片桐仁の アートっかかり!
やきものの歴史がダイジェストで楽しめる! 出光美術館『やきもの入門』
毎月連載
第17回
出光美術館にて開催中の『やきもの入門—色彩・文様・造形をたのしむ』を訪ねた片桐仁さん。縄文土器から近現代陶磁まで、日本におけるやきもの作りの歴史をたどる同展を、同館学芸員の髙木大輔さんに解説いただきながら鑑賞しました。
国や時代を超えた美
朱と渦の世界
髙木 この展覧会は、出光美術館が所蔵するやきものを年代順に紹介しながら、やきものの通史を見ていくというものです。「入門編」なのでわかりやすく、「色彩・文様・造形」をポイントとして、各時代の特徴などを見ていただきたいと思います。
片桐 縄文土器から始まるんですね。
髙木 第1章では「朱と渦の世界」と題して、縄文・弥生時代の土器や埴輪を紹介しています。
片桐 すごいなあ! 火炎土器はいつ見ても圧倒されますね。どうしてこんな形にする必要があったんだろう?この間を抜く作業って、めちゃめちゃ大変なんですよ! 作るのに手間も時間もかかるだろうし、使いにくいだろうし。
髙木 この造形がどこからもたらされたのかは解明されていないんですよね。口縁部の内側まで装飾するという発想は、縄文土器にしかないものです。
片桐 ひとりのアーティストが考えた形じゃないですからね。全国各地にこの形が広まっていることを考えると、この形でなければならない物語があったんでしょうね。
髙木 こちらは弥生時代後期のもので、形はシンプルな弥生型になりますが、文様は縄文がつけられているものです。
片桐 本当だ。縄文から弥生への移行期のものなんでしょうね。この朱い色は顔料ですか?
髙木 そうです。この朱色の顔料は日本列島各地で採取される朱砂を原料としたもので、古代から広く使われていました。
片桐 この2つの壺は中国の新石器時代のものとなっていますが、日本の土器のような「朱」と「渦」があるんですね。
髙木 「朱」と「渦」というのは、人間の原始的な美意識をとらえるものなのだと思います。
やきものを輝かせる
釉薬(ゆうやく)の誕生
髙木 ここからは第2章「輝きの色、中世のかたち」として、古墳時代から室町時代のやきものを紹介します。5世紀になって朝鮮半島から窯やロクロなどの窯業技術が伝わり、本格的なやきものの時代に突入するんですが、この時代のポイントは「釉薬」の誕生です。
片桐 釉薬って、やきものの表面をツヤツヤさせているものですね。
髙木 そうです。当初は、窯の燃料である薪の灰がやきものの表面にふりかかって、灰と土が化学反応を起こした、自然発生的なものでした。それが、改良され、うわぐすりとして釉薬が誕生します。
片桐 この壺なんて現代の作品と言っても通じるくらい、完成した形じゃないですか!?
髙木 たっぷりとした形といい、玉すだれ状に流れる緑の釉薬といい、ここに美を見出していたんだな、というのがわかると思います。
片桐 これは全体に釉薬がかかっていますね。
髙木 こちらは今も続く瀬戸焼ですが、先ほど見た壺からこの壺に至るまでは、技術的にすごく難しいものがあります。この全体に釉薬をかけるというイメージソースは、中国のやきものにあるんです。
片桐 中国のやきものに追いつこうと頑張っていたんですね。
髙木 中世になると、大きな壺や甕が庶民の生活用具として多く作られるようになります。
片桐 こんな大きな甕はどうやって作ったんですかね?
髙木 大きなサイズになると、ロクロではなく、ひも状にした粘土を積み重ねて作っていました。ここでは、伝統工芸師の方に再現していただいて、その成形技法をパネルで紹介しています。
髙木 腕に粘土ひもを巻きつけて、作り手が回転しながら成形していきます。私も挑戦してみたんですけど、素人には大変難しい作業でした。
片桐 広げた後に、だんだん口をすぼめていくのが難しそうですよね。
髙木 かなり熟練した技術が必要になりますね。
武士のステータス
鮮やかな中国産やきもの
髙木 第3章では「憧れの色・文様・かたち」として、貴族や武士が憧れ、代々受け継がれた唐物、中国産のやきものを紹介します。
片桐 色が鮮やかですね。
髙木 「三彩」という3色のカラフルな色使いが、日本ではなかなか真似できず、憧れの対象となったんです。
片桐 色もそうですけど、模様もマーブル模様だったり、白い地がにじんだ模様になっていたり。これまで見てきた日本の模様にはないものですね。
髙木 練り上げ技法や蝋抜き技法という技法を用いて、複雑な模様を表現しています。青磁も日本では土や窯の問題があって、同じような色は出すことができないので価値が上がり、貴族や武家の間ではステータスシンボルとして重宝されました。
一番むずかしい!?
茶の湯の世界のやきもの
髙木 第4章「茶の湯のかたち」では、茶の湯のやきものを中心に紹介します。
片桐 出ました!茶の湯! 高価そうなものが並んでいますねえ。
髙木 ここで見ていただきたいポイントは、「唐物」と「和物」の違いです。まずは「唐物」、中国の茶碗です。
片桐 飲み口がスッと広がってシャープな印象ですね。
髙木 すり鉢状をしている、天目(てんもく)という茶碗の形です。口縁がわずかにくびれているところがスッポンの口に似ているところから、スッポン口と言われます。
髙木 こちらは朝鮮半島の茶碗です。
片桐 これに価値があると思うのがすごいですよね! ちょっと出来が悪いように見えません?
髙木 その感覚はある意味正しいです。朝鮮半島では雑器として使用されていた茶碗で、侘び茶を大成させた千利休がそれに価値を見出しました。
片桐 ヘタウマに価値を与えた元祖ですね。
髙木 わびさびですね!
片桐 わびさびほど訳のわからないものはないですよね。権力者が良いと言っただけで価値が上がるんですから。
髙木 そういうのが多分にあると言えるのがこの「茶入」です。茶入は、抹茶を入れる容器で、茶道具の中で大事なもの。その名品は一国一城にも匹敵すると言われます。
髙木 通常、茶入は仕覆(しふく)という布の袋に入れておくのですが、それを保存する木製の入れ物があり、それを収める箱、さらにそれを収める箱と、非常に大切に扱われてきたことがわかります。
片桐 これはちょっと、やりすぎじゃないですか〜!? 箱から出すだけで大変ですよね(笑)。
髙木 それだけ大事にかわいがられていたということですね。
片桐 この茶入は戦国武将の間で次々と伝世されていたんですね。小早川秀秋から徳川家康、山内一豊、徳川将軍家・・・・。これを最終的に出光さんが収集したわけだ! 相当なお値打ちものだったでしょうね。
髙木 今まで見てきたのは「唐物」でしたが、ここからは「和物」になります。こちらは楽焼という、千利休の侘び茶のイメージを具現化させたお茶碗と言われています。
片桐 「唐物」の茶碗と形が全く違いますね。
髙木 そうなんです。当時の茶会記には、「今焼茶碗」つまり現代風の茶碗と書かれているんです。
片桐 「唐物」を真似することもできるのに、あえて「和物」を作ったということですよね。
片桐 「和物」のやきものは釉薬も左右非対称だし、形もゆがんでいたり・・・。
髙木 自由さがありますね。
片桐 日本以外だと許されない美じゃないですか? 未完成のアイドルを応援するみたいな、日本人の好みに合うんでしょうか!?
片桐 これなんて失敗作じゃないんですか!?
髙木 確かに中国的な発想だと、ゆがみとかひずみはダメなものなんですけど・・・
片桐 それをわざとやっている?
髙木 伊賀焼では、ゆがみや非対称といった形に、むしろ自然の景色を見て美を感じ取る志向性があります。胴がぐにゃりと曲がったところに、古木のような美をイメージしたのかもしれません。
江戸時代に磁器が登場
華やかな色絵を競い合う
髙木 第5章「みやびと洗練の文様」では、江戸時代のやきものを紹介します。一番の大きなポイントは「磁器」が誕生したことです。唐津から、初期伊万里、古九谷、古伊万里、鍋島、柿右衛門、京焼と、さまざまな窯のやきものが各地に誕生しました。
片桐 ようやく朝鮮半島や中国の技術に追いついて、独自の美を追い求め始めたんですね。
髙木 江戸時代前期はカラフルな色絵が登場します。色絵の中でも王者的な存在が、佐賀の有田焼から独自の作風を確立した柿右衛門で、乳白色の白い素地に、鮮やかに発色する色絵が特徴です。
髙木 ここで注目していただきたいのが、柿右衛門とドイツのマイセンの比較展示です。制作には約1世紀の隔たりがありますが、この時代、マイセンは柿右衛門に憧れ、まるっきり同じ構図の皿を制作しています。
片桐 本当だ、同じ柄ですね。でも、マイセンの方は余白を埋めようと、いろいろ付け足してないですか? 色数も多いし、にじみもはっきりとした輪郭線に代えてを描いていますね。
髙木 そうなんです。同じ構図でも、作る場所や好みによって、これだけの違いが出るというのが分かります。
髙木 こちらも柿右衛門の作で、今回の展示のハイライトです。
片桐 重要文化財ですね!
髙木 ここで見ていただきたいのは「色絵」です。絵筆で文様を描くのですが、柿右衛門は白い素地を大切にするので、必要最小限の輪郭線で描いています。
片桐 絵画的な表現をしているんですね。
髙木 一方こちらは、京焼の野々村仁清作の色絵壺です。
片桐 柿右衛門ほど白くないですね。
髙木 柿右衛門は磁器ですが、こちらは陶器なんです。水がしみやすく、磁器に比べると絵画的に描くのが難しい。そこで、輪郭線を多用して、金銀のゴージャスな飾りをほどこして描いています。
片桐 なるほど。絵付け師の技の見せ所ですね。
髙木 こちらは野々村仁清の弟子の尾形乾山の蓋物です。
片桐 カラフルな色絵と比べるとずいぶん渋く見えますね。
髙木 蓋の表には松が、器の内側に波模様が描かれていることから、三保の松原を連想するというような、歌枕(和歌によまれる名所)と関連づけた表現を試みているんです。
片桐 これを見てわからない人はダメだなと思われちゃうわけですね。
明治の超絶技巧や
アートとしての陶芸に注目
髙木 第6章「近代の色・文様・かたち」では、明治に入り、外貨獲得の産業として発展した工芸品としてのやきものや、作家性が際立ったやきものを紹介していきます。
片桐 明治の超絶技法ですね。これはすごい!どうやって作るんですか!?
髙木 鋳込み技法といって、鋳型で作ったものに、細かなパーツは貼り付けています。
片桐 葉っぱが飛び出していますよ!? 運ぶ時にポロっと落ちそうですよ!
髙木 対で揃えるという西洋的なスタイルをとった鑑賞用の磁器ですが、描かれているのは松竹梅という東洋的なもので、海外輸出品として作られたものですね。
髙木 こちらは板谷波山という、明治から昭和にかけて活躍した陶芸家の作品です。
片桐 なんでこんな白っぽいんですか?
髙木 これは波山が作り出した釉薬に秘密があります。この釉薬には光を包み込むような性質があり、マットな質感になるんです。波山はこの葆光彩磁(ほうこうさいじ)という技法で、独自の作品を多数生み出しました。
片桐 こちらも波山ですね。「命乞い」ってすごい銘がついていますよ!
髙木 この銘にはエピソードがあるんです。出光美術館の創設者である出光佐三と波山は交流がありまして、波山がこの作品の出来栄えに満足せず、割って破棄しようとしたところを、出光が制止して譲り受けたことから、この銘がつけられたそうです。
片桐 これで1万6千年のやきものの歴史をたどってきたわけですね。一つ一つの作品を解説している相当な分量のキャプションからも、美術館側の相当な熱量が伝わってきました!
髙木 そうなんです。並々ならぬ思入れでやっています(笑)。
縄文時代からスタートして、日本のやきものは、中国や朝鮮半島のやきものへの憧れから発展してきましたが、桃山時代の茶道具や江戸時代の磁器などで独自の芸術性を獲得し、明治時代には輸出品として、また作家独自の作品として、大きく進展していきました。その大きな流れをつかんでいただけたかと思います。
片桐 やきものだけの展覧会は初めてでしたが、見るべきポイントが絞られているので、初心者でもすごく楽しめました。やきものの中に、日本の美がぎゅっと詰まっているんですね。
構成・文:渡部真里代 撮影(片桐仁):星野洋介
開催情報
『やきもの入門—色彩・文様・造形をたのしむ』
2020年2月2日(日)まで出光美術館にて開催
関連リンク
プロフィール
1973年生まれ。多摩美術大学卒業。舞台を中心にテレビ・ラジオで活躍。TBS日曜劇場「99.9 刑事事件専門弁護士」、BSプレミアムドラマ「捜査会議はリビングで!」、 TBSラジオ「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」、NHK Eテレ「シャキーン!」などに出演。講談社『フライデー』での連載をきっかけに粘土彫刻家としても活動。粘土を盛る粘土作品の展覧会「ギリ展」を全国各地で開催中。