2年ぶりとなる本作は、作詞作曲はもちろん、演奏やミックス、そしてボーカルまで全てを一人で行い作り上げた意欲作。彼の原点である90年代ネオソウルや70年代ブラックミュージックに根ざしながらも、低音の作り込みやレンジの広がりなど「ジェイムス・ブレイク以降」のサウンドプロダクションが施されており、さらにSanoが持つメランコリックなメロディセンスやコード感が絶妙にブレンドするなど、唯一無二のオリジナリティを誇っている。

 なお、初回盤にはディアンジェロやエイドリアナ・エヴァンス、サム・クックなど「今作を作る上でインスピレーションを受けた」というアーティストの楽曲を、ソロピアノでカバーしたボーナスディスクを付属。彼のルーツを知る上でも貴重な内容だ。

 CharaやKIRINJI、藤原さくらなどジャンルも世代も様々なミュージシャンからラブコールを受け、プロデュースやリミックス、客演といったコラボレーションを展開。トム・ミッシュら海外アーティストも注目し、最近では自身がリーダーを務めるバンド、Last Electroとしての活動も精力的に行なっているSano。様々な「顔」を持つ彼は一体何者なのか。リアルサウンドでは初登場となる彼に、新作はもちろんライフストーリーについてもじっくり聞いた。(黒田隆憲)

(関連:「Suchmos以降」の視点で見る、2017年のキープレイヤーたち

■音楽以外、他の選択肢は何もなかった

ーーもともとSanoさんは、どのようなきっかけで音楽に目覚めたのですか?

Sano:小学校5年生くらいの頃、ちょうどMr.Childrenが流行っていて。「かっこいいな」と思って家にあったクラシックギターを引っ張り出してきて、見よう見まねで弾き語りをしてみたのが最初ですかね。家にはピアノもあったので、習っていた時期もあったんですけど続かなくて。音大に行くまではほぼ独学で弾いていましたね、The Beatlesの譜面を見てコードを覚えたり。入口がポップスやロックだったので、クラシックの楽曲を譜面通りに弾くのはあまり好きじゃなかったんですよ。それよりはコードを押さえつつアドリブを入れながら弾く方が楽しかったのだと思います。

ーーミスチルがきっかけだったのですね。Sanoさんのポップセンスはそこから始まっている。

Sano:初めて買ったCDが『innocent world』(1994年)のシングルで、その年にThe Beatlesも聴き始めて。『Abbey Road』(1969年)が最初だったのかな。そこからはThe Beatlesのアルバムをひたすら聴いていました。中学校の3年間はそんな感じでしたね。未だにThe Beatlesは好きで聴いています。

ーー曲作りを始めたのもその頃?

Sano:そうですね。「自分で作った楽曲を、自分で演奏して歌いたい」という気持ちが強かったので、割と早くから曲作りはしていました。録音機材なども何も持っていなかったし、使い方もそもそも分からなかったんですけど、ラジカセを2台使ってピンポン録音などをしていました。

ーー思えばThe Beatles周辺にも、素晴らしい鍵盤奏者がいましたよね、ビリー・プレストンとか。

Sano:好きでしたね、ニッキー・ホプキンスとか。The Beatlesから好きになったミュージシャンは、例えばエリック・クラプトンとか鍵盤奏者以外でもたくさんいました。

ーーそこからブラックミュージックへたどり着いたと。

Sano:The Beatlesを聴いていた頃から、ファンキーなものが結構好きで。彼らの楽曲の中でもブラックミュージックの要素があるもの、例えば「Taxman」や「I’ve Got a Feeling」のような、16ビートの楽曲に惹かれる傾向があるって自分でも気づいたんです。それで、スティーヴィー・ワンダーとか有名な人から入っていって、さらにビル・エヴァンスやハービー・ハンコックのようなジャズ界隈にも興味がいって。

 そうすると、いろんなテンションノートとか知るようになり、もっと複雑なボイシングがあることも分かってくるのですが、自分ではどう弾いたら良いのか分からなくて。やっぱりジャズとかアカデミックなことをやろうと思うと、独学では限界があったので、ちゃんと勉強したいと思って留学しました。バークリー(音楽大学)はピアノ専攻ジャズ作曲科で、ビッグバンドのスコアなどを研究しつつDTMも本格的にやるようになりました。

ーー以前、お話を聞いたときに「ディアンジェロやエリカ・バドゥのヨレた演奏の凄さは、向こうへ留学してわかった」とおっしゃっていましたよね?

Sano:そうなんです。留学前はジョン・スコフィールドやMedeski Martin & Woodのようなジャムバンドが好きで、地元の大学のジャズ研の人たちとそういうバンドを組んでいました。で、留学した頃というのはヒップホップがルーツにあるような音楽を、プレーヤーたちが生で演奏していたのが印象的だったんですよね。みんなThe ROOTSのクエストラヴが大好き、みたいな(笑)。その流れでディアンジェロの『Voodoo』(2000年)を聴き直してみた時に、これはすげえアルバムだなということに気づいたんです。

ーー帰国してからは、すぐに音楽の仕事を精力的にされていたのですか?

Sano:いや、今のように仕事は全然なくて。ホテルのラウンジでピアノを弾いたり、箱バンやピアノのレッスンをやったりしていましたね。その合間を縫って、デモテープを制作して。当時はアメリカよりもイギリスやドイツの音楽、例えばクラブジャズやクロスオーバー系の音楽が好きだったので、ジャイルス・ピーターソンのレーベルにはよくデモを送っていましたね。

ーーそういう活動を、当時は1人でやっていたのですか?

Sano:2006年に東京に出て来て、2011年に初めてアルバムを出すのですが、その間は完全に1人で動いていました。自分でMySpaceやSoundCloudに音源をアップしていましたが最初は反応も全然なくて。めちゃくちゃ辛かったですね(笑)。

ーーそんな中、当時はどんなモチベーションで続けていたのでしょうか。

Sano:音楽以外の道は考えられないというか、他の選択肢は何もなかったんですよね。小学校の卒業アルバムに「将来の夢はミュージシャンになること」と書いて以来、それしか見ていなかったのかも(笑)。

 ジャイルスに初めてラジオでかけてもらったのが2010年だったと思うんですけど、その時はメチャメチャ嬉しかったですね。その時のことは忘れられない。あと、初めてコンピレーションCDに入れてもらった時とか。続けていてヘコむことや落ち込むことも多かったですけど、そういう成果が少しでもあると、それが糧にはなっていたと思います。

ーーなるほど。

Sano:SNSを使い始めてからは、国内外の様々なリスナーからダイレクトな声が届くようになり、それもモチベーションとしては、かなり大きかったと思います。曲を作ってその日の晩にアップすると、1分後には「やべえ!」みたいなコメントがバーっと来るっていう(笑)。その反応の速さには結構力づけられました。

ーー1stアルバム『Fantastic Farewell』をCIRCULATIONSから出したのは2011年ですね。

Sano:レーベル元のCIRCULATIONSがビートミュージックの強いところで、僕的にもすごく好きなジャンルだったので、サウンド的にはそっちへ振り切ったアルバムになりました。

ーーorigamiへの移籍は、mabanuaさんのサポートがきっかけ?

Sano:そうです。移籍して、最初に作ったアルバムが『2.0.1.1.』(2014年)。その時に目指していたのは、自分が好きなビートミュージックの要素と、自分の強みであるピアノストとしてのキャラクターを融合させたサウンドでした。当時は「Bennetrhodes」という別名義でアルバムを出すなど他にも色々やっていたんですけど、自分で何をやりたいのかわからなくなっていて(笑)。それでスタッフから出たアイデアに乗っかってみる形で始めたんです。

■ブラックカルチャーと日本人的要素が混じり合ったオリジナリティ

ーーアルバムを出すごとに、サウンドコンセプトも大きく変わっていきますよね?

Sano:1枚アルバムを作ると、次は違うことをやりたくなる性分というか(笑)。『2.0.1.1.』の時はゲストをたくさん呼んで、ドラムもmabanuaや神谷洵平くんなど、複数の人に叩いてもらったのですが、次の『k is s』(2016年)では全部自分で打ち込んで、アップテンポな曲を増やしました。ミックスダウンが終わってマスタリングの作業に入っている時は、いつも次の作品のことを考えているんです。とにかく、早く作りたくてしかたないという(笑)。

ーーじゃあ、本作『Ghost Notes』は、『k is s』を作り終えた時にはもう構想を練っていた?

Sano:練っていましたね(笑)。なんとなく「次は生楽器主体でやりたい」という風に考えていました。

ーー今回のアルバムを作る上でインスパイアされたものは何かありましたか?

Sano:もともとのスタートとしては、10代や20代の頃に聴いていたネオソウルと、もう一度向き合ってみたいというのがまずありました。当時はまだ自分にその力量がなかったので、ちゃんとアウトプット出来ていなかった気がしていて。今ならそれが出来るので、ちゃんとカタチに残しておこうと。厳密にいうと、ディアンジェロやエリカ・バドゥの作品の中でも僕が好きだったのは、J・ディラがトラックを組んでいる曲よりクエストラヴが生ドラムを叩いている曲だったんですよね。

ーー要は、「生音のネオソウル」を追求しようと。

Sano:そうすると、彼らのルーツである70年代のソウル……ロイ・エアーズやハービー・ハンコックのようなジャズファンクからの影響も、アルバムには出ていると思います。僕はエイドリアナ・エヴァンスの1stアルバム『エイドリアナ・エヴァンス』(1997年)がすごく好きなんですけど、それがものすごく洗練されたヒップホップ・ビートなんですよね。今作を作る前によく聴いていたので、その影響もあると思います。

ーー90年代のネオソウルや、そのルーツである70年代のブラックミュージックにインスパイアされつつも、コンテンポラリーなサウンドになっているのが興味深いですよね。

Sano:そう思ってもらえたら嬉しいです(笑)。そこは、作る時にすごく意識したというか、考えたところでした。もちろん作為的に取り込むのではなく、自然に醸し出すにはどうしたら良いのかと。

 僕は今、クラブシーンの中にいるので、いろんな人と関わる機会も多いし、何が新しくてどんなものが流行るのか、そういう情報も入ってくるんですけど、そういうトレンドとは常に距離を保っていたいタイプなんですよね。それでいて、完全に外れてはいないというか(笑)。きっとそれは、今この時代を真剣に生きていれば、自然とそうなるんじゃないかなと。とにかく「今、自分が聴きたい音」を作ることに集中していました。

ーー具体的なところでいうと、とにかく低音がすごい。「Stars In Your Eyes」のベース音など、胃がせり上がってくるようです。

Sano:低音を出すというのは、ここ最近の音楽に共通している要素だと思うんですけど、今回ドラムは生でも低音は欲しいので、Roland「TR-808」のキックを後から足したり、スネアにも薄くシンセを重ねたりしていますね。そこが、70年代のソウルや、90年代のネオソウルとの違いにもなっているのかもしれない。

ーーそれと、先行シングル「Sit At The Piano」のような楽曲には、日本人の琴線に触れるコード感やフレーズが散りばめられていて。それがネオソウルのグルーヴと融合しているところが、Sanoさんのオリジナリティになっているのかなと思いました。

Sano:ああ、確かに。自分の中にある日本っぽいテクスチャーは、例えばピアノ作品などソロ名義とは別の活動で出していたんですけど、そういう枠組みみたいなものも段々なくなってきていて。「Sit At The Piano」では自然に融合出来たなと思っています。作為的なことは何も考えず、頭の中にふと浮かんだというか。

 あと、Nujabesさんや、彼と一緒にやっていたUyama Hirotoさんの音楽を、最近またよく聴いていて。彼らの音楽は、10年くらい前の自分はどちらかというと避けていたところもあったんですけど、今聴くとやっぱり「いいな」と思ったりして。それって時代の変化も関係していると思いますし、僕自身が色んなアーティストと関わるようになったのも大きいかもしれないですね。

ーー今回、ドラムやトランペットなども全て演奏しているのですか?

Sano:はい。トランペットは、高校の吹奏楽部でやっていたことがあって、今回久しぶりに引っ張り出してきて演奏しました。とにかく「生楽器主体でやりたい」というのがあったので、鍵盤はフェンダーのRhodesをメインに、いつもならシンセで入れるようなフレーズも、ギターやトランペットに置き換えてみようと。Rhodesの音色は、昔から大好きだったんですよね。ネオソウルやオリジナルソウルを代表する楽器でもありますし。最近はシンセサウンドが巷に溢れすぎていて。みんなカッコいいしクオリティも高いんですけど、同じような音ばっかりだなという感じもしていたので、ちょっと違うものを作りたかったというのもありました。

ーー歌詞はどのように取り組みましたか?

Sano:もともと自分のサウンドや声質は「夜」っぽいなと思っていたし、周りの人たちにもよく言われるので、今回はとことん夜のイメージで作っていこうと思って。でも、歌詞を本格的に書くのは前作くらいが初めての経験だったので、まだ自分の書き方が見つかっていない感じなんですよね。試行錯誤しているところというか。

 ピアノなら例えばビル・エヴァンスがいて、キース・ジャレットが……みたいな、なんとなく系譜や歴史が分かっているんですけど、歌詞に関してはそれが全くわからなかったので、自分が好きで聴いているミュージシャンや、尊敬しているアーティストがどういう歌詞を書いているのかを改めて読み直すなどはしましたね。その上で、自分がどういうものを書くのか決めていきました。

ーー例えばどんなアーティストに刺激を受けましたか?

Sano:例えばCharaさんや七尾旅人さん、去年ツアーで参加したKIRINJIの堀込高樹さんなど、僕の周りは本当にすごい人たちばかりなんですよね。今の自分では、そのレベルには到底たどり着かないですけど、とにかく今回は素直に、個人的な感情に沿った言葉を選びました。アルバムタイトルが『Ghost Notes』という音楽用語にしているのも、自分にとって一番リアリティのある言葉だったからだと思うんです。

ーーミックスダウンはどんなところにこだわりましたか?

Sano:これもタイトルの『Ghost Notes』が象徴しているように、細かいニュアンスが聴き取れるようにしたくて。音をどんどん詰め込んでいくと、一つ一つの音が聞こえづらくなるじゃないですか。なるべく音数を少なくすることは心がけました。例えばRhodesって鍵盤を離した時に、ちょっと音が鳴るんですよ。それがシンセには出せないグルーヴ感にも繋がっていて。そういう細かいニュアンスを生かすように心がけました。

ーー音数を少なくすれば、その分1音の持つ存在感や説得力が増しますよね。

Sano:20代の頃は、自分に自信がなくてそういうことをあまりやらなかったんですけど、30歳を過ぎて、自分の演奏にいい意味で自信と諦めが出来たというか(笑)。もちろん、まだまだ満足はしていないし「自分はこんなもんじゃない」という気持ちもあるんだけど、「こんなことくらいは出来るんだぜ?」っていう気持ちもあって。なるべく弾いたまま、録ったままのサウンドをパッケージしたかったんですよね。

ーー「諦める」って、「己を知る」という意味でも大切なことなのかもしれないですよね。何が出来て、何が出来ないのかを見極める強さというか。

Sano:そうなんですよね。確かに、そこは明確になった気がします。だからこその自信とも言えるのかな。僕今、80歳まで音楽を続けたいと思っていて。

ーー80歳までですか?

Sano:アルバムを出したいんですよね、80歳くらいまで。というのも、もしこの先音楽をリタイアして「次に何をやるだろう?」と想像してみても、何も浮かばないんですよ。なのできっと、死ぬまで音楽を続けるのだろうし。だとしたら、今いかに健康的な体を維持してコンスタントに作品を作るにはどうしたらいいのかを、ここ最近は考えています(笑)。僕がやっているような音楽は、決して万人ウケするようなものではないと思うんですけど、仮に1年に1枚ずつ出したとしたら、あと4、50枚は作れるから(笑)。まだまだ色んな事が出来るし、トータルで100万枚売れれば自分としては万々歳なのかなって。1枚で100万枚狙わなくてもいいと思う。

ーーこの先もずっとSanoさんの作品が聴けるのは、ファンとしてとても嬉しいことです。最後に、本作を作り終えて改めて気づいたことを教えてもらえますか?

Sano:僕、「ゴースト・ノート」という言葉が昔から好きなんですよね。アメリカの音楽用語なんだけど、直訳すると「幽霊の音」で、見えないものの存在を感じたり、不確かなもの、小さなものに価値を見出したりするところはちょっと日本っぽいし、自分の価値観の根本にもある気がして。さっきも話したように、アメリカのブラックカルチャーと、日本人的な要素が混じり合った音楽というのが、自分のオリジナリティだと思うので、これからもそういう作品を作っていきたいですね。(黒田隆憲)

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