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円山応挙 重要文化財《松に孔雀図》(全16面のうち4面)寛政7年(1795)、兵庫・大乗寺蔵 ※東京展のみ通期展示

円山・四条派の全貌が明らかに 『円山応挙から近代京都画壇へ』

東京藝術大学大学美術館、古田亮准教授に聞く “円山応挙と近代京都画壇”を知るための 6つのポイント <PARTⅡ>

全3回

第2回

19/7/30(火)

18世紀の京都で花開いた「円山派」「四条派」と、近代にいたるまでのその系譜をたどる展覧会『円山応挙から近代京都画壇へ』。円山応挙を中心とした京都画壇の潮流だが、どのようにして興り、近・現代の京都画壇にどのような影響を与えたのだろうか。監修者のひとりである古田亮准教授に、同展を楽しむために知っておくべきポイントを教えてもらった。(PARTⅠより続く)

POINT④
応挙晩年の傑作・大乗寺襖絵とは

─── 前回のお話から、応挙は各画家の個性に任せて自由に絵を描かせていたということがわかりましたが、そういった柔軟な考え方などが、大乗寺の襖絵の制作につながったんでしょうか?

 そうです。大乗寺の襖絵を見てみると、応挙はそれぞれの画家に好きなように伸び伸びと描かせていることがわかります。どんな描き方があっても構わないという、そういう集団を作っていたんですよ。
 今回東京展には、応挙の《松に孔雀図》、呉春の《群山露頂図》、《四季耕作図》、山本守礼の《少年行図》、亀岡規礼の《採蓮図》が再現展示されます。

円山応挙《松に孔雀図》展示イメージ

 応挙の弟子といえば、長沢芦雪が近年人気になっていますが、その芦雪がなぜか2階を担当していて、呉春が応挙の一番近くの襖を担当しています。残念ながら、今回は芦雪の襖絵は来ていませんが。
 応挙の近くを担当するというのはとても名誉なことだったと思うのですが、どうして呉春が取り立てられたのかは、わかっていません(笑)。ちなみに呉春の描いた絵は、少し個性は出ているものの、やはりどこか文人画を彷彿とさせる絵です。
 東京展では通期で展示していますので、ぜひじっくりと各作家の作風の違い、そして狩野派との制作の仕方の違いを見ていただきたいですね。
 ちなみに、《松に孔雀図》は、応挙が亡くなる年に描かれたものです。もともと描かれていたものは天明の大火によって焼失してしまったことにより、描き直されました。最晩年の応挙がここまで緻密に書き直せるというのはすごいことです。一度描いた絵が記憶の中に残り、描けてしまうんだろうなと想像すると、応挙の能力の高さに驚かされます。
 しかしやはり1788年に描かれた《郭子儀図》の襖絵と比べると、《郭子儀図》の方がのびのび描いているような気がします。

─── この時代、大乗寺と同じように、遠方からの注文が応挙たちのもとに入りましたが、画家たちの評判などはどのように地方に流れたんでしょうか? また、画家たちは現地に行って描いたりしたのでしょうか?

 わざわざ画家が行って描くこともありましたが、基本的には京都で描いて、各お寺に配送していました。特に襖は丸めて持ち運びができるので、配送が簡単だったと思います。現地で貼ればいいだけですからね。
 画家の情報についてですが、お寺さんたちには、お寺さんたちのネットワークがあるんです。住職もずっと同じ場所にいることはなく、特に近畿、北陸、中国、四国、伊勢、尾張は大きな一つの括りとして考えられ、この圏内で、今で言う転勤のように、人の移動がありました。
 なので、文化交流が盛んで、情報伝達もわりと早い。だからどこどこの誰々さんというすごい画家がいる、じゃあウチのお寺もぜひ頼もう、となるわけですね。
 ちなみに応挙は生涯ほとんど京都から出たことがありません(笑)。

POINT⑤
明治以降の京都画壇への影響

─── 今回、タイトルに「近代京都画壇へ」と入っていますが、明治以降の画家たちは、自分たちが「円山・四条派」という意識はあったんでしょうか?

 明治15年に急に「円山・四条派」という「派」の区分ができたことによって、“あ、俺たち円山・四条派だったんだ”という人たちがたくさん現れました(笑)。それまでは竹内栖鳳などもそうでしたが、自分は幸野楳嶺先生に習っただけ、楳嶺先生は塩川文麟に習っただけ。その上の先生が呉春だけど、そんなことはわざわざ知る必要も、遡る必要もないという考え方でした。むしろ「円山・四条派だと言われているうちは、まだまだ私は近代画家としてダメだ」とも言っていました。
 だから近代画家の多くは、円山・四条派と言われた瞬間、そんな古いところに定義されるのは嫌だと、乗り越えるためのカテゴリーとして捉えるようなことになりました。

上村松園《楚蓮香之図》 大正13年頃(c.1924)、京都国立近代美術館蔵、※東京展:後期展示、京都展:後期展示

 上村松園にしても、後に“あなたは四条派ですよ”と言われたから、自分を四条派として語るようになったけれども、先生の鈴木松年なんて絶対にそんなこと思ってない。しかも父親の鈴木百年は完全なる独学ですからね。実は直接関係がない人たちも、現在は四条派として括られてしまっている。
 でもそこがまた面白いところなんですよね。京都には、円山応挙や呉春をはじめとした、「京派」というものが根付いており、近代の画家たちはそれを受け継いできたということです。
 だって京都は、お寺や旧家、古くからあるお店屋さん、そして古美術商さんに「応挙」とサインの入った作品がこれでもかとあるわけです。東京にいた画家たちよりずっと簡単に、応挙の作品を間近に見る機会を得られた彼らにとって、応挙は自分の師匠筋に当たると認識していなくても、どこかで間違いなく影響を受けていると言えるのではないでしょうか。
 ですので今回も、『円山応挙から近代京都画壇へ』というタイトルになったわけです。

POINT⑥
円山・四条派が好んだテーマとモチーフ

─── 今回の展覧会は、「すべては応挙にはじまる。」「山、川、滝。自然を写す。」「美人、仙人。物語を紡ぐ。」「孔雀、虎、犬。命を描く。」というテーマが設定されていますが、どのような展示になるんですか?

 今回は、近代にいたるまで続く京都画壇というもののルーツが、円山応挙まで辿れるということを、作品を集めて確認してみようというのが大きなテーマなんです。しかしただ年代順、作家別に展示するだけでは面白くないですよね。なので、テーマを設けて、同じ画題や見た目のものを同じ場所に展示することで、塊として見ることができるようにしました。そうすると、作品を見比べることができる。つながりをもって見ることによって、似てる作品だけど、並べて比べてみると違いが見えてきて、面白さが倍増すると思ったんです。
 それにどのモチーフが多く描かれてきたのか、ということも知ることができます。花鳥、動物、風景、人物とそれぞれによく登場するモチーフがありますが、今回の展示では、「孔雀」がものすごく多いんです。なので、会場で各画家の孔雀の描き方の違いや、首のせり出し方などを比べてほしいですね。作家によってこんなに描き方が違うのかと、いろいろな発見があると思います。

─── 東京展だけの展示や見どころなどはありますか?

 京都から東京への「円山・四条派の系譜」というのも、東京側では意識するところですね。なので、東京、しかも東京藝術大学大学美術館でやるという面白さを出したいと思っています。会場には京都から江戸へ移住した川端玉章や、江戸で活躍した柴田是真、川合玉堂の作品も出す予定です。
 東京展と京都展は出品されるものが大きく違いますので、どちらにも足を運んで欲しいですね。それに東京は、前期後期で大乗寺の襖絵を除き、ほぼ全点入れ替えとなりますので、お気をつけください。

─── では最後に、これは必見という先生オススメの作品を教えてください。

 応挙の《写生図巻(甲乙巻)》ですね。もともと僕がこういうものが好きだということもあるんですが、一次写生というのは、画家のすべてが出るんです。特にデッサンの力量が。

円山応挙 重要文化財《写生図巻(乙巻)》(部分)明和7年~安永元年(1770~72)、株式会社 千總蔵 ※東京展:前期展示、京都展:前期展示

 でもこの図巻もあとで描かれたものが追加されたり、取り替えられたり、整えられたりということがあるかもしれませんが、この展覧会のまさに出発点じゃないかと思っています。
 これが近代に描かれたと言われても、皆さん納得するんじゃないでしょうか。もしかしたら、竹内栖鳳が描いたと言ったら、信じる人もいるかもしれません。18世紀の世界観とはちょっと違う、西洋を知っている画家たちによる眼差しと非常に近しいものを感じますね。

円山応挙 重要文化財《写生図巻(甲巻)》(部分)明和8年~安永元年(1771~72)、株式会社 千總蔵、※東京展:後期展示、京都展:後期展示

 応挙の場合、西洋の版画や蘭画も見たとは思いますが、それを見た上で自分の技を磨いていった。それにしても、本当にヨーロッパに行くというのとはまったく事情が違う中で、頼るのは自分の目と手だけ。画家が持っている本能的な能力というのだけを頼りに、これを描いているわけだから、普遍的なものというのがあると感じています。
 ぜひそういった、画家たちの持つ技量、画家たちの目、手というものを、この展覧会で感じて欲しいですね。そして「円山応挙」という一人の人物から始まった系譜が、どのように近代まで受け継がれ、そして各時代に素晴らしい画家を生んだのかも知っていただければと思います。

プロフィール

古田亮

1964年東京都生まれ。東京藝術大学大学美術館准教授。東京藝術大学大学院美術研究科日本東洋美術史専攻博士後期課程中退。1993年より東京国立博物館に勤務、その後、東京国立近代美術館主任研究官などを経て、2006年より現職。専門は近代日本美術史。これまでに「琳派RIMPA」展、「揺らぐ近代」展、「夏目漱石の美術世界」展、「ボストン美術館×東京藝術大学 ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」展、「うらめしや~、冥途のみやげ」展など数多くの展覧会を企画・監修。著書に著書に『俵屋宗達』、『高橋由一』、『美術「心」論』、『横山大観』など。

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