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2018年、音楽にまつわるサービスはどう変化する? 有識者3人が予測する“新たなフェーズ”

リアルサウンド

18/1/6(土) 10:00

 音楽ジャーナリストの柴那典氏、デジタル音楽ジャーナリストであり音楽ビジネスメディア『All Digital Music』編集長のジェイ・コウガミ氏、音楽ブロガーのレジー氏による、音楽にまつわるサービスについての座談会。前編ではストリーミングサービスとスマートスピーカーについての議論を繰り広げたが、後編ではクラウドファンディングや音楽とテレビメディアの関係、2018年の傾向分析へと話は及んだ。(編集部)

クラウドファンディングは「D2C体験を与えるプラットフォーム」に?

ーー海外と日本で普及している音楽にまつわるサービスといえば、クラウドファンディングもそれに当てはまると思うんです。今年はKickStarterの日本上陸もありましたし、CAMPFIREの音楽にまつわるプロジェクトも多くなってきたような気がします。

柴:クラウドファンディングって、海外ではもう普及フェーズに入っているんですか?

ジェイ:クラウドファンディング自体の浸透率、一般的な認知レベルは上がっていますね。今は「それをどう使うか、プロジェクトを成功させたあとにどうするか」といったものや、コミュニティ作りのために使われている気がします。クリエイターとユーザーがSNSではないところでダイレクトに繋がれるためのリレーション構築の一助になっているというか。

 海外では、YouTuberが自分でクラウドファンディングを立ち上げていて、チャンネル登録と一緒にプロジェクトを案内するなど、常に間口をオープンにしておくためのツールにも使われているんです。つまり、D2C体験を与えるプラットフォームですね。

レジー:コミュニティを作る、か。面白いですね。

ーー日本と海外のクラウドファンディングについては、そこまで状況はかけ離れていないかもしれません。

柴:それはなぜかというと、良くも悪くも西野亮廣(キングコング)さんのおかげで、言葉の意味が一気に広がったからだと思います。彼が『革命のファンファーレ』という本を出したり、CAMPFIREの『えんとつ町のプペル』プロジェクトで総額約1億円の支援を集めたりと派手な実績を残したことによって、クラウドファンディングの「個人がやりたいことをやるためにお金を集める」という意味合い自体は、結構正しく伝わってる気がするんです。もちろん、社会貢献的に使う人たちもいるわけですが、一時期はそのイメージが強すぎてカジュアルに取り組めない人たちもいたけど、西野さん以降はもう少し気軽に挑戦できるようになったと思う。

ジェイ:日本って今まで、直接的にアーティストを支援しますという形が、明確なものとしてなかったと思うんです。

レジー:そうですね、だからその気持ちが「CDを買って支えなきゃ」みたいな話にすり替わりがちだったような気がします。もちろんそれはそれで一つの支援だとは思いますが。

ジェイ:だから、「買った枚数の多い方が偉い」みたいな話になる。

柴:別に全然そんなことないんですけどね。

ジェイ:音楽業界って、お金に関してはブラックボックスにしがちなんですよ。利益分配とか、消費者からアーティストへの価値の対価を支払う部分ってなかなか見えづらくて。でもそういった部分を一つ見えやすくしてるのがクラウドファンディングだと思うので、こういう考え方を中心にアーティスト活動する人がいて、新しいブレイクスルーを起こせば、流れが変わるかもしれない。

レジー:直接お金を起点に繋がれることに「正しい」も「正しくない」もないはずで、選択肢の一つとして当たり前にあるべきだと思うので、そういう価値観や手法が定着すればもっと考え方が楽になると思うんですけどね。

柴:僕はクラウドファンディングとスマートスピーカーって、すごく対極だと思ってるんですよ。スマートスピーカーはなんとなく心地良い音楽をかけていて、そのアーティストの名前すら知らない場合もある。それでも再生回数あたりの収益はアーティストに入る。一方でクラウドファンディングは音楽を作っている人の人間性に対してお金を払うわけですよね。応援したいからお金を先に払って、リターンとしてモノが届く。すごく対極的な感じがする。

「音楽消費」という言葉が再定義されるべき2018年

ーーそのほかに、気になるトピックはありますか?

レジー:Jポップの話で言うと、2017年はそこまでわかりやすいヒット曲は出なかったものの、「おとなの掟」(ドラマ『カルテット』)のようなドラマ主題歌の盛り上がりを見ると、テレビというマスメディアの力はまだまだ大きいなと思わざるを得ないですね。2016年のヒット曲である星野源の「恋」に関しても、大前提としてそういう入り口があったわけですし。WANIMAや三浦大知のブレイクも、CMやテレビにちゃんと出て、アーティスト自身の姿が見えることで、改めてすごさが認識された結果だったんじゃないかなと。総体としてテレビが時代遅れなメディアになっている部分は間違いなくあると思うんですけど、まだ侮れなさもあるなと。

ーーテレビに関しては、音楽特番の注目度の高さもここ数年の傾向ですよね。

柴:『ヒットの崩壊』でも「音楽番組はフェス化する」という見立てをかねてから言っていたので、「やっぱりか!」という気持ちですね。

レジー:音楽特番に関しては、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に登美丘高校ダンス部の子たちが荻野目洋子と一緒に出演したのが、個人的にはエポックな出来事で。『MUSIC STATION ウルトラFES』に一般公募からアーティストが出演したりと、門戸がどんどん開かれていることは注目に値するように思います。

柴:「出れんの!?Mステ!?」みたいな(笑)。

ーーその傾向は面白いですね。「フェス」という単語が出たのでそちらに話を進めると、フェス文化の変化については、それぞれどう思っていますか?

レジー:クラウドファンディングの話と少し近いのかもしれませんが、参加者がちゃんと当事者になれるか、という価値観はより大事になってきていると思います。SNS社会になることで、参加者一人ひとりの「自分は主役」という感覚がどんどん強くなってるように感じます。その状態を肯定してくれる場やエンターテインメントが良しとされる傾向は間違いなくあって、フェスはその空気にぴったりはまっているし、その中で先ほどジェイさんが話したような「コミュニティ」が形成されている。

ーー年を追うごとに、その状況が見えやすい状況になってきてるということですね。

レジー:そういう流れはあると思います。一方、「フェスに依存した産業構造になってくると、フェスが力を持ち過ぎてしまう」という危惧を自分の著書『夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー』でも書いたんですが、それは前半の話題にあったストリーミングサービスでキュレーターの影響力が大きくなりすぎたのではという問題意識と近いものです。柴さんが『ヒットの崩壊』で書いていた「フェスのタイムテーブルがヒットチャートになってくる」という見立ては、そのまま「キュレーターのプレイリスト」にも置き換えることができるように思います。

柴:レジーさんの問題提起を踏まえたうえで、『夏フェス革命』への建設的な反論を述べると、かねてからアーティストはその問題意識を持っていて、しっかりと対抗策も打っているんですよね。それが「怒髪天・増子 × 10-FEET・TAKUMA × G-FREAK FACTORY・茂木、これからのフェス文化を語る」でも話していたような、アーティスト主導のフェスだと思うんです。そしてこれは「ストリーミングサービスとフェス」がある種の相似形として捉えられるという話とも共通していて、たとえば『京都大作戦』は10-FEETが、『氣志團万博』は綾小路翔が、『京都音楽博覧会』はくるりが作ったプレイリストと見立てることができる。

レジー:確かに、アーティスト側がフェスをやるというのは、そういう意味合いもあるわけですよね。自分たちがセレクターになってその場を作っていって、そこにシーンが生まれるという。アーティスト主導のフェスについてはあの本で深く扱いきれてないのですが、今後も一つの重要な動きだと思います。

ーー最後に、2018年以降の予測についても聞かせてください。

レジー:予測というか希望なんですけど……。ストリーミングサービスのプレイリストやスマートスピーカーなど、便利にかつ手軽に色んな音楽を浴びることのできる環境はもっと洗練されていくだろうなと思います。ただ、なんだかんだで僕はやっぱりアルバムやアーティストで音楽が聴かれる文化に憧憬があるのも事実だったりするので、「あくまで音楽を作る人、作られた作品ありき」「それを支援するための方法がテクノロジーによって豊富になる」という構造が1番美しいと思います。便利なものがどんどん登場してほしいですが、その主従は入れ替わらないでほしいですね。

ジェイ:僕は、音楽業界が音楽消費という言葉を今すぐに再定義する時期に来ていると感じています。CD・ダウンロード・ストリーミングだけではなく、人の行動の察知力がより重要になっていく気がします。何に対してお金を払ったり時間を使ったりするのか、そういった人の行動が音楽のエコシステムに入り込んできて、それらに対するリアクションや世の中の空気も以前とは変わって大きな音楽消費の流れが進んでいる。今の日本は音楽の消費やリスニングで分断が進んで、上手く回っていないうえに回らなくても良くなっている環境が出来上がってしまっている。上手く回るように提案できれば、音楽の文化的な価値や影響力も上がってくると思いますし、アーティストやクリエイター本人に還元されていくはずです。もちろんそれは2018年だけで整うわけはないんですけど、せめて音楽の消費方法が変わったと感じられるプロセスには日本も突入してほしい。新しいゲームはもうキックオフしているわけなので。

ーーそこに気づける人を何人増やすかという。

ジェイ:消費者はいずれ先に気づくと思いますよ。だって、ニコ動ユーザーがYouTubeに移っていたりするのも、フェーズが変わっているからこそですし、音楽配信したい人も、プレイリストをハックしたい人ももっと増えるはず。消費者に近いアーティストはどんどん先に戦術を変えてくるはずなので、スタッフ側の人間が人の行動や社会状況の変化に対応していってほしいなと思います。

柴:僕が思うに、2017年ってやっぱりいい言い方でいうと安定的、悪い言い方で言うと停滞期だったんです。これは世界というより日本がそうだったんですけど、星野源の「恋」を超えるヒット曲が出なかったし、フェスシーンでも大型フェスのヘッドライナーが変わらなくなってきている。例えば、以前に連載でも書きましたが、2015年の[Alexandros]はフェスシーンの顔だったんです。ヘッドライナーの数の統計をとったら一目瞭然だった。2017年はそれに当たる存在がWANIMAだったわけですが、彼らはそこまでフェスのトリを務めていない。でも、CMを通してブレイクし、『紅白歌合戦』に出演するまでになった。それって、フェスシーンの固定化・停滞化ともいえるし、僕が『ヒットの崩壊』で、レジーさんが『夏フェス革命』で書いたような「ブレイクの階段」が機能しなくなってきているということでもある。

 だから、2018年はそこがアクティブになるような動きがあってほしいし、それ以外でも当然ネクストブレイクが出てきてほしい。実は海外ではどんどんそうなってるんですよ。ストリーミングが普及し始めた頃は、大物アーティストはずっと過去の名曲を聴かれ続けるからカタログは有利だけど、新人アーティストに関してはこれから厳しくなるんじゃないだろうかっていうことが言われていたんです。でもそうではなかった。2017年のアメリカで起こったことって、ミーゴスやポスト・マローンたちが象徴するように、昨年まではほとんどの人が知らなかったような20代前半のアーティストが年間トップ10に入ってくるようになった。ラップの世界ではストリーミングによる世代交代が顕著に起こっている。そういう才能・ゲームチェンジャーが日本でも出てきてほしいし、僕の勘では、そういう存在って、今まで我々がアンテナを張ってなかったところから出てくるという予感がしています。

ーーもしかすると、YouTuberからそのゲームチェンジャーが出てくるかもしれない。

柴:例えばそういうことですね。もしそうなったときに、YouTuberを表層だけで馬鹿にしてる、ゲームの変化に気づいてない人たちは全員置き去りにされる。なので、そういう動きに対しては変な先入観を持たず、常に敏感でいたいですね。

(取材・文=中村拓海)

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