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全員が最強! 修羅たちが戦う『異修羅』シリーズは先が読めないからこそ面白い

リアルサウンド

20/8/28(金) 10:00

 道場で空手家と柔道家が戦い、街路で拳銃使いと剣豪が対峙し、戦場で戦車と戦闘機が撃ち合って、荒野で超強力なMOAB(大規模爆風爆弾兵器)とサーモバリック爆弾(燃料気化爆弾)がぶつかり合う。そんなバトルが繰り広げられた上で、勝者となった空手家とMOAB、剣豪と戦車の戦いが行われる。ミスマッチ過ぎてあり得ないというのは早計。こうした例えに匹敵する、属性も規模もバラバラな力がぶつかり合うスリリングなバトルが、珪素による『異修羅』シリーズで今まさに繰り広げられているのだ。

 「あらゆる能力の頂点を極めた者達が激突を繰り広げるバトル群像劇」――小説投稿サイトのカクヨムで連載され、12万文字も加筆された上で「電撃の新文芸」レーベルから刊行された『異修羅I 新魔王戦争』(KADOKAWA)の帯にかかれたこの文が、『異修羅』シリーズの特徴を言い表している。

 世界を脅かした“本物の魔王”が何者かによって倒された後の世界は、実在するかも分からない勇者が君臨することにはならず、魔王に匹敵するような強い力を持った修羅たちが暴れ回り、大混乱に陥る懸念があった。世界を平和に導くには、修羅たちの中から最強の者を選んで民の希望になってもらわなくてはならない。統一国家として残った黄都では、世界中から修羅たちを呼び、競わせて“本物の勇者”を選ぶことにした。

 以上が『異修羅』シリーズの基本設定。そして物語は“本物の勇者”を決めるトーナメント「六合上覧」に向けて、一人また一人といった具合に、とてつもない力を持った修羅達を紹介していくエピソードによって綴られていく。ここで登場する誰もが本当にとてつもない力の持ち主ばかりで、驚きの連続にとらわれる。

 まず現れるのが「柳の剣のソウジロウ」。物語の舞台となっている世界とは違う場所から来た“客人(まろうど)”で、ナガン市に突如大発生して住民を殺戮した機魔(ゴーレム)を斬り伏せ、街を火の海に変えた巨大な迷宮機魔(ダンジョンゴーレム)をあっさり破壊する。前にいた世界では戦車の「M1エイブラムス」すら斬ってきたらしい剣豪だが、彼がシリーズの主人公という訳ではない。

異修羅II 殺界微塵嵐 詞術と呼ばれる、言葉を使って人を操るどころか全てを実現してしまうエルフの少女「世界詞のキア」が登場し、「静かに歌うナスティーク」と呼ばれる天使に守られ、身に及ぶ危険が自動的に排除される「通り禍のクゼ」も加わる修羅の列。ここまでは、まだ皆人の形を保っているが、「星馳せアルス」は伝説の武器を3本の腕で扱う鳥竜(ワイバーン)で、『異修羅II 殺界微塵嵐』から登場する「地平咆メレ」は身長が30メートルに及ぶ巨人。モンスターと呼ばれかねない修羅たちが続々と現れ、個々に綴られるエピソードの中でその異能を見せつける。

 「音斬りシャルク」は、骨格だけの体ですばやく動いて敵を貫く槍兵で、「窮知の箱のメステルエクシル」は、ナガン市を襲った魔王自称者の老女「軸のキヤズナ」によって生み出されたゴーレム。最新刊『異修羅III 絶息無声禍』で姿を現した「無尽無流のサイアノプ」に至っては、数多の武術を極めたという武闘家だが、その姿は球体の粘獣、いわゆるスライムだ。

 伏瀬の異世界転生ファンタジー『転生したらスライムだった件』に登場するリムルが、スライムでありながら膨大な魔力で勝ち続けている例もあるが、最終的に16人の修羅がフラットな立場で戦いに臨む「六合上覧」で、サイアノプが勝ち残る保証はない。というより、誰が主人公なのかまったく分からず、誰が勝ち残るかもまるで読めない。

 最強を語る者たちが集う戦いは、板垣恵介の『バキ』シリーズや、迫稔雄の『バトゥーキ』といった格闘がテーマの物語でおなじみの光景だ。レスリングに空手にボクシングに喧嘩に怪力等々、様々な格闘の技や筋肉の力が繰り出されてはぶつかり合うが、誰が主人公かは分かっている。範馬刃牙であり三條一里だ。『バキ』シリーズに登場する「地上最強の生物」こと範馬勇次郎も、『バトゥーキ』で鉄拳を繰り出す悪軍鉄馬も、刃牙や一里にいつか乗り越えられる運命にあるだろう。だからこそ、今は弱者の主人公が、強大な壁を突破していくカタルシスがシリーズの読みどころになる。

 しかし、誰もが最強で、誰もが英雄という『異修羅』シリーズの設定は、そうしたカタルシスを得るためのより所がなく、たどり着くべきゴールも見えない。長大なストーリーを引っ張っていく上でハンディだが、だからこそ読み手の方に誰かを“推し”に決め、強さの行方を追っていくという独自の楽しみ方ができる。

 普段は寝てばかりだが、時折むっくりと立ち上がっては、大人が12人がかりで運ぶ鉄柱を巨大な弓で射て、暮らしている村を災害から救っているメレの温かさ。卓越した身体能力と、毒も攻撃も通さない防御能力を持った狂戦士の少女「魔法のツー」の麗しさ。それぞれが特徴を持ち、背景を持った修羅達のどこかに惹かれ、推したいと思って自分の中で主役に据えたら、今度は立ちふさがる敵を相手にどうすれば勝てるかを想像する。

 好みのキャラを選び、得意技やステイタスを考慮した上で、敵キャラを攻略していく格闘ゲームに似た楽しみを味わえる小説。それが『異修羅』シリーズなのかもしれない。

 8月12日発売の最新刊『異修羅III 絶息無声禍』でいよいよ始まった「六合上覧」では、サイアノプと、大量の魔剣を使いこなす「おぞましきトロア」が激突し、そして鳥竜「星馳せアルス」と万物を凍結させる竜「冬のルクノカ」が、何発もの超大型爆弾が炸裂して大地を変容させる戦いを繰り広げる。そうやって進んでいく一回戦や続く二回戦で、剣豪対爆弾のようなミスマッチも組まれそう。それでも、修羅たちの武力や呪力、時には策略や政治力も繰り出され、ハンディをハンディと思わせない戦いを見せてくれるだろう。

 後は、推しが最後まで残れば嬉しいのだが。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。 

■書籍情報
異修羅III 絶息無声禍「異修羅」シリーズ(電撃の新文芸)既刊3巻
著者:珪素
イラスト:クレタ

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