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藤井隆×冨田謙対談  最新作『SLENDERIE ideal』はこうして完成したーー二人が示した<SLENDERIE RECORD>のカラー

リアルサウンド

20/11/13(金) 18:00

 藤井隆が主宰するレーベル、<SLENDERIE RECORD>のアーティストが参加したコンピレーション『SLENDERIE ideal』が10月28日にリリースされた。

 本作は、ジョルジオ・モロダーとカイリー・ミノーグの「Right Here, Right Now」をカバーした早見優や、架空アニメ『超空のギンガイアン』のスピンオフ作品『宇宙孤児イブキ』のエンディングテーマという、捻りまくった楽曲を歌う椿鬼奴、ニューロマ直系の楽曲「NEO POSITION」に挑戦するミュージカル俳優・伊礼彼方などおなじみの顔ぶれに加え、今回テナーサックスに初挑戦した麒麟の川島明や、本田美奈子の「悲しみSWING」をカバーしたフットボールアワーの後藤輝基ら、新たなメンバーも参加。もちろん藤井もパソコン音楽クラブを作編曲に迎えた「14時まえにアレー」を披露するなど、バラエティ豊かな内容となっている。まるで全曲シングル曲のような、レーベルが配布するサンプルCDのようなアルバムを目指したというだけあって、ベストアルバムともトリビュートアルバムとも違う「寄せ集め」感がとにかく楽しい作品だ。

 <SLENDERIE RECORD>発足から6年、様々なアーティストや芸人の「本人すら気付いていない新たな魅力」を引き出してきた藤井隆。その愛に溢れたプロデュース能力は、どのようにして培われてきたのだろうか。今回リアルサウンドでは、レーベルのサウンド面を支え続けてきた作編曲家、冨田謙と藤井による対談を企画。<SLENDERIE RECORD>のこれまでの歩みや、本作の制作エピソードなど語り合ってもらった。(黒田隆憲)

「冨田さんのインストは譲れなかった」

ーー冨田謙さんは、SLENDERIE RECORDのサウンド面を支えている一人だと思うのですが、レーベル発足から6年、お二人の関係性はどのように変化していきましたか?

藤井:SLENDERIE RECORDからリリースした、僕の1stソロアルバム『COFFEE BAR COWBOY』(2015年)は、西寺郷太(NONA REEVES)さんと冨田さん、そして僕の3人で「共同プロデュース」という形だったのですが、その時に西寺さんからは、「藤井さんの棺桶に入れられるような、好きなものを詰め込んだアルバムにしましょう」と言ってもらったんです。当時はあのアルバムが、僕にとってのラストアルバムになっても構わないというくらいの意気込みで制作をしていたのですが、完成したと同時に「もっと作りたい」という気持ちに変わっていて(笑)。それはもちろん、西寺さんと冨田さんのお力添えがあったからこそですけれども。

 2ndソロアルバム『light showers』(2017年)の時にはもう、冨田さんとの意思疎通もかなりスムーズになっていて。エンジニアの兼重哲哉さん、アートディレクターの高村佳典さん、それからメインコンポーザーとして堂島孝平さんも含めたチームで一丸となって、本作『SLENDERIE ideal』までずっとやってきました。おかげで、例えば僕が突然アイデアを思いつきた時に、相談できる窓口がたくさんある感じ……僕がこんなことを言うのはおこがましいのですけど、「これは冨田さんに聞けば間違いない」「ここは堂島さんにまず相談しよう」みたいに、それぞれの分野のエキスパートたちが、そばで支えてくれているおかげで安心してやらせてもらっているんです。それは本当にありがたいことだと思っていますね。

冨田:藤井さんと、これまで何度か一緒に作ることをやらせてもらったことで、言葉にできないようなすごく曖昧なことも、かなり伝わりやすくなってきたというか。コミュニケーションが取りやすくなってきたと思いますね。本作『SLENDERIE ideal』での意思疎通はかなりスムーズでした。プロデュースの仕方は人によっても作品によっても違ってくると思うんですけど、藤井さんの場合は、「こんな感じの音楽で、こんな見え方で」みたいにパッケージを含めたトータルのイメージを、ものすごく深く考えている。それを実現するためのブレーンを必要としているんでしょうね。

藤井:本当は、もっとサウンド面でも効率よくイメージを伝えられるようになりたくて。スタッフに頼んで鍵盤楽器を買ってもらい練習したこともあるんですけど、冨田さんから「そんなことしなくていいですよ」と言ってもらえたんです。「iPhoneに鼻歌を吹き込むので十分ですから。鍵盤を覚えるよりも、自由に思いついたアレンジを共有させてもらった方がいいです」と、はっきり言ってくださったので、今はそこにあぐらをかいている状態ですね(笑)。

冨田:僕らとしても、藤井さんの頭の中にあるイメージを共有することに対し、取り立てて悩むこともなくて(笑)。藤井さんのイメージを細かく咀嚼していくことよりも、そこで浮かんだアイデアをポーンと返した時に、今度はどう返ってくるのか。そういうやり取りそのものの方が重要なのだと思っています。藤井さんの最初のイメージは、あくまでも音作りのとっかかりでしかなくて。もちろん、こちらから投げたアイデアがかすってしまう場合もあるのですが、そうやって近似値を出していくうちに、「これだ」というモノになっていくのだと思います。

ーーアルバムの1曲目を飾る、冨田さんによるインスト「ideal」は、いわばレーベルを象徴する楽曲ですが、どのように制作していったのでしょうか。

冨田:最初にこの『SLENDERIE ideal』の話を聞いたときは、「アルバムの中で何曲かアレンジをお願いします」「それぞれの楽曲のボーカル録りで、ちょっといてくれると助かります」みたいなニュアンスのオファーだったんですよ。もちろん喜んでお引き受けしたんですけど、作業が進んでいくうちに藤井さんから「ちょっとoverture(序曲)っぽいものを作ってもらえますか?」と言われて。その時は、何かイベント用のオープニング曲でも作って欲しいということなのかなと思っていたのですが、どうやらアルバムに入れるらしいと(笑)。

藤井:いやいや、最初から「アルバムの1曲目をお願いします」って言いましたよ(笑)。「<SLENDERIE RECORD>のロゴになるような楽曲で」って。絶対に冨田さんのインストから始まるアルバムにすると決めていて、そこは譲れなかったんですよね。プロモーションクリップ集みたいなものを作っていて、各曲の最後に毎回2秒くらいのサウンドロゴが流れるのですが、そこで使わせてもらう曲がいいなと。

“SLENDERIE ideal” Promotion Clips

冨田:そう。出来上がった「ideal」の一部を抜き出し、クリップ集のサウンドロゴとして使いたいと言われて(笑)。そういう、サウンドとビジュアルの関係性みたいなアイデアも、かなり早い段階で藤井さんの頭の中にあったみたいですよね。僕はそのことを、ある程度制作が進んだところで気づいて本当に驚きました。

藤井:実は、アルバム最後の曲も冨田さんのアレンジにすると決めていました。

冨田:そうだったんだ!(笑)

ーー冨田さんから楽曲が上がってきたときにはどう思いました?

藤井:デモの段階ではギターの音がたくさん入っていたんですよね。そこはギターじゃなくてピアノで来て欲しくて、意を決して冨田さんに「あの……できればギターじゃなくて……」と言ったらすぐに理解してくださった(笑)。

冨田:そう、最初はギターのフレーズをいろいろと散りばめたアレンジだったんですよね。藤井さん、ギターよりもピアノの方が好きだから「ダメ出しあるかな、そしたらシンセに置き換えればいいか」と思って投げたら案の定連絡が来ましたね。「すっごくいいです!」と言った後に「でもね、」って(笑)。

藤井:すみません(笑)。曲そのものは本当に良かったので、「風味」だけ変えてもらいました。大好きな中華料理を、味付けだけカリフォルニアからニューヨークにしてもらった、みたいな感じでしょうか(笑)。そういう話を理解してくださる方がいるのは本当にありがたいですことですよね。しかも「ideal」は、「冨田謙」さん名義では初の音源。それを僕のアルバムから出せるのがすごく光栄です。

「ブワッと出てきたときの“匂い”が全て」

ーー本編の中では、椿鬼奴さんの「Love’ s Moment」が個人的に白眉でした。

藤井:僕の中で、RG(レイザーラモンRG)さんと椿(椿鬼奴)さんは特別な存在です。今回のアルバムはほぼ全曲リクエストというか、「この曲を歌って欲しいです」とこちらから指定させてもらうことが多かったのですけど、RGさんと椿さんには、ご本人たちから歌いたい希望曲をお伺いしようと。椿さんとのミーティングでは、架空アニメ『超空のギンガイアン』(2018年リリースの椿鬼奴の1stミニアルバム『IVKI』制作にあたり設定された架空のテレビアニメ)の話がすぐ出てきて(笑)。ご本人の中でまだあのシリーズがまだ続いていることがわかったので「じゃあ、その路線でいきましょう」と。そうなると、曲は絶対に堂島さんにお願いしようと思っていました。椿さんの『IVKI』でプロデュースをしてくれた、堂島さんのお力を存分に借りた感じですね。

椿鬼奴「Love’ s Moment」

 

椿鬼奴『IVKI』

ーーこの曲は、80年代ニューミュージックのエッセンスがふんだんに盛り込まれています。

藤井:アニメ『ルパン三世』のエンディングテーマのような、大人っぽいジャジーな雰囲気がいいなと思って堂島さんにオファーしたところ、30分くらいで最初のデモが送られてきたんですよ。それを聴いて震えました(笑)。さらに冨田さんが、細かいところから僕の好みの音楽をたくさん引っ張ってきてくれたので嬉しかったですね。

冨田:ルパンの話は最初になんとなく聞いていたし、あのノスタルジックな雰囲気を出すためには、生のエレキギターを入れたり古い機材をあえて使ったりすると良さそうだなと。「夕焼けに赤く染まる海」というキーワードも早い段階から出ていたので、そこを意識しつつ80年代後半〜90年代前半のR&Bっぽいスタイリッシュな要素も入れてみました。

 ちなみに音源は、E-MU Proteusという古い音源モジュールを引っ張り出してきて、あの時代に気分を戻して作っていきました。ものすごく手間がかかって苦労しましたけど(笑)。ただ、そんな話は藤井さんにとってはきっとどうでも良いことで、ブワッと(音が)出てきたときの「匂い」みたいなものが全てだとは思うのですけどね。

藤井:イントロのベースの入りから「うわもう、これ好きな感じです!」というアレンジを冨田さんからいただけたし、堂島さんもそれをすごく気に入ってくださって。「よし、あとは歌入れが楽しみですね」という段階までに完璧に準備しておかないと、椿さんの場合は全部持っていかれちゃうので気合入れましたね。ちょっとでも怯むと椿さんのパワーに負けてしまうんです(笑)。

ーー確かに。サウンドプロダクションは緻密で完成度が高いのに、椿さんのボーカルはその全てを破壊するくらいエモーショナルですよね。

藤井:最後のスキャットとかめちゃくちゃ凄いでしょう?(笑)。あそこは椿さんのアドリブですが、『宇宙孤児イブキ』のエンディングテーマだから、ちゃんと「孤独」を歌い上げて締めるっていう。誰よりも『ギンガイアン』の世界観が頭の中に入っているんですよね。って、当たり前ですね。

ーー早見優さんが歌うジョルジオ・モロダーのカヴァー「Right Here, Right Now」も秀逸です。

藤井:カイリー・ミノーグと早見さんを重ねているわけじゃないんですけど、カイリーさんが放つ多幸感というか「ああ、幸せ!」という感じは、僕が小学生の頃から好きだった歌手『早見優』さんの「ハッピーさ」に通じるところがあって。そんな早見さんには、僕の大好きな楽曲「Right Here, Right Now」を今回、ぜひ歌って欲しかったんです。アレンジはもちろん、日本のジョルジオ・モロダー冨田さんにお願いしようと。

早見優「Right Here, Right Now」
ジョルジオ・モロダー「Right Here, Right Now」

冨田:(笑)。もちろん僕はジョルジオ・モロダー大好きですし、彼の音楽を聴いて育ってきたようなものですから、プレッシャーも相当ありました。「Right Here, Right Now」はカイリーの歌もものすごくいいのですが、ポップスとしては特殊じゃないですか。いわゆるダンスミュージックならではの曲構成だから、それをいわゆる「歌謡曲」を歌い続けてきた早見さんに歌ってもらう時に、どうアレンジすれば一番ハマるのかはかなり考えました。ただ、早見さんがすごいのはそこにいるだけで「有難い」オーラが出ているんですよね(笑)。それさえ失わないように気をつければ、きっと気持ちいい曲に仕上げられるだろうと。そう確信したところで腹を括って挑みましたね。

藤井:冨田さんとは、同じく早見さんの「溶けるようにkiss me」を制作した時に「全部好みのアレンジにしてくださる!やっぱりすごい!」と再確認して(笑)。とにかく、その時に頭の中にあったものを形にしてくださったのがありがたかったです。

ーーMVもとてもカッコ良くて。藤井さんは本人すら気付いていないような、その人の魅力を引き出すのにとても長けている人だなと改めて思いました。以前のインタビューを読むと、ある人から「本人よりも相手のことを好きになるというのは当たり前として必要なこと」と言われたのが大きかったようですね。

藤井:そのことをおっしゃってくれたのはとあるプロデューサーなのですが、「誰かに何か指示を出すならば、その人以上にその人のことを理解していなければならない」とも言われたんです。ご本人が気付いていないことまで引き出せているかどうかは、自分ではわからないですけど、ただ、例えば写真などでも「そう、その表情!」みたいな、自分が好きなその人の瞬間を切り取っていくのは、昔からすごく好きだったんですよね。

ーーご自身にとっての「好き」を、相手の中から引き出していくのがプロデュースする際のモチベーションになっているんですかね?

藤井:僕は、嫌いな人ってあまりいないんですけど、「好き」の濃度にはグラデーションがあると思うんですよね。すごく好きな人に対してじゃないと動けないし、何か一緒にやるとなったときには、「こんなことやってみたい」「こんな顔が見たい」という気持ちにどんどんなっていくんですよね。「川島くんはどんなことが好きなんだろう?」「椿鬼奴さんのいいところってここですよね、でも他にもあるんじゃないかな?」みたいな感じで。僕はこの人のこと、どれくらい好きなのか、そもそもなぜ好きなのか?みたいなことを、掘り下げていくことがモチベーションになっているのだと思います。

ーーしかも藤井さんはそれを、周りにいる全ての人に対して行っているのでしょうね。

藤井:あははは、そうなのかな?

冨田:それは間違いないと思いますよ。藤井さんの振る舞いからは、誰に対しても「敬意」みたいなものを感じますよね。僕に対しても、高村くんに対しても、スタッフに対しても常に敬意を持っていられる人。それはどんなお仕事でも大事なことだと思いますけど、特に僕らのような、形のないものを探りながら作っていく場合、「じゃあ何を探しているのか?」を答えてあげたくなる気持ちというのは、「敬意」が発端になっていると思います。その積み重ねでできたのが本作じゃないかなと。どなたかがツイートされていましたが、「相思相愛関係がちゃんと音になっているアルバム」は、言い得て妙だなと思いました。

藤井:ああ、確かに。嬉しいですね。

冨田:実際にレコーディング現場に立ち会っていても、いい感じに歌が録れた時は藤井さん、本当に嬉しそうに喜んでいるんですよ(笑)。それをヘッドホン越しに相手に伝えると、「ホンマですかあ?」と言いながら嬉しそうにしている。そこで相手にも「敬意」が伝わっているし、相手からの「敬意」も返ってくる。そういう「深い敬意の交換」でこのアルバムはできているのだなと思います。

■アルバム概要
『SLENDERIE ideal』
10月28日(水):¥3,000(+税)
<収録曲>
1.「ideal」※Instrumental
作曲・編曲:冨田謙
2.「where are you」/ 川島明
作詞:神田沙也加 作曲:堂島孝平 編曲:冨田謙
3.「悲しみSWING」/ 後藤輝基
作詞:小林和子 作曲:西木栄二 編曲:澤部渡(スカート)
4.「アクアマリンのままでいて」 / レイザーラモンRG
作詞: 売野雅勇 作曲: 和泉常寛 編曲: 斉藤伸也(ONIGAWARA)
5.「Love’s Moment」 / 椿鬼奴
作詞:椿鬼奴 作曲:堂島孝平 編曲:冨田謙
6. 「NEO POSITION」 / 伊礼彼方
作詞・作曲・編曲: ARAKI
7. 「Dirty Angel」 / 暗黒天使
作詞:暗黒天使・ニンドリ 作曲・編曲:ニンドリ
8. 「T.T.S」 / とくこ
作詞:とくこ・PARKGOLF 作曲・編曲:PARKGOLF
9. 「若者のすべて」 / 川島明
作詞・作曲:志村正彦 編曲:PARKGOLF
10. 「14時まえにアレー」 / 藤井隆
作詞:YOU 作曲・編曲:パソコン音楽クラブ
11. 「Right Here, Right Now」 / 早見優
作詞・作曲: GIORGIO MORODER 編曲:冨田謙

■イベント情報
『「SLENDERIE ideal」発売記念インターネットサイン会』
11月14日(土)19:00〜/フットボールアワー 後藤輝基、椿鬼奴 
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11月21日(土)18:00〜/麒麟 川島明、椿鬼奴、とくこ
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11月22日(日)20:00〜/暗黒天使、藤井隆、 レイザーラモンRG
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『「SLENDERIE ideal」発売記念“対1オンライントーク会”』
11月22日(日)15:00〜
<出演>
暗黒天使、藤井隆
詳細はこちら

SLENDERIE RECORD公式HP

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