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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

子供のような遊びが好きなギャング…『狼は天使の匂い』のロバート・ライアン、『雨の訪問者』のチャールズ・ブロンソン…忘れられないエレン・バールの話も。

隔週連載

第57回

20/8/18(火)

 ルネ・クレマン監督の『狼は天使の匂い』(1972年)には、遊び好きのギャングがたくさん出てくる。
 まずボスのロバート・ライアン。子供の頃にビー玉遊びが好きだったらしく、いい大人になったいまもビー玉を大事にしている。最後、死を覚悟して警官隊と撃ち合う時も、ビー玉をそばに置く。
 『目撃者』(1957年)でロベール・オッセンの弟分を演じたジャン・ガヴァンは、ロバート・ライアンの部下。木材を削ってチェスの駒を作る。ビリヤードの玉を投げるのが得意で、これを武器にしたりする。
 やはり部下のアルド・レイは元ボクサー。リングの上で打たれた後遺症か、少し頭が弱い。荒っぽいが憎めない。彼とジャン・ガヴァンは、からっぽの植木鉢のなかに、離れたところからバスケットボールよろしく、丸めた紙を投げ入れて遊ぶ。
 ギャングたちは遊んでいる時、子供のように見える。無論、ルネ・クレマンは、『不思議の国のアリス』を念頭に意図してそう見せているのだろう。

 ジプシー(ロマ)に追われ、彼らの仲間になったジャン=ルイ・トランティニャンも器用な遊びを見せる。
 ギャングたちの前でタバコを三本、タテに積み重ねてテーブルの上に立てて見せる。一本、二本、そして三本。みごとに成功する。
 ロバート・ライアンが、俺もやってみせると挑戦するが、二本まではなんとかうまくゆくが、三本目で崩れてしまう。
 こうしたテーブル遊びで有名なのは、ジャン・エルマン監督『さらば友よ』(1968年)で、チャールズ・ブロンソンがやってみせた、水を満々とたたえたブランデーグラスのなかに、コインを何枚も落としてゆく遊び。この映画のあと、日本でもはやったものだった。

 チャールズ・ブロンソンは、ルネ・クレマン監督のサスペンス『雨の訪問者』(1970年)のなかでも面白い遊びをやっている。
 クルミが好きでいつもポケットに入れて持ち歩いている。割る時に手近のガラス窓にぶつける。「女に惚れているとガラスが割れるが、惚れていないとクルミの殻が割れる」と言っている。自分はクールで女になんか惚れないから、絶対、ガラスは割れず、クルミの殻が割れると自信を持っている。
 ところが、少女のような人妻マルレーヌ・ジョベール(そばかすが可愛い!)に会ってから、どうも彼女に惚れてしまったらしい。
 最後、夫と共に車で去ってゆく彼女を見送ったブロンソンが、いつものように手近のガラス窓にクルミを投げると、なんとガラスが割れてしまう。秀逸なラブシーンと言える。

 余談だが、『狼は天使の匂い』には、実に気になる女優が出てくる。
 タイトルシーン。女性だけの鼓笛隊のバトンガールを映し出す。演じている女優がなんとも魅力がある。白い制服に白いミニスカート、それに白のブーツ。スタイルがいい。
 アルド・レイが彼女にひと目惚れしてしまうのもうなずける。その結果、ギャングたちの仕事は失敗してしまうのだが。
 この女優、日本ではほとんど知られていない。手元にある当時の劇場プログラムには「ナディーン・ナバコフ」と記載されているが、これは間違い。
 正しくは、エレン・バール(Ellen Bahl)。旧西ドイツ出身の女優で『雨の訪問者』にも傍役として出演している。その他、ルイス・ブニュエルの『銀河』(1968年)『自由の幻想』(1974年)にも。
 私見では『狼は天使の匂い』のバトンガールが出色。この女優を知っているファンがいたらうれしい。

 『狼は天使の匂い』のロバート・ライアンは馬好き。大仕事をして大金が入ったら、パリに行って馬を買いたいという夢を持っている。ベッドの脇のテーブルには、馬の写真を置いている。もう死んでしまった、もっとも好きだった馬の写真。
 トランティニャンに「なぜ、パリが好きなんだ」と聞かれると、答える。「毎日、競馬があるからさ」。
 ロバート・ライアンは遺作となった『組織』(1973年)でもギャングのボスを演じたが、このボスも馬好きで、馬の市に足を運んでいた。
 ロバート・ライアンはさらに、リチャード・ブルックス監督の『プロフェッショナル』(1966年)では、馬扱いのプロだった。
 人間が死んでもなんとも思わないのに、馬が死ぬと悲しんだ。
 次回はさらに馬好きのギャング二人を登場させよう。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『狼は天使の匂い』
1972年 アメリカ=フランス合作
監督:ルネ・クレマン 原作:デヴィッド・グッディス
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
出演:ロバート・ライアン/ジャン=ルイ・トランティニャン/レア・マッサリ/アルド・レイ
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『目撃者』
1957年 フランス
監督:イヴ・アレグレ 原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス
脚本:ルネ・ウェレル
出演:ロベール・オッセン/ジェラール・ウーリー/ジャン・ガヴァン/ローラン・ルザッフル/アントネラ・ルアルディ



『さらば友よ』
1968年 フランス
監督:ジャン・エルマン 原作・脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
出演:アラン・ドロン/チャールズ・ブロンソン/ブリジット・フォセー/オルガ=ジョルジュ・ピコ
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『雨の訪問者』
1970年 フランス
監督:ルネ・クレマン 脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
出演:チャールズ・ブロンソン/マルレーヌ・ジョベール/ジル・アイアランド
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『銀河』
1968年 フランス=イタリア合作
監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ルイス・ブニュエル/ジャン=クロード・カリエール
出演:ポール・フランクール/ローラン・テルジェフ/アラン・キュニー/デルフィーヌ・セイリグ/ピエール・クレマンティ/エディット・スコブ/クロード・セルヴァル/ヴェルナール・ヴェルレー/エレン・バール
DVD:IVC



『自由の幻想』
1974年 フランス=イタリア合作
監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ルイス・ブニュエル/ジャン=クロード・カリエール
出演:ジャン・クロード・ブリアリ/モニカ・ヴィッティ/ミシェル・ピコリ/ジャン・ロシュフォール/パスカル・オードレ/ポール・フランクール/エレン・バール
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『組織』
1973年 アメリカ
監督・脚本:ジョン・フリン 原作:リチャード・スターク
出演:ロバート・デュヴァル/ジョー・ドン・ベイカー/ロバート・ライアン/カレン・ブラック/リチャード・ジャッケル/シェリー・ノース
DVD:復刻シネマライブラリー



『プロフェッショナル』
1966年 アメリカ
監督・脚本:リチャード・ブルックス
出演:バート・ランカスター/リー・マーヴィン/ロバート・ライアン/ウディ・ストロード/ジャック・パランス
DVD:Happinet



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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