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ダン・フォーゲルマンの個性が炸裂 『ライフ・イットセルフ』が描く、人生がもたらす予期せぬ喜び

リアルサウンド

20/4/24(金) 18:00

 2011年に公開されたコメディ映画『ラブ・アゲイン』を観た人はいるだろうか。

参考:アントニオ・バンデラスが従業員の妻に語りかける 『ライフ・イットセルフ』本編映像

 主人公は、長年連れ添った妻エミリー(ジュリアン・ムーア)から突然離婚を切り出されてしまった生真面目な中年男キャル(スティーヴ・カレル)。バーに入り浸るようになった彼は、毎晩女子を”お持ち帰り”している若きプレイボーイ、ジェイコブ(ライアン・ゴズリング)と知り合ったのをきっかけにイケてる不良オヤジに変貌していく。

 ところがナンパ指南役だったジェイコブはある日を境にバーに姿を見せなくなる。彼は真面目な女子大生ハンナ(エマ・ストーン)に本気で恋をしてしまったのだ。しばらく疎遠だったふたりが意外な再会をはたすのはクライマックスシーンだ。ジェイコブがハンナの両親のもとに挨拶に行くと、待っていたのはキャルだったのである。

 このオチには周到な伏線が張られている。四十代のキャルとエミリーは高校を卒業してすぐ結婚した設定なのに娘たちはまだ幼ない。またエミリーとハンナはいずれも赤毛だったりと、ヒントがそこかしこに示されているのである。

 公開当時、映画ファンを唸らせたこのトリッキーな物語構造が、一本だけの仕掛けではなく、脚本を書いたダン・フォーゲルマンの作家性と言えるものだったことを知ったのは、フォーゲルマンがクリエイターを務めた『THIS IS US/ディス・イズ・アス』(2016年~)を観たときだった。

 いまアメリカで最も高い人気を誇るこのテレビドラマの記念すべき第1回では、同じ日に36歳を迎えた4人の男女の姿が並行して描かれる。てっきり全員が現代に暮らしているのかと思いきや、ラストで意外な真実が明かされる。うちひとりは、ほかの3人の父親の36年前の姿だったのだ。フォーゲルマンは時間軸を交錯させることで、家族の繋がりを視聴者から隠し通したわけだ。

 女子大生の長女がいるのを明らかにしなかったキャル、父親が36年前の同じ誕生日に生まれたことを口に出さない3兄妹。こうした主人公たちを、文学の世界では「信頼できない語り手」と呼ぶ。読者をミスリードさせてサプライズを与えるこの手法は、主に推理小説で用いられてきた。フォーゲルマンはこれを家族ドラマに応用したのだ。

 フォーゲルマンが脚本だけでなく監督も務めた『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』は、そうした意味で彼の個性がこれ以上ないほど前面に押し出された映画だ。

 物語は5つのパートから構成されている。特別出演のサミュエル・L・ジャクソンがイントロダクションを務める最初のエピソード『ヒーロー』の主人公は、ニューヨークに住むウィル(オスカー・アイザック)だ。彼は半年前に自分のもとを去っていった妻アビー(オリヴィア・ワイルド)との想い出をセラピストに語りはじめる。ここで作家としてのフォーゲルマンのトレードマークが提示される。彼女が大学の卒業論文として選んだのは「信頼できない語り手」だったのだ。

 オリヴィア・ワイルド演じるアビーが、評論家筋には評判が悪かったボブ・ディラン1997年のアルバム『タイム・アウト・オブ・マインド』収録曲「ラヴ・シック」の素晴らしさをウィルに向かって蕩々と語るシーンは、楽屋落ち的な面白さも漂っている。

 というのも、ウィルを演じるオスカー・アイザックのブレイク作は、ニューヨークのフォークシーンで活動するシンガーソングライターを描いた『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(2013年)。同作のラストでは主人公を時代遅れにする決定的な存在としてディランその人が登場するのだから。本作のウィルもルーウィン同様、生きることに苦しんでいる。なぜアビーは去ったのか、その真相が観客に知らされた直後に第1章は幕を閉じる。

 第2章『ディラン・デンプシー』の舞台は21年後のニューヨークだ。主人公は21歳の女の子ディラン(オリヴィア・クック)。前章との関連性はこの名前で明白だが、彼女は祖父とふたり暮らし。髪を赤く染めてパンクバンドで歌っているディランは、自ら破滅的な人生を志向しているように見える。だがそれは安定と幸福への強い願望の裏返しでもある。

 ディランに扮しているのは英国出身のオリヴィア・クック。繊細なルックスのせいか、ブレイク作のテレビドラマ『ベイツ・モーテル』(2013年~17年)をはじめ、『ぼくとアールと彼女のさよなら』(2015年)『サラブレッド』(2017年)『レディ・プレイヤー1』(2018年)など、出演作の大半でなんらかの病を抱えているキャラクターを演じる性格女優でもある。だから本作のディラン役もぴったりハマっている。観客は彼女を救いたいと願うはずだが、その想いは果たされないままこの章も幕を閉じる。フォーゲルマンは甘い救済を許さないのである。

 ここで映画は意外な跳躍を見せる。第3章『ゴンザレス一家』の舞台はニューヨークから遠く離れたスペインのオリーブ農園へと移るのだ。主人公である農夫ハビエル(セルヒオ・ペリス=メンチェータ)は顔見知りの女性イザベル(ライア・コスタ)と知り合って結婚、男児ロドリゴをもうける。前2章からは考えられない穏やかな展開だ。

 しかし平穏な人生にも波乱がある。無骨者のハビエルは自分とは正反対の繊細なロドリゴを理解できない。むしろ彼を深く理解するのは農園主のサチオーネ(アントニオ・バンデラス)の方で、彼はイザベルとロドリゴをまるで自分の妻子のように気にかけるのである。

 最近脂が抜けて渋みをぐっと増したアントニオ・バンデラスがサチオーネ役を好演している。フォーゲルマンはスペイン出身の彼を起用したいあまりに舞台をスペインに設定したのではないかと思ってしまう。私生活上のバンデラスも、妻だったメラニー・グリフィスの連れ子だったダコタ・ジョンソンを我が娘のように育てたこともあり、こうした役回りの説得力は十分だ。この第3章は第1章と対をなした構成になっている。ある事件が起きた後に、作品世界の表舞台から今度は夫のハビエルの方が去るのだ。

 第4章『ロドリゴ・ゴンザレス』の主人公は、成長したロドリゴである。演じているのはスペインではすでに売れっ子のアレックス・モネール。母の介護をしながら農園で働いていた彼は、サチオーネの援助を受けてニューヨークの大学に留学する。こうして舞台はニューヨークに戻り、全てが繋がる。一体何が繋がったのか。それはエピローグ的な第5章『エレーナ』を観て確認してほしい。

 人生には一部分だけ切り取ると、不幸としか言いようがない場面がある。しかしそんな出来事すら幸福な未来に繋がるものだったりする。人生はそれを生きている当人すら欺く「信頼できない語り手」なのだ。そんな人生がもたらす予期せぬ喜びを描くために、これからもフォーゲルマンはトリッキーな物語を創り続けるのだろう。(長谷川町蔵)

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