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伊藤健太郎の原点は『アシガール』にあった どんな役にもピタリとハマる“中庸さ”

リアルサウンド

20/7/23(木) 8:00

 それまで名前を知らなかった俳優が、とんでもない才能の花を開かせる瞬間に出くわすことほど嬉しいことはない。ドラマ『アシガール』(2017年・NHK総合)で伊藤健太郎が放つ異彩を目の当たりにできた視聴者はラッキーだったし、伊藤にとって本作品は間違いなくブレイクスルーのきっかけになったと言っていいだろう。

参考:『アシガール』アンコール放送で再確認! 黒島結菜&伊藤健太郎の飛躍に繋がった重要作に

 本放送がスタートした2017年9月の時点では、まだ旧芸名の「健太郎」名義で活動していた伊藤健太郎。モデルから転身して2014年に17歳でドラマ『昼顔』(フジテレビ系)にて俳優デビュー、その後出演作を重ねていたものの、「名刺代わり」と言えるほどの作品はまだなかった。

 人気漫画『アシガール』のドラマ化とあって話題を呼んだ本作品の制作発表の時点で、世間はまだ彼のことを「すでに実績のある若手女優・黒島結菜が演じるヒロインの“相手役”」としか認識していなかったのではないだろうか。ところが放送が始まるや、伊藤健太郎の圧倒的な存在感と演技力、「彼以外に若君の実写化はあり得ない」と思わせる説得力に引き込まれ、ドラマ中盤以降では誰もが「黒島×伊藤のW主演」と認識するようになった。

 あれから3年。今や主演ドラマ・主演映画が目白押し、押しも押されもせぬ人気俳優となった伊藤健太郎だが、新型コロナウイルスの影響により出演作が次々と公開延期の憂き目にあった今春夏、彼の最初の名刺的作品『アシガール』がアンコール放送され、その演技の“原点”を再確認することができた。

 第1話で、ヒロイン・唯之助こと速川唯(黒島結菜)が羽木家の若君・九八郎忠清(伊藤健太郎)と出会うシーンが忘れられない。若君の第一声「どこから参った?」に胸を射抜かれたのは唯だけではない。その気品あふれるオーラ、凛とした眼差し、一瞬で「ああ、これはまごうことなき若君だ」と納得させてしまう佇まい。「(この逸材)どこから参った?」はこっちの台詞だ。

 平成の女子高生が戦国時代にタイムスリップ、美しい若君に一目惚れして、彼を命がけで守るために足軽として奔走するという「どファンタジー」である。だからこそ、映像化するには登場人物一人ひとりを愛されるキャラクターとして屹立させ、その心情をよりリアルに、瑞々しく描かなければ茶番になってしまう。ドラマ『アシガール』は微に入り細を穿つ脚本・演出によってその重要課題を見事にクリアしている。台詞やナレーションで説明しすぎず、映像ならではの情感と豊かな行間にあふれ、胸キュン恋愛ドラマとして以前に、人間ドラマとして多くのメッセージが込められた作品だ。演者は心してかからねばならなかっただろう。

 特に忠清というキャラクターは領主の若君としての重責と孤独、兄への思慕と確執、領民思いで戦を好まず、志高く聡明な人柄、450年の現在と未来の行き来を抵抗なく受け入れ、常に立場の違う他者の声にも耳を傾けるオープンマインドさ、たまに現れる18歳男子の素顔……等々、積んでいる設定が実に複雑で、なおかつヒロインが「この人に会うために17年間生きてきた」と惚れ抜くだけの人物であらねばならない。

 当時20歳の伊藤健太郎が、これらの難題に全力で応えている。奇をてらわず肩肘を張らず、自然な構えで役に取り組み、実に立体感のある若君像に仕上げているではないか。小動物のようにちょこまかと走り跳ねる“ひょうげもの”の唯之助と好対照で、「動静」の「静」、つまりは「引き算」の芝居が見事だ。この「引き算」というのがたいそう難しく、忠清のように一言一言に含蓄があるようなキャラクターは下手な役者にやらせれば間が持たない。役者・伊藤健太郎の物理的にも観念的にもまっすぐな体幹が、忠清の「徳の高さ」を見事に形にしていた。

 胸に矢を射られ、傷の治療をするために450年後の平成に送り込まれ、唯の弟・尊(下田翔大)に「(この状況をすんなり受け入れ)なぜそんなに落ち着いていられるんですか!」と聞かれたときの忠清の台詞に圧倒された。「わしはの、何もわからぬときは全てわかる顔で何も言わぬ。見えぬときは見えるまで黙す。むやみに騒ぐは愚かなことじゃ」。年若くしてこの落ち着き払ったさま、魂のステージの高さに説得力を持たせられる役者はそういない。

 いわゆる「イマドキっぽいキラキラ感」のあるタイプではない。しかし内から湧き出る、味わい深い「美しさ」に知らず知らずのうちに魅入られてしまう。伊藤健太郎の、この「中庸さ」がいい。“器”として変な色がついておらず、淀みがない。だからどんな役を入れてもぴたりとハマる。平成の世に現れれば女子高生の人だかりができる美麗な若君を演じても、シャイで硬派なツッパリ(『今日から俺は!!』の伊藤)を演じても、難病と闘いながら陶芸に命を燃やす青年(『スカーレット』の武志)を演じても、恋に悩む普通のサラリーマン(『東京ラブストーリー』の完治)を演じても、「この人以外にこの役は考えられない」と思わせる役者だ。こうした“器”としての透明感が伊藤健太郎の最大の武器であり、引く手あまたの俳優となった大きな要因ではないだろうか。

 ほとんど天賦の才と言っていいほどの、技巧の手前にある芝居勘の良さ。このポテンシャルに、今後どんどん経験値が加わっていけば、この俳優は恐ろしいことになるだろう。そんな伊藤健太郎の礎となった『アシガール』のドラマ特番、『アシガールSP~超時空ラブコメ再び~』(2018年放送)が7月23日に再び放送される。連続ドラマ放送から1年後の彼の演技の進化にも注目されたい。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。ドラマ、映画、お笑い、音楽。エンタメにまつわる原稿を書いたり本を編集したりしている。

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