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佐野元春を成立させるクリエイティブのかけら

若い世代との連帯によるアティチュードの更新 THE COYOTE BAND結成へ

全14回

第12章

佐野元春 & THE COYOTE BAND 現メンバー結成当時のフォト

2005年からの佐野の活動についてまず着目すべきは若い世代との連帯の記録だろう。9月からはじまった小松シゲル、高桑圭、深沼元昭とのレコーディングセッションは12月リリースのEP「星の下 路の上」へと結実する。彼らは後に佐野の新たなバンドとなる“THE COYOTE BAND”の中核をなすこととなる。

80年のデビューからTHE HEARTLAND、The Hobo King Bandとそれぞれのバンドで音楽的な成果をあげてきた。しかし、ここでもう一度、新しい仲間と新しいロックの旅をしたい、そんな気持ちが自分のなかで強く起こった。この気持ちが一気にTHE COYOTE BAND結成に向かわせた。

さらに2006年には深沼元昭、山口 洋、藤井一彦の3人をボーカルに招いた音楽プロジェクト「佐野元春MusicUnited.」を展開。The Hobo King Bandとは1月から4月まで全国ツアー「星の下 路の上」を行い、同年11月には「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2006」に出演。他にもフェスへの出演やサンボマスターとのツーマンライブなど精力的な活動を続ける。

下の世代とのセッションが増えた。彼らは自分より若く、90年代オルタナティブロックを経由しているミュージシャンたちだった。とても新鮮だった。その収穫がTHE COYOTE BANDの結成につながった。

前述の小松(Dr)、高桑(B)、深沼(G)に、後に渡辺シュンスケ(Key)、Dr.kyOn (Piano, Organ)、さらに追って藤田顕(G)が加わった。今日のTHE COYOTE BANDのラインナップである。

それまでは、サクソフォンや管楽器を使ったバンドサウンドだったけれど、THE COYOTE BANDでは、ギターバンドを目指した。深沼(G)と藤田顕(G)という両ギタリストの存在が大きい。小松(Dr)、高桑(B)のリズムセクションは言うまでもなく最高だ。そこに知性的な渡辺シュンスケ(Key)が加われば、すごいバンドになるのはあたりまえだ。

また、彼らは世代的に僕の音楽を聴いていたので、いい意味で僕の音楽に対する批評的な眼を持っている。下手をすれば自分より「佐野元春」のことを知っているかもしれない。説明しなくてもわかってくれているなんて助かる。

思い出すのは東京国際フォーラムでのThe Hobo King Bandとのツアーファイナルだ。あれはアンコールのことだった。僕は小松、高桑、深沼の3人をステージに呼んで、突如、爆音で「星の下 路の上」を演奏した。The Hobo King Bandの連中は袖でニヤニヤしている、観客はただ目を丸くして観ている、そんな感じだった。なかば強引だったけれど、とにかく、The Hobo King Bandとファンの前で、THE COYOTE BANDのお披露目を果たした。それがはじまりだった。

『COYOTE』(2007)

かくして2007年、1曲目に「星の下 路の上」を置いたオリジナルアルバム『COYOTE』が誕生した。本作は“コヨーテ”という主人公を据えたロードムービーのサウンドトラックというコンセプチュアルなアプローチから制作された。

ロードムービーのサウンドトラック盤を作るというアイデアは以前から温めていた。今が試すチャンスだと感じた。サウンドトラックというからにはその映画のシナリオが必要だ。アルバムを作る前に、僕はまずシナリオを書いてみた。意外とスムーズに書けた。多感なころに観た、トリュフォーやJ.L.ゴダール、そんなヌーベルバーグからの影響があったかもしれない。移動する視点を主体に時間軸を設ける。視点が見つめるのは時代、人々、対象。それをなるべく淡々と中立的に観察していくという、静かで淡々とした映画を思い描いてみた。

過去に成功を収めたアプローチの拡大再生産ではなく、常に新たな機軸を打ち出し、新たな基準を作る。それがアルバム制作における佐野元春の真骨頂だ。

『COYOTE』はTHE COYOTE BANDにとって最初のアルバム。気負わずに自由な気持ちで作った。曲の書き方も変わってきた。なかでも「君が気高い孤独なら」とか「コヨーテ、海へ」が気に入っている。「黄金色の天使」もいい。キャリアが一新して新しい地平に立ったような、まるで何回目かの思春期がやってきたような、そんな新鮮な気持ちで作ったアルバムだ。

「佐野元春は古参のファンに向けたノスタルジーだけで演奏はしない」。そんな宣言も『COYOTE』のアプローチには含まれていた。

僕のことを表面的にとらえているファンは、とかく新しい世代に自分の意見を押し付けがちだ。でも新しい世代のファンは自分の感じ方で僕の音楽を楽しんでくれている。『COYOTE』はそんな彼らと交わした新しい約束のようなアルバムでもある。それを実現するためにTHE COYOTE BANDを結成した。それは自分にとって必然の流れだった。

7分にも及ぶロックバラッド「コヨーテ、海へ」を含むアルバムオリエンテッドな『COYOTE』は、従来の作品とは異なるアプローチから、しかし確かな現代性を獲得した。その根底に流れていたのはビートニクスの精神性と言えるだろう。同2007年、彼は過去のスポークンワーズ作品を集めたBOXセット『BEATITUDE』をリリースし、書籍『ビートニクス - コヨーテ、荒れ地を往く』を上梓している。

『COYOTE』に50年代なビートの要素が色濃い、という批評に対して特に否定はしない。過去の幾人もの詩人達が語ったように、現代は荒地だ。自分は21世紀の荒地に立って、そこから見える景色をスケッチした。その語り部として“コヨーテ”と呼ばれる、あるひとりの男に演じてもらった。とにかく、古くからのファンにはユニークな経験を、新しいリスナーには最高に気になるアルバムになってほしかった。

2007年に出した『BEATITUDE』。今でも入手できるのかな。過去のスポークンワーズ作品を集めたBOXセットだ。これを聴いてもらえば、80年代から続けている僕のスポークンワーズのスタイルを感じてもらえると思う。今のヒップホップにも通じる音楽だ。気に入ってくれるとうれしい。

書籍『ビートニクス - コヨーテ、荒れ地を往く』、この本はかねてから興味を持っていたアメリカの文学運動「ビート=BEAT」をめぐるコラム集だ。アレン・ギンズバーグ、グレゴリー・コルソ、ゲイリー・スナイダーといったビート詩人たちへのインタビューを試みた。興味ある人は手にとってほしい。

立教大学講義風景

2008年、佐野は新たなチャレンジに向かう。母校、立教大文学部から客員講師を依頼されたのである。講義名は「文学講義412 〜詩創作論2〜」。

立教大学文学部の学部長から手紙をもらった。「ほんとうに自分でいいのか」という思いだった。大学側の要望は本気だった。「単位を取るための講義をお願いしたい」ということだった。なので、スイッチを切り替えて、約半年間、壇上に立った。引き受けたからには真剣に臨んだ。

講義には、クリエイティブライティングを目指す学生が集まった。ざっと日本の近代詩から現代詩の流れをさらった。さらに実践を通じてオーラルな詩表現を試みてもらった。学生はYouTube世代、言葉よりも映像に興味があるのかと思っていたのが、そうでもなかったのは意外だった。こういう時代だからと、より言葉に鋭敏な若いクラウドがいた。僕はいいなと思った。欠席する人も少なくみんな真剣に臨んでくれた。どんな授業をやっているのかと、多くの教授が父兄参観のように観にきていた。

客員講師は、彼にとって「ひとつのチャンス」の訪れだった。同時に佐野に新たな“気づき”をもたらす。

自分が多感なころに触れていた詩は現代詩だった。たいていは活字として書かれたものが多く、オーラルな表現には向いていなかった。詩の表現はたいてい複雑で観念的だった。そこに文学的な価値はあっても、自分の人生に強い影響はなかった。自分は現代詩のそうしたディレッタントで終始するようなありかたに疑問を感じていた。

一方、唄の詩人達=ソングライターたちの言葉は、深く人々の心に届いていた。そう考えると、ソングライターたちこそが、現代を生きている詩人といえるのではないか。そんな仮説を立ててみた。こうして発案したのが、後にNHKで放送されることになった番組『佐野元春のザ・ソングライターズ』だ。

番組の企画を大学とNHKに持ちかけた。主旨を理解してくれてすぐに賛同してくれた。それまで大学のキャンパスという、閉じた場所に収まっていた対話を、メディアを通じて拡大する。それがアイデアだった。番組が決まり、ソングライティングを巡る僕と学生たちとの対話に、何万人もの視聴者が観客として加わることになった。

立教大学講堂にて『佐野元春のソンングライターズ』収録風景

2009年に放送された『佐野元春のザ・ソングライターズ』は、ホストを務める佐野が国内屈指のソングライターをゲストに招き、対談形式から“音楽における言葉”を考察する30分のプログラムだった。収録は同大の講堂にて公開で行われ、ソングライターと学生の対話も織り込まれた。番組は好評を博し、ギャラクシー賞(2009年7月度月間賞)を受賞。現在までにシーズン4(2012年)が放送されている。

収録は オープン・キャンパス形式で行った。作詞・作曲というと、一般的には芸能の一環ととらえられがちだが、実は演劇や映画と並ぶ、現代的な表現行為だ。それを知ってほしかった。

自分は番組のファシリテーターとして聞き役に回った。ゲストの作品を聴いて、予習をして、自分なりの批評を持って本番に臨んだ。さだまさしさんや小田和正さんのようなベテランともなれば作品数も多い。1回分の準備には半月ぐらいの時間を要した。

番組では、みなさんご自身のソングライティングのメソッドについて気さくに語ってくれた。優れたソングライターたちの作詞術を聞くのは僕にとってもエキサイティングだった。特にワークショップでは、僕とゲスト、そして学生たちを交えたクリエイティブライティングの実践が楽しかった。

シーズン1のゲストには小田和正、さだまさし、松本隆、スガシカオ 、矢野顕子、kj(Dragon Ash)が出演。番組では毎回スーツを着用しスタイリッシュに決めた佐野元春。若者への優しい視線を持ちあわせ、その紳士的でスマートなファシリテーターぶりが注目された。

同業者だからしゃべれることもある。そんなことを何度か感じた。また、批評の醍醐味は、年下から年上の表現者に物事を問うところにある。トリュフォーとヒッチコックによる『定本 映画術』が好例だ。そこに一定のリスペクトがあればなおさら対話は面白くなる。その意味で、シーズン1では小田和正さん、さだまさしさん、松本隆さんら、年上のソングライターへのインタビューにスリルを感じた。

ジャーナリスティックな視点から他者のメソッドを考察した『ザ・ソングライターズ』は、佐野元春が“ソングライター・佐野元春”をあらためて対象化する行為にもつながったのではないだろうか。

当時は意識していなかったけれどそうかもしれない。同じ時代の同業者の話を聞くのは楽しかった。出演してくれたゲストの方々には今でも感謝している。

そして2010年、佐野はデビュー30周年を迎えた。3月、東京と大阪でライブハウスイベント「アンジェリーナの日」を開催。8月には初のスポークンワーズツアー「in motion 2010 僕が旅に出る理由」を全国5ヵ所で開催すると、9月にはベストアルバム『ベリー・ベスト・オブ・佐野元春 「ソウルボーイへの伝言」』をリリース。10月からはクラブハウスツアー「ソウルボーイへの伝言」を全国21ヵ所で開催するなど、親密な距離感からファンとの絆を深めた1年だった。

大きいホールでやるのが当たり前だったけれど、『COYOTE』以降はライブハウスでも演奏した。パフォーマンスの内容に合わせて会場を決められるのも、自分でレーベルを運営しているからできること。だんだん気持ちが自由になっていった。

振り返れば、アルバム『COYOTE』から、その次のアルバム『ZOOEY』まで5年かかった。その間ずっとTHE COYOTE BANDと全国のライブハウスを演奏して回った。バンドは確かな実力をつけていった。ファンもこの頃からTHE COYOTE BANDの可能性を感じていたと思う。

THE COYOTE BANDとの活動が軌道に乗ると、次に取りかかったのは、The Hobo King Bandとの再活動だった。東京・大阪のBillboard Liveを拠点に、新たなテーマを持ったシリーズをはじめる。過去の曲に新しい編曲を加えたライブ「Smoke & Blue」だ。このライブシリーズの成果は後に『月と専制君主』(2011年)、『自由の岸辺』(2018年)という2枚の作品としてリスナーに届けられた。

『COYOTE』からの5年で自分の音楽の見直しを図った。ルーツ音楽的な表現はThe Hobo King Bandと。モダンロック的な表現はTHE COYOTE BANDと。このふたつのバンドを並走させるという理想的な活動スタイルが可能になった。

80年代のTHE HEARTLANDとの活動を第一章、90年代のThe Hobo King Bandとの活動を第二章と捉えるとしたら、アルバム『COYOTE』、そしてTHE COYOTE BANDの誕生から、佐野元春の歴史は第三章の幕を開いたのである。

取材・文/内田正樹
写真を無断で転載、改変、ネット上で公開することを固く禁じます

当連載は毎週土曜更新。次回は12月5日アップ予定です。

プロフィール

佐野元春(さの もとはる)

日本のロックシーンを牽引するシンガーソングライター、音楽プロデューサー、詩人。ラジオDJ。1980年3月21日、シングル「アンジェリーナ」で歌手デビュー。ストリートから生まれるメッセージを内包した歌詞、ロックンロールを基軸としながら多彩な音楽性を取り入れたサウンド、ラップやスポークンワーズなどの新しい手法、メディアとの緊密かつ自在なコミュニケーションなど、常に第一線で活躍。松田聖子、沢田研二らへの楽曲提供でも知られる。デビュー40周年を記念し、2020年10月7日、ザ・コヨーテバンドのベストアルバム『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』と、24年間の代表曲・重要曲を3枚組にまとめた特別盤『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』がリリースされた。佐野元春 & THE COYOTE BANDの新シングル「合言葉 - Save It for a Sunny Day」iTunes Storeで販売中。

『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』
『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』

佐野元春 & THE COYOTE BAND TOUR 2020「SAVE IT FOR A SUNNY DAY」

2020年12月13日(日)愛知・フォレストホール
2020年12月15日(火)東京・LINE CUBE SHIBUYA
2020年12月16日(水)神奈川・神奈川県民ホール
12月19日(土)京都・ロームシアター京都 開場17:00 / 開演18:00
12月21日(月)大阪・フェスティバルホール

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