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樋口尚文 銀幕の個性派たち

風祭ゆき、銀幕の闇に開花した麗人(前篇)

毎月連載

第75回

風祭ゆき近影

日活ロマンポルノ誕生の衝撃

日活ロマンポルノが誕生してちょうど半世紀になる。1971年の夏、藏原惟二監督の『不良少女 魔子』を最後に日活撮影所は製作を中止し、興行不振を打破するための窮余の一策として日活ブランドのポルノ映画を製作するという大胆な路線転換を打ち出した。それまでは石原裕次郎や吉永小百合ら数々の国民的人気スタアを擁して健康な青春娯楽篇や痛快なアクション篇で売ってきた邦画の雄が、いかに興行不振極まったとはいえ、群小プロダクションが作って場末の成人館で上映していた成人映画=ピンク映画まがいのものを製作する方針を決めたのは、業界にも観客にも衝撃的な出来事だった。

こうして1971年11月20日、西村昭五郎監督『団地妻 昼下がりの情事』ほかの作品が日活ロマンポルノ第一弾として封切られたが、ロマンポルノ路線は大いに話題を呼んで興行を上向かせた。また、従来の日活専属のスタッフや俳優からはロマンポルノへの抵抗から脱退組も少なくなかったが、逆にこれを冒険的な企画を実現する勝機ととらえた監督、スタッフたちは(単に性表現にとどまらず)従来の日活、ひいては日本映画のメジャーの枠におさまらない野心的な主題や表現に斬り込んで注目を浴びた。

当時の性表現の試行は今やナンセンスな見解で摘発され「日活ロマンポルノ裁判」(一審・二審とも無罪)に発展したが、作品自体への映画的評価は高まる一方で、「日活ロマンポルノ」は東映の「実録やくざ路線」とともに、性と暴力をとば口として沈滞していた日本映画を活性化する台風の目となった。神代辰巳、田中登、藤田敏八、曾根中生、小沼勝、長谷部安春、沢田幸弘、加藤彰、西村昭五郎ほか異才監督たちが続々と注目作を放ったが、なんといってもロマンポルノの華はその官能的な表現力で魅せる女優たちだった。白川和子、田中真理、谷ナオミ、宮下順子、中川梨絵、小川節子ほか初期ロマンポルノを彩る女優たちは、まだ女優が脱ぐことすらセンセーショナルであった時代に、さまざまな偏見と闘いながら美しく、時に凄絶な演技を披露して観客を魅了した。

「風祭ゆき」誕生と大島渚

1960年代、実家の写真店の前で。9歳下の弟と

1971年に立ち上がったロマンポルノ路線は、AVが普及した1988年に終りを迎えるが、このちょうど中盤にあたる1980年、初期のロマンポルノの勢いもややマンネリに堕してきた頃に登場し、改めてこの路線ならではの可能性を見せてくれた女優が風祭ゆきだった。1953年の風祭ゆきは代々木の写真店に育った東京っ子で、どちらかと言えばマニッシュでさばさばしたかわいい少女であった。彼女には日活ロマンポルノの花形スタアになるまでの女優としての前史があって、武蔵野音大声楽科に在学中に本名の吉田さよりでデビューしている。

デビュー作は1974年の天知茂主演で人気があったテレビ映画『非情のライセンス』で、翌75年には東映の特撮ヒーロー物『アクマイザー3』で清楚な小学校の先生に扮してヒーローたちとともに空にジャンプしたりしている。しかし整った容貌とこの若さにしては落ち着いた雰囲気は逆におとなしい印象で、以後も『俺たちの祭』『江戸の旋風Ⅱ』『特捜最前線』『ザ・スーパーガール』などの人気テレビシリーズに吉田さより名義で客演しているものの、今ひとつ目立たない感じであった。

そんななかで記憶に鮮やかだったのは、1977年の新藤兼人監督の映画『竹山ひとり旅』で演じたふらちな教員の子を身ごもってしまう純真な盲学校の生徒の役だった。これは彼女の清楚さをうまく活かした配役だったが、こういう役に恵まれることもそう多くはない。しかし、そんな彼女が青春の記念に「週刊プレイボーイ」誌でグアム島ロケのヌードグラビアの仕事を受けた(これとて穏やかなものである)ことが、運命を変えた。ちょうど新たなスタア発掘を期していた日活のキャスティング担当者が、ロマンポルノへの出演を打診してきたのだ。

本名「吉田さより」から「風祭ゆき」を名乗り出した頃

もっともきれいなグラビアはともかく映像で裸の官能的な演技をすることには臆して、吉田さよりはこの申し出を断った。そんな彼女は翌80年も野村芳太郎監督『わるいやつら』で片岡孝夫や藤田まことを相手に銀座のバーのママを演じている。20代も後半のこの頃になると、彼女の演技もけっこう据わっていて、ずいぶん華やかさも色香も加わった。だが、もったいないことにこれは一瞬しか出番のない端役であった。

そんなところへ、また成人映画の脚本が事務所に届けられた。東映が下番線向けに製作するポルノで佐野日出夫監督の『聖女地獄絵図』。年齢も三十路に近づき、こういう冒険に打って出るなら今しかと思いつつも躊躇していた彼女に、決定的なアドバイスがあった。実は彼女が属していた事務所「植物園」の社長・大島瑛子は、大島渚監督の実妹であり、大島監督は「植物園」の株主のひとりでもあった。彼女の進路を決めたのは、この大島監督のきっぱりとしたひとことであった。(つづく)

※10月27日午後7時~、ストリーミングチャンネル「DOMMUNE」にて樋口尚文企画「日活ロマンポルノ50周年 性と愛の映画革命」を4時間にわたり配信。風祭ゆき、中丸新将、蔵原惟二ほか日活ロマンポルノを支えたキャスト、スタッフと濃密なトークが実現。https://www.dommune.com/

続いて日活ロマンポルノ50周年記念日の11月20日よりシネマヴェーラ渋谷にて特集上映「私たちの好きなロマンポルノ」が開催。

「私たちの好きなロマンポルノ」チラシ

データ

特集上映「私たちの好きなロマンポルノ」
2021年11月20日〜12月17日
シネマヴェーラ渋谷

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、近日刊行予定)。

『大島渚 全作品秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・近日刊行予定

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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